第57話 満天姫、パーフェクト攻略済
(はあ……。昨日は燈子姫様がお泊りか……)
あの博打事件から二か月。
月路の儀は継続中であるが、これといった行事はない。
新年に全員集まっての宴会。
二月に節分ちなんだ人形浄瑠璃の鑑賞会があった程度だ。
それぞれの候補の姫たちは、屋敷でのんびりと過ごしている。
月路の儀自体が正室決めのお試し期間という位置づけだから、それぞれの姫たちと能登守が仲良くなることを目的としている。よってこんな感じなのであろう。
それぞれの姫のところには定期的に能登守が訪れ、談笑などをして過ごすのだが、満天姫のところには一度も能登守は来ていない。
犬猿の仲だから来ないのだろうが、雪乃としては非常に喜ばしいことだ。
何しろ、雪乃が主君である満天姫の父、矢部和泉守に命ぜられた任務は、満天姫を正室にも側室にもせず、無事に実家に帰すと言うものであったからだ。
(今のところ、正室レースはお栄さんがぶっちぎり。二番手に燈子姫。三番手が澄姫というところでしょうか)
香姫と満天姫は可能性0というのが、家中での評判である。
あれだけ積極的に攻勢をかけていた香姫は、きっぱりそれを止め、どちらかというと満天姫のところばかり来ているのだ。
(今のところは、お手付きはなさそうだし……)
月路の儀の最中に姫たちに手を付けるのはご法度とされている。
まあ、若い能登守のことだから、勇気がなくて手はだせないと思うが。
雪乃が最近、少し不安に思っているのが満天姫を除く姫たちの行動。
昼に能登守が来るのは、姫たちにはチャンスなのであるが、みんないろんな用を理由にして断っているということを耳にした。
断るのは満天姫と遊ぶ時。第一優先が能登守ではなく、満天姫と過ご過ごすことになっているのだ。
しかも午後に遊びに来るとそのまま夕飯も一緒に取り、そのまま一緒の部屋で寝て翌日帰るということまで発展している。
(そりゃ、一晩中、ガールズトークしたいお年頃でしょうけど……)
能登守よりも満天姫の方がモテモテと言ってよいだろう。
一晩過ごした翌朝なんか、もう燈子姫も澄姫も香姫もお栄さんも、顔を赤らめ、まるで恋する乙女と言った感じで満天姫から名残惜しそうに自分の部屋へ帰って行く。
毎日、ローテーションのように入れ替わり、立ち替わりで同じことが繰り返されるのだ。
(なんだか……女同士で危ない関係だったりして……)
ということを思わなくはないが、そういう感じではない。
どちらかというと、満天姫が男で他の姫たちが恋するヒロインのような感じがしっくりする。
(まあ、この人は悪役姫だから、これくらいの悪行は許されるのでしょうが)
雪乃が考える悪行とは、能登守から姫たちの好意を奪うということ。嫌いな能登守へのささやかな復讐といったところであろう。
やり過ぎるとお手打ちになるが、女同士の友情に能登守が嫉妬するなんてかっこ悪いだろうから、そうそう不興を買うことはあるまい。
それにしても、今日も燈子姫は異常なくらい満天姫のべったりである。一緒に朝食を取っているが、席は満天姫の隣。箸でおかずを取っては、満天姫に食べさせている。
あの大人しい燈子姫がありえないくらい積極的に関わっている。お付きの女中たちも毎度のことで諦めているのか、咎めるものもいない。
以前なら公家の姫様の立場でそういうことをするのは、はしたないと止められていたはずであるが。
「ああ……満天様。燈子は夢心地でございまする。満天様と離れたくはないです」
燈子姫が泊っていった朝、いつものごとくトロンとした目つきで、燈子姫が満天姫に寄りかかって、そんな甘えた声を出す。
(おいおい、燈子様。そういうのは能登守にやってあげてくださいよ!)
雪乃は心の中で突っ込んだが、昨日は香姫が同じような感じであったので、もう見飽きた感じだ。
「燈子、それはわらわも同じじゃ。お前は本当に初奴じゃ。じゃがの、もう朝じゃ。夢の世界は終わりじゃ。また、来るがよかろう。遊んでやるぞよ」
そういって燈子姫の長い黒髪を指でもて遊ぶ満天姫。
男だったらとんだプレーボーイである。
「あ~ん。また遊んでください。満天様」
そういって甘える燈子姫は、もう満天姫の彼女になった気分である。
侍女が迎えに来たので、仕方なく燈子姫は自分の部屋に帰って行った。わずか三十間ほど離れた自室へ帰るだけなのに、満天姫の方を何度も振り返り、もはや恋する乙女である。
(あ~っ。もう結婚してしまえば!)
雪乃は思わずそう思ったくらいだ。
これは燈子姫に限らず、お栄や香姫、澄姫にも言えることであるが。
「満天姫様。他の姫様方と仲良くするのは結構ですが、能登守様よりも好かれるのはいかがと……」
「どうしてじゃ?」
「決まっています。あの方々は全員、能登守様のお嫁さん候補なんですよ。本来なら、満天姫様もそうなんですが」
雪乃は一応、満天姫に自覚させる。自覚してもらって、お嫁さんレースに乗り気になってもらっては困るが、たぶんそういうことはないだろう。
どうも満天姫は能登守を生理的に受け付けないくらい嫌いだからだ。
(どうしてそんなに嫌いなのにここへ来たのか?)
最初の疑問が再び雪乃の心を支配する。
「雪乃様。香姫様の使者が参りました」
侍女のお松がそう聞いてきた。今日は香姫が遊びに来る。
間違いなく、お泊りだろう。
香姫の満天姫への態度も燈子姫と同じでどこか異常愛を感じる。
(明日はお栄さんで、明後日は澄姫。そしてその次は燈子様……。よくやるわ、満天姫様……ヒロイン全員落としのパーフェクトクリアね)
そうゲーム脳を発揮して今の状態を皮肉る雪乃であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます