第56話 雪乃、落とされかける
翌日の夕方、満天姫は澄姫に事の次第を話した。
澄姫はすでに実家から文で兄の様子を聞いていた。
すっかり心を入れ替え、父に謝罪し、剣の鍛錬に本腰を入れたとのことだった。
「兄上はこう申していたそうです。素晴らしく美しい姫君に会いました。その姫に仕えることができるくらいまで武の道を究めたいと」
そう言って澄姫は頭を下げた。
「それはよいことじゃ」
そう満天姫は言い、袂から2つの包みを取り出した。
「これを実家の父君に届けるがよい」
「これは……」
雪乃は目を見開いた。
そう見ても小判百両を包んだ包みだ。それが二つ。
一昨日、満天姫が倍プッシュで儲けたお金の一部である。
「満天姫様、それは……」
「決まっておろう。これはわらわたちの勝ち分じゃ。正当な金じゃぞ」
「それは分かっています。いつの間にそれを」
満天姫はあの騒動の中、ちゃっかり自分たちが勝った分のお金をかすめ取ったらしい。
「元々は後藤家の金じゃ。増えたのは新次郎の手柄じゃが、奴には黙っておれ。金を使ってしまったと思わせた方がよいじゃろう」
そう満天姫は言った。後藤家の台所事情を知った上での行動だろう。
「あ、ありがとうございます」
澄姫の顔が夏に花開くヒマワリのようになった。兄が改心したとしてもこれまで失った金は大きく、後藤家の台所事情は火の車。
いよいよ、お澄が秋葉藩の正室か側室の座を射止めないといけない状況だったからだ。これでそのプレッシャーはなくなる。
それに無理に嫁に行く必要もない。そう考えると澄姫は自分の体をギュウギュウに縛り付けていた鎖がなくなったように思えた。
(私は自由……自由だわ)
「澄、これでお前は自由じゃ」
そう思った時に満天姫がそう言った。
澄姫は自分の心の声が満天姫に聞こえたのではと心臓が高鳴った。
「お前のような可愛い女をあの人でなしの能登守にやるのはもったいない」
「満天姫様……」
澄姫はもう心臓の高鳴りが止まらない。
兄のことで悩み、すがる思いで満天姫に助けを求めたら、二つ返事で引き受け、自ら危険な場所へ飛び込んだ。
そして兄を説得し、そして後藤家の財政危機も救ってくれたのだ。
(すべて……わたくしのため……ですか?)
うるうると濡れた目で満天姫を見つめる澄姫。
「お、お慕い申しております、満天姫様」
「わらわもじゃ。澄姫のことは大好きじゃ」
澄姫は満天姫の両手を取って感極まっている。
(ああああああっ……澄姫様の好感度がうなぎのぼり~)
雪乃は頭を抱える。
月路の儀は秋葉藩三十五万石の正室を決める儀式だ。
候補者全員が藩主能登守ではなく、満天姫に攻略されてしまった。
(こ、これって……よくないよね。ゲームではない展開だけど、お手打ちエンドまっしぐらだよね……)
ぶつぶつと独り言をつぶやく雪乃。だが、天然の満天姫の毒牙は雪乃にも襲い掛かる。
「ほれ、雪乃にもこれじゃ」
そう言って小判を四枚置く。
雪乃が勝った分である。
暗い袋小路に迷い込んだ感があった雪乃の前に急に道が開いた。
「あ、ありがとうございます」
雪乃はお礼を言った。
(ま、まさか……私の負け分を気にしていたなんて……)
雪乃の分と自分の分もちゃんと確保したようだ。
「残りの金は奉行所が没収した。江戸の貧民の施しに回すよう奉行には頼んでおいた」
どうやら先日、この屋敷へやって来た北町奉行、大山左衛門尉と知り合いになったようだ。賭場への手入れと募集した金の使い道について、あらかじめ頼んでおいたのだ。
(いい人~っ……って、なにお金で釣られているの、私!)
(私まで攻略されかかっているじゃないのよ!)
雪乃は心の中で踏みとどまった。
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