第8話 真実

 最終試験も終了し、後は結果が出るのを待つのみである。


「なんだか緊張するな……」


 自室でくつろいでいた栗林は、最終試験の結果が出ないか、ソワソワしていた。


「ソワソワしてても仕方ないか。もう夜も遅いし、寝ようかな」


 そういって、栗林はベッドに横になった。

 目をつむると、すぐに寝息を立てて寝てしまう。

 そのまま夢の世界へと誘われる、ことはなかった。


『目覚めて、本当のあなたに』

「またこの夢か……」

『いいえ、夢ではないわ』

「じゃあ何だっていうんだ?神託とでも言うのか?」

『神託ではないわ。これはれっきとした現実よ』

「は?」


 思わず目を覚まし、体を起こした栗林。

 辺りを見渡してみても、誰もいる気配がしない。


「……やっぱり夢か?」

『だから夢じゃないって言ってるでしょ』


 覚醒状態にありながらも、聞こえてくる声。


「起きてるのに聞こえるとか幻聴じゃないか」

『それでもなんでこうして会話することができるのかしら?』

「幻聴なんだから、都合のいいように解釈されるだろ」

『違うわ。これは現実。きちんと会話が成り立っているのよ』

「どういうことなんだよ……」


 栗林は少し混乱する。


『まぁいいわ。少し時間を頂戴』


 そういうと、栗林の頭は痛みに襲われる。


「いっつぅ……」

『もう少しでハッキングが終わるから我慢して』

「今ハッキングって言った!ハッキングって言った!」

『少し黙ってて!』


 そういうと余計に頭痛がひどくなる。


「うぐぅ……」

『もうちょっと……、もうちょっと……。よし!』


 そういうと、栗林の視界がぐにゃりとなる。

 そしてもとに戻ると、そこにホログラムのように女性が現れた。


「こ、これは……。幻覚?」

「そんなわけないじゃん、現実だよ。実物じゃないけど」

「どういうことだ?」

「記憶にない?こういう技術があるってこと」


 栗林は思い出す。確かマイクロチップは脳内にインプラントされて、様々な思考を手助けしてくれる。その中には、視覚野に信号を送り込み、まるで実物の物体を視覚に表示させる「視覚野ホログラム」という技術があることを思い出す。

 つまりこの女性は、この視覚野ホログラムを使って栗林に幻覚に似た映像を見せているのだ。

 その証拠に、ところどころに表示バグのような影響が入っている。


「思い出しました……。ところであなたは?」

「私は遠藤ノノ。調査船に潜入している地球連邦保守軍の人間よ」

「保守軍?なんで保守軍なんかが出てくるんですか?」

「いい?ここからは重要な話がいくつも出てくるからよく聞いて頂戴」

「は、はい……」


 そういって遠藤は話を始める。


「今あなたと接触している調査船の人間は革命軍の連中よ。今は革命軍が主体となって、地球外および宇宙外生命体の調査に乗り出しているの」

「確かそんなニュースを見たような……」

「革命軍の地球外惑星調査の名目は、地球と同等、もしくはそれ以下の文明を持つ惑星を発見し、調査すること。それをもって現地住民と文化的、文明的交流をし、地球のさらなる発展に寄与することを目的としているわ」

「地球のためになっていいじゃないですか」

「でもあなた、エージェントとして任命された時、なんて言われた?」

「確か、現地で徴集したエージェントと……」

「どうして同胞である地球の意識を持った人間を現地徴集なんて言うのかしら?」

「それは……、元が異世界の人間であるレオ・ロイドの体だからじゃないんですか?」

「そこは合っているわ。でも重要なことを彼らは隠している」

「重要なこと?」

「あなた……、栗林友也の意識は一体どこから来たの?」

「そ、それは俺が異世界に転生したからであって……」

「違うわ。私たち保守軍の地球名簿には同姓同名はいても、あなたのような人間の存在は確認されていないわ」

「ん?つまりどういうことですか?」

「つまり、地球には栗林友也という人間はいても、トラックに轢かれて死んだという栗林友也はいない」

「……は?」


 その瞬間、栗林は思考が停止する。


「この事実は、あなたの存在自体をなくすことになるわ」

「じゃ、じゃあ俺は一体なんだっていうんです?」

「簡単に言うわ。栗林友也の記憶は存在しない。つまり、作られた存在というわけよ」

「作られた……」


 ジワリジワリと思考が回ってくる。


「ちょっと待ってくださいよ。それじゃあまるで、俺は最初からこの世にいなかったみたいじゃないですか」

「『みたい』ではないわ。いなかったのよ」

「じゃあ俺が持っている、この地球での記憶と言うのは最初からなかったってことですか?」

「そもそもとして、地球出身の人間が異世界に転生するという話自体ありえないのよ」

「え……」

「仮に異世界転生物の話をしましょう。最初から赤ん坊として転生するパターン、あるわよね?」

「えぇ、まぁ」

「でもそれはありえないのよ。赤ん坊の脳細胞はまだ未成熟で、成熟しきった人間の思考や記憶を乗せられるだけの器ではない」

「それは、まぁ……」

「そして、途中で思い出すパターン。これはたまたま脳細胞のシナプスがそうなっただけか、ただの思い込みや妄想でしかないの」

「……」

「よく考えてみて頂戴。地球出身の時に、異世界にいたという人間を見なかったでしょう」

「それは、たまたまそうであっただけで、もしかしたらいたかもしれないじゃないですか」

「確かに、そうかもしれないわ。地球に生まれる前の記憶を持っている子供もいるくらいだし、もしかしたら可能性はゼロではないわ」

「だったら、俺が地球にいたかもしれないじゃないですか」

「いいえ、それは断じて違うわ。これだけははっきりと言える」

「そんな……」


 栗林、いやレオはがっくりとする。

 栗林の記憶は作られたもの。つまり地球には自分はいなかったということになる。


「これが異世界転移物だったら話は別かもしれないけど、そういうのは現代物理学が許さないわ」

「そんなこと分かってますよ」


 なまじ地球の知識がある分、レオは余計に傷つく。


「それで本題はこれからなんだけど……」

「今の本題じゃないんですか!」


 レオは思いっきり突っ込む。


「実はこれは保守軍サイバー部隊が取得した情報なのだけども、革命軍の惑星調査は名目でしかないという報告が上がっているのよ」

「と、言うと?」

「単刀直入に言うと、革命軍は交流が目的ではなく、テラフォーミングが目的だということよ」

「それって……」

「さらなる追跡調査で、革命軍はその惑星を武力をもって掌握し、完全な統制下に置くことを目指しているらしいわ」

「そんな……、大変じゃないですか!」

「その一端をあなたも担ってたのよ」

「うぐっ……」

「まぁ、知らずにやっていたのならしょうがないけれど、これからはそうは行かなくなるわ」

「それはまぁ……、そうでしょうけど」

「とにかくあなたに与えられる選択肢は2つ。これまで通り栗林友也として生きて、この星を蹂躙されるか、自分が作られた存在であることを受け入れて保守軍につくか」

「それは……」


 この時レオは、栗林ではない、本当の父親に言われたことを思い出す。


『自分の心が揺れ動いたとき、正しいと思うほうに動きなさい』


 この言葉で、レオは覚悟を決める。


「俺……、いや僕は、保守軍につきます」

「いい返事をありがとう」


 そういうと、遠藤の体が消えかかる。


「大変、革命軍の連中に目をつけられそうだわ。今日はここまでね。また連絡をするから、これからもよろしくね」

「はい」

「それじゃ」


 そういって遠藤の体は消える。

 そしてレオはベッドに腰をかけた。


「……栗林じゃなかったんだ」


 その言葉は、重く彼自身にのしかかった。

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