第6話 課題
この日は大変な一日であった。
まさかゴブリンキングが出現するとは想定しておらず、担任のエルも相当狼狽えていた。
「しかし、まさかゴブリンキングがこの洞穴に住みついていたとはな。想定すらしていなかったよ」
そういって少し笑って見せる。
栗林は正直、笑う場面ではないと思ったが、そうでもしないと、生徒たちに走っている緊張感や不安感を取り除くことが出来ないと判断したからだ。
「とにかく、このことは学校にも報告しよう。……さて、課題の続きだ」
「え、今の流れで課題を続けるんですか?」
「これは卒業試験の一環で行われる大切な課題だ。これをおろそかにすることはできない」
生徒たちからは小さくブーイングが入る。
「まぁ、さっきの今起きたことだ。文句の一つあるのも仕方ないだろう。だが、君たちはそれを勇敢に退けて見せた。それは誇ってもいい戦いの一つなのだぞ?」
そういってエルは生徒たちを納得させようとする。
その言葉に、生徒たちは顔を見合わせ、なら仕方がないという感じになる。
(だいぶ単純だな……)
栗林はそう思った。
「では、次の組は……、レオとシンシアペアだ。行ってこい」
「はい」
栗林はそれに従うように、シンシアとともに洞穴の中へと入っていく。
洞穴の中は意外に大きく、二人が並んでも通れる程であった。
栗林は光魔法を使って、灯りを確保する。
そんな無言の二人。この状況に栗林は少し耐えられなかった。
「しかし、だいぶ薄暗いな……」
話題を振るように、シンシアに話かける。
しかしシンシアは何事もないように地図と現在地を照らし合わせながら、進むべき道を示し続けている。
(なんかこの状況、幽霊の一つでも出てきてもおかしくないや……)
あまり心霊や幽霊の類いが得意ではない栗林。
こういった薄暗がりな所は、今にでも化けて出てくるのではないかと不安になってしまう。
しかしそんな栗林の心情など知らないシンシアは、どんどん奥へと進んでいく。
曲がり角を曲がり、ちょっとした階段を降り、進んでいった先にあったのは、巨大な空間であった。
「うぉぉ……」
思わず息をのむ程大きな空間は、栗林たちの存在感を小さく見せていた。
「ここが目的地」
まるで事務的な会話をするように、シンシアは一言呟いた。
「じゃあここに壁画があるんだな?」
そういって、栗林は魔法を使う。
「光の精霊よ、今こそ迷える子羊に光の道筋を与えん。アーリーライト!」
そうすると、今まで以上に強い光が辺りを照らす。
その光は壁を照らし、今まで見えなかったものを見えるようにした。
「これは……」
そこにあった壁画は、まるで不思議なものだった。
それは、まるで神と人間との戦いのようである。上空に四角い箱に乗った人間型の存在が、地上に向かって光のようなものを飛ばしている。それに対抗すべく、地上にいる人々が魔法のようなものを使って、四角い箱に攻撃を仕掛けている。
まるで神話の話のような壁画が、ここには描かれていた。
「こいつはすげぇや……」
壁画の様子に感嘆を述べている栗林の横で、シンシアは何かを取り出し、そしてそれを栗林に差し出す。
「……ん?どうしたシンシア?」
「私、絵、描けない。描いて」
「え、俺が描くの?」
「うん」
思わず本音がポロッと出てしまった栗林。
しかしそのまなざしを見てしまっては、断ることもできまい。
「はぁー。仕方ないな」
そういって、栗林は画材を受け取って、壁画の前に座り込む。
そしてマイクロチップの機能を起動した。
それは模写機能。
目的の画像を取り込むことで、まるで写真のようにその絵を描くことができるのだ。
そうしてものの10分もしない時間で、絵は完成する。
「これでいいだろ?」
「……うん。完璧」
珍しくシンシアが褒める。
その言葉に、栗林はドキッとしてしまった。
「さ、さぁ、絵も描き終わったことだし、さっさと洞穴を出ようか」
そういうとシンシアは頷いた。
帰り道も順調であった。途中壁が崩れかけている場所もあったくらいで、難しいことは何もない。
そう思っていた。
「なぁ、出口まで遠くないか?」
行きの時とは確実に違うような道を辿っている感覚を覚える栗林。
その半面、シンシアはずっと地図とにらみ合っていた。
「もしかして道、間違えた?」
その言葉に、シンシアはビクッとする。
「そうなんだな?」
確認の言葉に、シンシアは観念したように頷いた。
「まぁ、仕方ないよ。誰だって間違えることくらいあるさ」
そんなことよりも、栗林はどうやって洞穴から脱出しようか考えていた。
(さっきの壁画の所まで戻るか?いやしかしそんなことをしたら余計に迷ってしまう)
この考えは即座に却下された。
(なら左手法でも使うか?)
迷路などで左手を使って突破する方法だ。
(これも洞穴の大きさがどれだけあるか分からない。容易に使うべきではないだろうな)
これも却下する。
「どうしたものかなぁ……?」
そういってると、シンシアの様子が少しおかしいことに気が付く。
後ろから見ると、少し震えているのだ。
「し、シンシア?どうしたんだ?」
その様子を見るべく、正面に回った栗林はすべてを察する。
シンシアは涙目になっていた。それは才女ゆえに、すべて完璧にこなさなければならないという彼女自身のプレッシャーから来ているのだろう。
「あー、シンシア?大丈夫だから、な?」
そういっても、今にも声を出して泣き出しそうになっている。
どうしようかと考えている栗林の頭に、ある考えが浮かぶ。
(そうだ、マイクロチップだ)
マイクロチップには、様々な生体情報が常に蓄積されている。
それを用いることが出来れば、この洞穴から脱出することも可能なのではないかと考えたのだ。
(まず必要なのは、行きの時の映像と、歩数計だ)
行きの時の映像を再生し、各所にチェックポイントをつける。
さらに歩数計をもとに、それまで歩いた場所のチェックをつけた。
これらを統合して、さらに帰りの歩数をもとに即席のナビを構築する。
(これで良し。大丈夫だ。まだそんな奥には入ってない)
帰ることができると判断した栗林は、シンシアから地図を受け取る。
「シンシア。大丈夫だ。僕がついてる。なんとかしてみせるよ」
そういってシンシアの手を引いて、出口に向かって進む。
地図を見るフリをして、即席で作ったナビをもとに、出口に向かう。
「もう少しかな?」
とある曲がり角で、行きの時の歩数と合う。
そこを曲がり、少し進んでいくと、外の明かりが見えてきた。
こうして、二人は無事に洞穴を脱出することができたのだ。
「よし。レオ、シンシアペア帰還、と」
そうエルが記録をつける。
「しかし少し遅かったんじゃないか?」
素朴な疑問をエルがする。その言葉に、思わずシンシアがビクッと反応する。
しかし、シンシアが責められることはなかった。
「いやぁ、僕が地図を読み間違えてしまって、少し道を外してしまったんですよ」
「レオが地図を読み間違えたのか。少し意外だな。そういうのは得意だと思っていたのだが」
「いやはや、実践的になると少し緊張してしまいますね」
そんなことを話す。
(これでシンシアには責任は行かないだろ)
あくまで責任は栗林にある。そういう風に誘導したのだ。
「ま、次からは気を付けることだな。さ、課題の提出だ」
「はい。これです」
「うむ。うまく描けているな」
そういってエルは次の生徒の所に向かう。
「ふぅ、何とか乗り切ったぞ」
若干冷や汗をかいたが、問題なかったことに栗林は安堵する。
その栗林の裾をクイッと引っ張るものがあった。
シンシアである。
「あの……」
シンシアは言葉に詰まると、吐き出すように言う。
「ありがと……」
その顔は少し高揚していた。
「どういたしまして」
そう栗林は言う。
栗林は少しシンシアと打ち解けたことに嬉しさを感じたのだった。
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