第5話 故郷へ

雨の降りしきる廃道ルート99をアルド達は駆けていた。

シエルはアルドの逞しい背中を追いかけ、

シエルの後ろをイスカが後方の敵に警戒しつつ、息を切らせない様に、

しかし速度を保ちながら駆ける。

その後ろを、音を立てず影の様に、サイラスが続く。

だが、サーチビットのレーダーに捕捉され、

次々と現れる合成人間の猛攻に、体力を徐々に削られていく。

4人はエルジオンを巻き込まない為に、撤退を諦め

迎え撃つべく、態勢を整えようとしていた。

だが、アガートラムの一撃により、シエルが致命傷を負った…。


絶体絶命の中、アルドの叫びに応じたかの様に時空の穴が開いた。

アルド達は、窮地を脱する事を祈る思いで、時空の穴に飛び込んだのだった。


―――ジェミ、お前はオレたちを殺して、何を生かそうとしているんだ?ーーー


―――お前はシエルの事、お前の好きなシエルの歌の事も殺そうというのか?―――


アルド達が時空の穴を通って出た場所は、大樹の島だった。

世界樹と呼ばれる大樹が、そこから漏れてくる木漏れ日が、

暖かくアルド達を包み込む。

先程までの死闘が嘘の様に思える静寂。

その夢をアルドが抱き抱えているシエルが現実へと引き戻す。


アルドの腕の中で、シエルが大きく咳き込んで血を吐いた。


アルドは神に祈る思いで呟いた。

アルド「やめてくれ…、頼むから、死なないでくれ…殺さないでくれ。」


サイラスは大樹の島から、廃道の方を眺めた。

遥か下方にある廃道には先程戦っていた、合成人間の部隊が群がっていて、

アルド達を捜索しているのが見て取れた。

サイラス「移動したのは空間だけでござる。」

イスカ「とりあえず、奥の拓けた所へ、シエルを…。」


青い華の群生地にシエルを横たえた。

シエルは青い華に包み込まれて眠っている。呼吸はしているが、とても弱い。


アルド「フィーネの所へ行こう。アイツなら…」

イスカ「…あ……それだ。アイツらの緑色の光!」

アルド「え?、あの、合成人間達を強くする光の事か?」

イスカ「そうだ、どこかで見た光だと思ったが…フィーネだ!」

サイラス「ん〜、言われてみれば…でござる。」

アルド「…ジオ・プリズマ…!」

イスカ「理由は判らないが、ジェミはフィーネと同じ力が使えると言う事だよ。

しかも、どうやら自在に…ね。」

アルド「そんな…しかしどうやって?」

シエル「ぅ…げほっ…」

シエルがまた血を吐いた。

アルド「ええい。考えている場合じゃない。フィーネの所へ…」

アルドはシエルを抱えて、一縷の望みであるフィーネのいる所へ向かう。

アルド「合成鬼竜!来い!!」


アルドの呼びかけに応えた合成鬼竜は大樹の島に停船した。

と同時に、大量のサーチビット達が廃道から押し寄せてきた。


合成鬼竜はアルド達を乗せると、何も言わずに発進した。

合成鬼竜「むぅ…」

シエルの只ならぬ様子に事の重大さを察した様だ。

下方から無数のサーチビットが銃撃を浴びせてくる。

合成鬼竜「アルド!!何処へ行く?」


アルドは祈る様な気持ちで、故郷の空を、そしてその色によく似ているシエルの瞳を思い出した。アルドは泣いていた。


アルド「AD300年―バルオキーだ!!」

合成鬼竜は加速しだした。

周囲の光が薄くなり、次第に空間が歪み出す。

オレはシエルを失いたくない。


フィーネ…助けてくれ…


――― AD300 年 緑の村 バルオキーにてーーー


到着すると、直ぐにアルドは村長の家に向かった。

瀕死のシエルを抱き抱えて、手を離したら、消えてしまいそうな

予感がした。繋ぎ止めておかなければ…。

消えないでくれ…。

…助けてくれ…フィーネ!!


フィーネ「お兄…ちゃん?」

フィーネと村長が一瞬で事態を察知する


村長「い、いかん。儂は湯を沸かす。フィーネは治癒を施すんじゃ!」


フィーネは真っ青になって、泣きそうな顔になりながら、シエルの側に膝をついた。

フィーネ「シエルちゃん…待ってて…絶対に助けるからね!」


フィーネの白い全身から、緑色の光が立ち昇る。

――ジオ・プリズマーー

祈る様なアルドとフィーネの想いに応えるべく、光がシエルの傷を少しずつ癒していく。

サイラス「おお…やはり奇跡の力でござる!」

イスカ「要は能動主体の願望を叶える力というわけだね。そして…その力で

シエルは傷つき、そして今癒されている。」

アルド「間違いない…ジェミもフィーネと同じ力だ。

この緑色の光を合成人間に与えていた。」

フィーネがシエルの傷を癒している。フィーネから発せられた光が、

シエルの傷にゆっくりと浸透していく。

シエルの顔色に徐々にではあるが、生気が戻ってきた。

痛々しくこびり付いた血を村長が湯で濡らした布で拭き取っていく。


助かる…のか??

直視出来ずにいたシエルの顔をアルドは覗き込んだ。

小さな寝息を立てていた。フィーネのジオ・プリズマが損傷箇所を

原子レベルで修復しているのだ。局所的な時空転移の如く、傷だらけの

細く、白い身体が傷を受ける前の状態へと還元された。


シエル「…お…にぃ…ちゃ…」

アルドは初めて、妹の前で泣いた。

小さな子供の様に。

そして、それを笑うものはいなかった。

イスカもサイラスも仲間の生還を涙で喜んだ。


陽が落ちて、周囲が淡い朱色に染まる。

事態は何も変わっていない。

ジェミは時空の穴を通ることが出来る。

時間を隔てても、次の瞬間には此処に来るかもしれないのだ。

そして、おそらく、フィーネの力がなければ、対等に戦えない。

彼の力は紛れもなく、ジオ・プリズマか、それに準ずるものだった。

フィーネにその事を伝えると、笑ってこう言った。

フィーネ「お兄ちゃんが助けてって言ったんだよ〜。私嬉しかった。

最後までちゃんと助けるからね。」

いつの間にか、こんなに強くなっていたんだな…とアルドは思う。


シエルは快復に向かっていた。まだ起き上がることは出来ないが、

十分に話ができる程度には快復していた。


アルド達はシエルの寝ているベットの前に座った。

アルド「シエル…教えてくれないか?ジェミの事…。

オレにはどうしたって…ジェミがお前を殺そうとしたとは思えないんだ。

知らないだろうけど、お前がニルヴァでジェミに会う前に色々話したんだ。

ジェミは…お前のこと、本当に楽しそうに、嬉しそうに話していたんだ。

なんていうか…本当に大切なもののように、大切な人のように…。だから、

シエルから、ジェミの事を話してほしい。」


シエルはジェミの事を語り出した…。

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