第3話 魔術
この日も、栗林が学校に併設されている図書館で本を読んでいると、ある人物が訪ねてくる。
「レオ、こんなところにいた」
「えっと、マリ。どうしたの?」
「幼馴染の顔すら忘れちゃったの?大丈夫?」
「僕は平気だよ。それよりどうしたの?」
「レオがずっと図書館に籠りっきりって聞いたから、様子を見に来たのよ。前はそんなに本なんて読んでなかったのに」
「これは知見を広げるための大事な行為なんだよ」
「それ。そんなことも、前のレオなら言わなかったわ」
「そうかな?」
「なんかレオ、少しおかしくなったような感じがするの」
(不味い、ここで俺が転生者であることがバレたら何が起きるか分かったものじゃない……)
そう、栗林は転生者ということを隠して生きている。
かつて地球時代に読んでいた異世界転生するライトノベルでも、わざわざ自分からカミングアウトする書籍は少なかったと記憶している。
また、この世界で振舞っていたレオとの行動に齟齬が生じると、何かしら疑われるのは必至。これを回避すべく、栗林は頭をフル回転させて、現状の打破に務めるしかないのだ。
「ほら、僕は冒険者を目指しているわけだし、少しでも世界のことについて知っておいたほうが何かと有利だと思うんだ」
「ふーん。それもそうね」
「それに、世界にはまだまだ知らないことがたくさんあることを知ったんだ。それを知るためには、こうして図書館に通うのが一番だと思ってね」
「確かに、一理あるわね」
栗林はマリが単純でよかったと心底思った。
「それじゃあ私は行くから。あんまり本を読みすぎて倒れないでよね?」
「分かってるよ」
そういってマリは図書館から去っていく。
「ふぅ。危ない所だった」
レオとの記憶や性格のすり合わせという作業をこなすのは、意外にも大変であることを実感した栗林であった。
「さて、この本は読み切ったことだし、アップロードでもしておくか」
そういって、栗林は動作しているマイクロチップの切り替えを行う。
マイクロチップには写真や映像を保存しておくことができる機能が備わっている。
これを使って本の切り抜きを行っている。また、これの副次的効果として、栗林も本の内容を一瞬にして読むことができるのだ。
さて、切り抜いた本の内容を地球の調査船に送るため、写真をまとめてアップロードする。
調査船は常に栗林の近くを飛んでいるため、アップロードにはさほど時間はかからない。
余談ではあるが、調査船は透明になれるシステムを使っているため、現地住民にバレることはない。
そんな調査船にデータのアップロードを行うと、調査員から次に読むべき本の概要が書かれたメッセージが飛んでくる。
それに返事をすると、栗林は次の本に手を伸ばすのであった。
さて、この日は座学で、緊急時における冒険者の心得の授業であった。
栗林が真面目に授業に取り組んでいると、突如として頭痛がやってくる。
最初はピリッとした感覚であったが、それは次第に強くなっていき、まともに呼吸もできない程になっていた。
その様子に気が付いたエルは授業を中断する。
「おい、レオ・ロイド。大丈夫か?」
その声も聞こえない程の頭痛に襲われる栗林。
次の瞬間、脳内に声が響き渡る。
『目覚めて……』
その声が聞こえたと思ったら、完全に頭痛は収まっていた。
「大丈夫か、レオ・ロイド」
「あ、大丈夫です」
「そうか。もしダメだったら医務室に行けよ?」
「はい」
そうして授業は続けられる。
しかし栗林は何か引っかかるようなものを感じた。何に目覚めろというのか。
その考えに支配されて、少しだけ授業を聞き逃してしまった。
別の日、栗林たちは学校に併設されている校庭兼演習場に集まる。
この日は魔法の強化訓練であった。
「冒険者としても、魔術師としても、ここでステップアップしていかなければ、今後の生活に支障をきたす恐れがある。そのためにも、魔術の強化はしっかりとしなければならない」
栗林たちの手には教科書があり、今回はその通りにやっていくというものだ。
「それでは始めていこう。まずは魔術を強化する方法だ」
そういってエルは、授業を始めていく。
「詠唱によって魔術を強化していくには方法が二つある。まずは単純に詠唱自体を長くする方法だ。長ければ長いほど強くなるわけではないが手っ取り早い方法だ。しかしこれには弱点が存在する。それはなにか分かるか?じゃあレオ・ロイド」
「はい、詠唱が長くなることで発動までの時間が長くなり、戦況が不利になる可能性があります」
「その通り。戦況が悪い状況では、詠唱は短いほうが有利だ。それが魔術を強化する二つ目の方法。詠唱を短くする。その代わり、やらなければならないことがある。それは何か?ボンド・ローウェン」
「詠唱時の言葉を強化することです」
「素晴らしい。詠唱に使う言葉を変化させることで、魔術の強弱をつける。現代の主流は、この詠唱内容を変化させることにある。中には詠唱自体をカットして自在に魔法を使うものもいるが、それは長年のキャリアの末にできることだから、若者がおいそれと真似するようなものではない。そこは注意してくれ」
そういって、エルが実演する。
「まずは弱い攻撃からだ」
そういってエルが的に向けて詠唱を始める。
「火の精霊よ、その魔術を我に与えたまえ、ファイアーボール」
そうすると、拳程度の大きさの火球が飛んでいき、的に命中した。
「今見てもらったように、小さい火の玉が飛んでいくだけの詠唱をした。では次に、火の玉が大きくなる詠唱だ」
そういうと、別の詠唱を始める。
「すべての火の精霊よ、我に力を与え、そして顕現せよ、ファイアーボール!」
すると、先ほどとは比べ物にならない程大きな火球が飛び出し、そして的に命中した。
「このように、言葉一つ変化させるだけで魔術の攻撃力はグンと上昇する。またこれはコツの一つなんだが、言葉に抑揚をつけると魔術の強化具合に変化が生じる。この辺は長く魔法をやってきたものには分かるようなものだな」
そういって、エルは生徒たちの前に立つ。
「さて、ここからは自由に魔法を放つ時間だ。我こそはというものからやっていくといいぞ」
そうして、生徒たちが一斉に魔術を唱え、魔法を行使していく。
その中でも、栗林は最適な魔術の組み合わせをマイクロチップに任せている。
そのため、効率よく魔法を行使することに成功していく。
「すべての火の精霊よ、その力を顕現させ、そして我を救いたまえ、ファイアーボール!」
栗林の杖からは、今日一番の魔法が飛び出す。
そしてそれは的の一部を焦がす程のものだった。
「いいぞ、レオ・ロイド。自分の相性のいい魔術が使えているじゃないか」
「ありがとうございます」
「みんなも自分の相性を確認しておけ。どの言葉が得意で、どの言葉が苦手なのかをはっきりさせておけば、もしもの状況になったときに最大火力を叩きこめる。これはそのための訓練だと思え」
そういってエルは巡回する。
魔法がうまくいっている。それだけで、栗林はうれしくなった。
地球時代では、ごく平凡な日常を送っていた栗林。平凡すぎて、日常の記憶などないに等しい。褒められることも特になく、かといって叱られることもない。そんな淡々とした日々。
そんな鬱屈した日々を変えたのは、あの日栗林に突っ込んできたトラックだった。
長らく記憶がなかったが、思い出した今ではあの日々と比べ物にならない程楽しい毎日を送っているのだった。
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