焼け野が原に花束を

@blanetnoir




ある春の日、


私は、大切な人と会える最後の日を迎えた。




それはつまり高校の卒業式。



さくら舞い散る麗らかな景色の中で、


毎日のように遠くから見つめていたその人を、

その日も遠くからひとり静かに見つめ、



このままでは今日が大切な人と会える生涯で最後の日になることを承知しながら、


ついに一歩も踏み出せずに、


手を振ることもできないで、


さよならの挨拶も交わさずに、


大切な人と離れてしまった。





大切な人に、


「あなたが好きでした」と


最後まで言えないで、


ついにその機会を失った心の中は、




全ての芽吹きを焼き尽くした荒野のようだった。






これから新しく生まれるはずの感情でさえ


この荒野にはもう育つことすら出来ないほどに、


全ては枯れ果ててしまった。





私には貴方だけだった気持ちの代償として、


この地には今後もう何も生まれ育たないんだと、


どこかそうあり続けることを願うような気持ちも織り交ぜながら、そう思っていた。








───あれから、


どれだけの時間がたったのか。





変わらずに何も生まれず育つことのない荒廃した土地にい続けることに、


感傷やある種の誇りはいつしか消えて、


ただ一人、虚しさを抱いていた。






もう、種も苗木も寄せ付けない荒野のように


全てが枯れ果てて、

諦め果ててしまったことに慣れきった私には、





魔法のような誰か、


夢のようなイベント、


100年の封印が解けるような何かが起きるような奇跡でもなければ


このまま永遠にひとりきりなんだろうと、思いながら焼け野が原を眺め続けていたら、







そこに

花束をいっぱい抱えた女性が私の背後を通りがかった。



花の香りに気づいて振り返ると、

女性と目が合って、彼女にニッコリ微笑まれた。



「あなた、花は好き?」




不意に声をかけられ

驚きすぎて声も出せずにいると、


彼女は特に気にする様子もなく

言葉を続ける。




「よかったら、うちの庭覗きに来ない?」




思いもよらない誘いに、

私の思考はフリーズした。




「そんな何も芽吹かない庭を眺め続けて、楽しい?」




ストレートに投げかけられた言葉に、

何もリアクションを返せずその女性の胸元に抱き抱えられた花束を見るしかなかった。




私、

ここを立ち去っていいの?




思いもよらなかった。






「多分、あなたがそこにい続ける必要はないと思うわよ。

そこから抜け出して、こっちにおいでよ。


そんな荒野の中にいたら、


その後見たくなるのは花咲き乱れる庭じゃないかしら。」




そう言って、


女性は私を見ながら歩き出した。




まるでついておいでと言わんばかり、

私は返事どころか一言も声を発していないけれど、



そんなことには構わずに、

彼女は白いふんわりとしたワンピースを

風に揺らめかせるような軽い足どりで

スタスタスタと歩いていく。




私は




この場を手放すなんて発想はなかった。




だけど

不意に投げかけられた彼女の庭が見たくなって、




私の庭からは慣れても構わないのかもしれないと気付いて、




そして何より、




彼女の笑顔と軽い足取りに誘われて、






何年かぶりに足を動かすことにした。

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