第4話 実践

 とある日。

 栗林はこの日も図書館で本を読んでいた。

 この日の本は、この国の成り立ちについての歴史書だ。

 脳内に埋められたマイクロチップによって、目から入った情報は即座に超高解像度の写真と映像に変換される。

 また、栗林の脳内にある知識や思考を添付することで、この本の解読をよりスムーズに行うことができる。

 こうして、この情報を調査船に送ることで、文明調査の役に立てるというものなのだ。


「あ、レオ。こんなところにいた」


 そういってやってきたのは、幼馴染のマリ・テレアである。


「どうしたの、マリ」

「冒険者コースの知り合いからレオのこと聞いたんだよ。最近ずーっと図書館に籠りっきりって聞いたから心配してるんだよ」

「大丈夫だよ。僕はピンピンさ」

「そもそもレオってそんな読書する人だったっけ?」

「ここに来てから目覚めたんだよ」

「ふーん。まぁ、なんでもいいけど、体鍛えるのだけは忘れないでよね」

「分かってるって」


 そういってマリは去っていく。

 今はレオとして生活しているが、中身は栗林だ。

 ふとした瞬間に栗林の素の部分が出たり、マイクロチップや調査船のことがバレてしまったら、今後の生活に支障をきたすというレベルではない。

 ここは慎重になって、レオとしての生活を全うするしかないのだ。だが慎重になりすぎても周りの不信感を買うだけである。そのバランスを取るのに集中しなければならないだろう。

 そして月日は流れ、基本的な魔術の使い方は理解した時だった。


「今日から実践的な授業を行う。それに際して、二人一組になってほしい」


 そういって担任のエル・リードルはいう。

 地球時代はそんな多くの友達がいたとも言えない栗林。

 その性格はレオの性格と統合されて、微妙な感じになっていた。

 そのため、周辺の生徒は次々と組を作っているのに、だんだんと余り物になっていく。


「ん?どうしたレオ。組が作れないのか?」

「あっははは……」

「しょうがない。お前はあいつと組め」


 そういって指したのは、クラス随一の才女であるシンシア・オリバーである。


「彼女となら何とかなるだろ」

「え?」


 エルが不穏なことをいう。

 しかし組を作れと言われていた手前、それに従う他ない。

 栗林はシンシアに近づき、挨拶をする。


「あー、レオ・ロイド、よろしくね」

「……シンシア・オリバー」


 ものすごく小声である。

 栗林は思わず聞き返しそうになった。

 しかしそれを抑えて、栗林は話を続ける。


「えっと、ペアになっても大丈夫だよね」

「……」


 そういってシンシアは無言で小さくうなずいた。


(これは一挙手一投手見てないと会話が成り立たないぞ……!)


 そう、シンシアは才女であるが、その代わりコミュ障でもあった。

 必要以外の話はしない、という鋼の意思を感じるほどだ。


「それじゃあ組めたか?それじゃあ今日の授業を始めるぞ」


 そういって授業が始まった。

 今回は仲間の身体を強化する方法を学ぶ。


「身体強化と一言で言っても、ジャンルは様々だ。純粋に筋力を強化するもの。魔力を体に纏わせるもの。魔力そのもので体を体現化するもの。基本はこの三つになる。これらを冒険者になったとき、パーティーを組んだ仲間にかけてあげることで、よりスムーズな依頼達成を行えるだろう。今回は単純に筋力を強化する魔術について教えることにする」


 そういって二人一組になって授業が行われる。


「まず必要なのは、これは精霊の力を借りないこと。魔法や魔力が直接体に作用して起こる現象であることを理解してほしい。そのうえで、詠唱は工夫して行うこと」


 そういって、エルが見本を見せる。


「地よ、空よ、そこにあるマナよ。かの体に力を分けたまえ」


 すると、目に見えて分かるように、模擬人形の周りに光が生じる。


「……と、このように明確な魔法名がなくとも身体強化が行えるのが利点だ。工夫次第では魔法をかけられた側の身体が何倍にも何十倍にも強化されることがある。その分、術者にも負荷がかかることがあるがな。しかしそれも工夫次第では軽くなる。とにかく実践してみて、経験を積むのが必要なことだ」


 そういって術を解除する。


「また、術には恒常性と時間性がある。簡単に説明すれば、恒常性は術をかけ続けることで、時間性は術はかけたっきりであとは何もしなくてよい。どちらも一長一短だから適宜使い分けること。今回は恒常性でやってみよう」


 そういって二人組になった相手と魔法をかけあう。


「じゃあシンシア、かけるよ」

「……」


 シンシアは小さく頷く。

 それを許可と見た栗林は身体強化の魔法をかける。


「この地を揺蕩うマナよ、その力をかの体に与えたまえ」


 そうすると、シンシアの体の周りに緑色の光が現れる。

 これで魔法はかかっている。


「シンシア、何かやってみてよ」

「……」


 シンシアは何か考える素振りを見せると、地面にしゃがみ込み、ノックした。

 その瞬間、ボコッと地面がえぐれる音がする。


「おぉ、レオの魔法はうまくいっているみたいだな。その調子だ」

「はい!」


 思わず褒められた栗林は少しニヤッとする。

 それをシンシアはジッと見ていた。


「あ、あぁごめん。次はシンシアの番だね」


 そういって栗林は魔法を解除する。

 それと同時に、シンシアの周りを覆っていた緑色の光は消え去った。


「さ、僕に身体強化の魔法をかけてもいいよ」


 そういって栗林は手を広げて見せる。

 するとシンシアは、杖を栗林のほうに向けて、詠唱を開始する。


「マナよ、身体を強化せよ」


 小声で魔法を詠唱する。

 しかも単純で短い。

 しかし、それでも栗林の体の周りには緑色の光が現れた。


「おぉ、身体強化されているのかな?」


 そういって、栗林は小さく屈伸し、トンッとジャンプする。

 それだけで、まるで重力が小さくなったような感じで、空中に投げ出される。


「うぉぉぉ!」


 厳密に言えば、重力が小さくなった時の挙動とは異なるものの、相応の落下速度で地面に落ちる。

 しかし、身体強化のおかげか、痛みなどはまったくない。


「なるほど、シンシアの身体強化はシンプルでいい。その調子で頑張ってくれ」

「はい」


 消え入りそうな声で、シンシアは返事する。

 そのほかの生徒も、各々の思うがままの詠唱で身体強化を施す。

 一部の生徒は身体強化のやりすぎで、危ない目に合いそうになっていた。

 こうして身体強化の授業も終わり、この日の講義は終了する。

 栗林は日課と化している読書のために、図書館へと向かっていた。

 しかし、その後ろには一つの影が。


「あの、シンシアさん?なぜ一緒にいるんです?」

「……?」


 シンシアはまるで、これが当然であるという感じの表情を見せる。


「まぁ、いいか。僕の邪魔をしなければ何してもいいよ」


 そういって、栗林は図書館に入る。一緒にシンシアも入った。

 栗林は今日の目的の本を探し出すと、机に座って速読で本を読む。

 その隣にはシンシアが座り、自習を始めた。


(誰かが横にいると、マイクロチップのことバレそうで怖いんだよなぁ……)


 しかし、ここでは誰も栗林のことをエージェントとは思ってもいないだろう。

 特にシンシアにバレなければ、万事OKである。


(とりあえずは様子見だな)


 そんな感じで、栗林の日常は過ぎていくのであった。

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