第50話 満点姫、澄姫の相談に乗る
さらに雪乃が頭を悩ます事態になる。
「雪乃様、今度は澄姫様が満天姫様にお会いしたいと……」
お松がそう雪乃に聞いてきた。
澄姫は旗本のお姫様。先日の月路の儀の料理勝負で、満天姫が野菜を融通して助けてやったことがある。
その後、お礼の手紙や品が届けられたのだが、本人が来るのは初めてである。
雪乃には何だか嫌な予感しかしない。
(何か起きる気配というの……。満天姫様が暴れる機会ができるというか……)
そして雪乃の勘はあたる。
部屋に通された澄姫は手をついて頭を下げると、満天姫に懇願した。
「どうか、兄を助けてください」
(へっ?)
聞いていた雪乃は心の中で予想はしていたけれど、またまた予想斜めの展開に呆れるしかない。
満天姫も(?)という表情で鳩に豆鉄砲という感じであったが、それでも表情は崩さない。
いつもの能面のような無表情。
これが何だか頼もしく見えてしまう。
今までは何を考えているか分からないということで、相手に畏怖感を与えていたが、ここまでの人を助ける勇敢な行動で、それが「頼もしい」に変換されている。
「どういうことじゃ?」
そう満天姫が尋ねる。
澄姫はここへ来る間に話すと決めていたのであろう。自分の家に残してきた兄のことを話し始めた。
澄姫は江戸幕府旗本筆頭、大番頭を務める後藤丹後守の娘である。
後藤家は五千石を拝領する名家である。
その後藤家には跡継ぎとして澄姫の兄、後藤新次郎がいる。
武闘派の父に似て、剣の修行に励んでいたこの新次郎が道を外した。
というのも一緒に道場に通っていた悪友に誘われ、賭け事に手を出したのだ。
今はその魅力にはまってしまい、夜な夜な賭場に通う始末。
そして負けも込んでしまい、実家の後藤家の家系は火も車だと言う。
以前、澄姫付きの侍女お駒が、雪乃に共闘を持ち掛けてきたことがある。
そこでは正室の座は満天姫に譲るので、澄姫は側室でよいという申し出であったが、その理由がよく分かった。
新次郎の借金で火の車の後藤家を救おうという意図である。
澄姫が側室になれば、秋葉藩からの援助で財政が立て直せる。
借金の支払いが雪だるま式に膨らんでおり、一刻も早くと言うのが後藤家の事情であったのだ。
(しかし、賭け事にはまったのはその間抜けな兄の問題。一体、満天姫様に何をお願いしようというのであろう)
雪乃は澄姫のお願いが何か想像ができなかった。それは満天姫も同じであろう。
「兄様が賭け事で負けるのは、仕方がありませぬ。しかし、いくら何でもこうも負け続けるのはおかしくはありませんか?」
そう澄姫は主張する。初めて賭け事をした新次郎は大勝をしたらしい。一晩で小判十枚を稼ぐ体験は、初心者をのめり込ませる。
その後は勝ったり、負けたりを繰り返し、そして徐々に負けが込み、ついに総額で小判百枚を失うまでになっていた。
やっている博打は丁半博打。さいころ二つを壷に入れ、出目が奇数か偶数かを賭けるものだ。
単純に考えれば当たる確率は二分の一。
そうそう大負けするはずがない。
(とはいえっても、博打は博打。博打で儲けるのは胴元だけ)
これは令和の時代を生きた雪乃はよく知っている。
パチンコにしても競馬にしても、結局、参加者は負ける。少しずつだか負けて行く仕組みだ。宝くじなんかは還元率は半分しかない、とんでもない博打だ。
しかし、澄姫の話を聞くと、どうやらインチキの臭いしかしなくなってきた。明らかに不正が行われている博打のようだ。
それでもそんなものにのめり込むのが悪い。博打は胴元も客も悪いのだ。
しかし、話を聞くにつれて満天姫の目が輝き始めた。
(これはヤバいですよ……。満天姫様の正義の心に火が付いちゃいます)
雪乃の懸念はあたった。
満天姫は賭場の悪事を暴き、新次郎の目を覚まさせると協力を承諾したのだ。
澄姫はもう解決できたとばかりに大喜びである。
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