第44話 満天姫、毒殺の疑いをかけられる
「どうしました、香姫様」
女中が声をかけたが香姫は返事ができない。
そのまま、前のめりに倒れる。
「香姫様!」
「香姫様、お気を確かに!」
「あああ……ぐぐぐ……」
香姫はお腹を抱えて苦しんでいる。
先ほど食べた大根を吐き出している。
「ど、毒ですか!」
女中の一人が真っ青な顔で思わずそう叫んだ。
それはパニックから出た言葉でこの女中に医術の心得があったわけではない。
しかし、状況が状況だけに周りにパッと『毒』という言葉が広がる。
「お、おのれ、満天、香姫の毒殺を謀ったか!」
刀を抜いたのは能登守。
すぐさま、庭中央の臨時の台所にいる満天姫の元へ向かう。
手には刀を持っている。
(や、やばい!)
まさかのお手打ちフラグが立った。
雪乃も混乱している。
まさか、こんな展開が起きるとは予想だにしていない。
(わ、私は毒など入れてません。満天姫様も三女中も入れてません……)
香姫の様子は少し離れているので分からないが、どうやら泡を吹いている。かなりの激痛で転げまわっているようだ。
ブリ大根を食べてこの症状だ。毒を疑われても仕方がない。
「満天、そこに直れ。香姫の仇、ここで晴らす」
能登守は刀の柄に手をかける。
満天姫も自分の愛刀を握る。
このままでは斬り合いになってしまう。
「ま、待ってください、能登守様」
雪乃は慌てて二人の間に入る。
周りは秋葉藩の侍たちが、打ち刀を抜いて臨戦態勢である。
このままでは満天姫も雪乃もここで散るしかない。
「そこに直れ。貴様も同罪だぞ、雪乃!」
能登守はそう叫ぶ。
雪乃もそれに負けないように声を張り上げる。
「毒殺なんかじゃありません。そもそも、私たちの調理の様子は衆人が見ていました。毒など入れることなどできません」
「では、なぜ香姫は倒れたのだ!」
能登守の声も必然的に大きくなる。まるで戦場の怒声のようだ。
「そもそも、香姫様だけで他の人たちは倒れていません。おかしいでしょう。料理に毒を入れれば他の人も倒れるはずです」
雪乃の主張は説得がある。頭に血が上った能登守も少しだけ冷静になる。
「……香姫の器だけに毒を盛った。そういうことだ。香姫は正室争いの障害。満天姫が毒殺するのは理に適う」
「何を馬鹿な。なぜ、わらわが小娘を消さねばならぬ。小娘など敵ではない」
満天姫が火に油を注ぐようなことを言う。
これで収まりそうであった能登守の怒りに火が付いた。
能登守の背後には一族がいる。
香姫は従姉妹である。
叔父や叔母が見ている前であるから、藩主としての威厳を見せねばと思ったのであろう。
「余が取り調べをする。祐筆の雪乃、女中のお松、お竹、お梅を捕縛。座敷牢へ押し込めよ。満天姫は部屋で謹慎。沙汰を待て!」
そう言い放った。
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