第7話 試験

 この日も、また図書館で本を読んでいた。

 棚一つ取っても膨大な本が所蔵されていたが、栗林はそれをものすごい勢いで読む。

 それはいつもついてきていた才女シンシアも驚く程であった。


「レオって本当に本読んでるの?」

「え?」


 突然シンシアの質問だ。

 思わぬ所から飛んできた質問に、栗林は思考が停止した。


「あ、えーと……」

「……」


 しばらく二人は見つめあっていた。

 数秒ほどだろうか、時間が過ぎると、栗林のほうから視線を外す。


「あ、あぁそうだな。ちゃんと読んでるよ。いろんな世界に触れられるのは実に面白いからね」


 そういって栗林は本の複写作業に戻った。

 実際は読んでいないが、こうして複写していることで、本としてのデータは残っている。興味あるのは、後々読むようにしている。

 それに納得したのか、シンシアは自分のするべきことに戻っていく。

 それを見た栗林は安堵する。


(よし、俺がエージェントということはバレてないな)


 それだけは絶対に避けなければならないことだからである。

 そんな栗林のもとに、ある人物が訪れた。


「あ、レオ。またここにいた」

「マリ、どうしたの?」

「もー。そんなの一つしかないでしょ?レオがちゃんと生活しているか確認しに来ているの」

「そんな母さんのようなことしなくても……」

「ダメ。レオったら学校に入ってから図書館に通うようになっちゃったんだから、何か変なこと考えてたり、体調悪かったりしないか確認のために来てるんだから」

「そんな、僕が図書館に通い詰めているだけで……」

「もしかしたらレオが図書館の本にまみれて倒れているとか考えられるじゃない!」

「そんなことは絶対ないと思うよ」


 そんな会話をしている横で、マリがシンシアのことを見る。


「……この子誰?」

「あぁ、授業でペアになってるシンシアだよ。こう見えてクラスで一番の成績を誇っているんだ」

「へぇ……」


 そういって、まるで査定をするように、シンシアのことを見る。

 当の本人であるシンシアはそれに動じず、教書を読んでいた。


「まぁいいわ。レオには悪影響を出さないでしょうし」


 そういって、マリはシンシアをマジマジ見るのを終える。


「とにかく、レオは体を鍛えるのを忘れないように、ちゃんと夜は寝るように。後ごはんはちゃんと食べること」

「僕の母さんみたいなこと言わないでよ……」

「それで、ちゃんと卒業できるの?」

「今のところ問題はないよ」

「そう、それならよかった。私も問題なく卒業出来そうよ」

「そうなんだ。マリは卒業したらどうするの?」

「私は王立騎士団の部隊に行くつもりよ。私は優秀だからね」

「そう。俺はどうしようかな?」

「冒険者コースにいるんだし、素直に冒険者になったら?」

「そう、だね。それも一つの手だね」


 そういって、栗林は今後の生活について考える。

 もしこのまま卒業するなら、栗林は冒険者になるだろう。そうすれば、様々なこの世界のことについて見聞を広めることになる。それは、調査船の方針に合うだろう。


「僕は、このまま冒険者になろうかな」

「うん。それが今のレオに似合っているよ」


 そういって、マリが同意してくれる。


「それじゃあ私はこの辺で帰るね。レオ、元気にやりなよ?」

「分かっているって」


 そういってマリは図書館を後にする。

 そのまま図書館に残った栗林とシンシアは、自分のことに集中する。

 そして閉館時間ギリギリまでいるのであった。

 こうして時が過ぎ、いよいよ栗林が卒業する時期になる。

 教室に集まった生徒たちのもとに、担任のエル・リードルが話し始める。


「これから君たちには、卒業をかけた試験を行ってもらう。これまで習ったことを生かして、この試験に臨んでほしい」


 そういって出された課題は次である。


「君たちには、お互い戦ってもらう」


 その時、教室はざわめきにあふれる。


「もちろん、本気でやってもらう。しかし殺し合いを強要するわけではない。あくまで、自分の実力がどの程度まであるかを確認するためのものだ。そのために、他の学科の教員も見に来られる。粗相のないように、自分の実力を存分に発揮してほしい」


 そういって試験会場を掲示してエルは去る。

 試験は数日後。場所は校庭兼演習場であった。

 その日も、栗林は図書館で本を眺める。もちろんその横には、まるで当然のようにシンシアがいた。


「数日後には卒業試験か……。あんまり自信ないな」


 そういった栗林の腕をシンシアがつつく。


「ん?どうしたシンシア」

「レオなら大丈夫。問題ない」

「……そっか。そういうシンシアはどうなんだよ?大丈夫か?」

「ん。大丈夫」


 そういってサムズアップする。


「そうか。それならいいんだけど」


 だが、活発的ではないシンシアが、どうやって卒業試験を乗り越えるのか。栗林はそこに疑問を抱くのであった。

 そして試験当日。校庭兼演習場には野次馬もいて、まるで盛況しているようだった。


「まったく。こっちは卒業がかかってるんだ。見世物じゃないってのに……」


 そう文句の一つも出そうな感じではあったが、とりあえず栗林は溜息をして、深呼吸する。


「よっしゃ、いっちょやったるか」

「冒険者コースの諸君!これより卒業試験を行う!並べ!」


 そういって冒険者コースの生徒は並んだ。

 なんだか学校長の挨拶なんかがあったが、そんなのはすべて無視して、栗林は集中する。


「……それでは、これより卒業試験を開始する。まずはレオ・ロイドとクロム・ウォール、前へ!」


 栗林は一番手として卒業試験に臨む。

 相手は大柄の男子生徒である。油断はできない。

 栗林はゆっくり杖を構えた。


「それでは、始め!」


 エルの言葉に、早速呪文を使う。


「大地よ、そのマナを我に分け与えたまえ!」


 まずは身体強化。それからは相手の出方に応じて考える。

 相手は何か詠唱しているようだ。


「炎の精霊よ、我に力を与え、仇なす敵を打ち砕け!ファイアーブローム!」


 そういうと、いくつもの火の玉が生成され、それが栗林のほうに向かって飛んでいく。

 栗林はそれは自身にかけた身体強化で回避していく。ついでにマイクロチップの力も借りて、体のリミッターを解除する。

 栗林の動きは、まるで瞬間移動のそれに匹敵した。

 しかしそこで驚かず、相手がどんな攻撃や回避をしてこようと、常に最善の策を講じるのが魔術師である。

 クロムは次の手を打つ。


「風の精霊よ、今こそ敵を囲い込み、その動きを封じよ!ウィンドウォール!」


 そういうと、クロムと栗林の周りに風の壁が出来上がる。

 これにより、栗林は動きを制限されてしまう。

 しかし、そこに栗林は打開策を見出した。


「土の精霊よ、その頑丈なる鉄の塊をもって敵を打ち砕け!アイアンスフィア!」


 そういうと、栗林の周りに鉄の塊がいくつも召喚される。そしてそれはクロムに向かって飛んでいく。

 しかしそれは空気の壁によって回避されることとなった。しかしそこは栗林、考えなしに鉄球を召喚したわけではない。

 鉄球はクロムの召喚した空気の壁によって反射し、そして不規則に動き回る。

 それに合わせて、栗林も動き回った。

 攪乱状態に陥らせたクロムは鉄球の処理に大忙しである。

 その隙を狙って、栗林はクロムの後ろを取り、カロンの杖でぶん殴ろうとする。

 その時だった。


「そこまで!」


 外からエルの声がする。

 栗林は殴りつけようとした杖の方向をずらし、当たらない軌道を描きながらクロムのそばを通過する。


「なかなか高度な戦いであった。諸先生方はどうでした?」

「えぇ、目を見張るものがありました」

「レオ・ロイドと言いましたか?魔術師としてはそこそこですが、武道家として組み合わせるなら、大きな可能性を秘めていると思いますよ」

「クロム・ウォールもあれだけ大きな魔術を使えるのは素晴らしいと思いましたよ」


 そう評価された。


「というわけで、二人の試験は終了とする。次、シンシア・オリバーとリン・ボルドだ」


 栗林はそのまま生徒待機所に向かう。

 非常に疲れた。今はそれだけである。

 それで、シンシアの戦闘の様子をじっくり見ようと思った矢先である。

 突如として大爆発が起きる。

 思わず見てみると、シンシアの発動した魔法が、相手を吹っ飛ばしていた。


「そ、そこまで!」


 思わずエルも試験を止めた。

 シンシアの真髄の一部を垣間見た瞬間である。

 戻ってきたシンシアに話を聞くことができた。


「あれ、何をした?」

「特別なことはしてない。集中してただけ」


 栗林には分からない、天才の発想があったのかもしれないと感じた。

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