第45話 雪乃、座敷牢へ入れられる
座敷牢。
秋葉藩の座敷牢は北側にいくつもある蔵の半地下に設けられている。
藩に対する反逆、脱藩などの重罪人を閉じ込め、裁きを受けさせるために一時閉じ込めておく場所である。
藩の司法は秋葉藩の人間だけに適用されるから、ここに入れられるのは藩士か、屋敷内で狼藉を働いた悪人ということになる。
屋敷の外は幕府の司法権が及ぶから、ここを使うことはない。
雪乃と三女中が入れられたのは、その中でも程度のいいところで、湿ってはいるが板間でゴザが敷かれていた。
雪乃は一人。松、竹、梅の三女中は三人まとめて別々の座敷牢へ連れていかれた。
下士とはいえ、秋葉藩の家臣の縁のものである三女中よりも、満天姫直属の雪乃が怪しいとにらんでの処置であろう。
恐らく、三女中には形式ばかりの取り調べを行い、雪乃に対しては厳しくするつもりであろう。
(ど、どうしよう……まさか、自分がこんな状態になるとは……)
そもそも毒など入れてないから、完全な濡れ衣である。どうして香姫だけが具合が悪くなったのかは知らないが、入れていないものは入れてない。
(香姫様の自作自演とか……。それとも、この機に乗じた他の者の策略)
考えられることはいろいろある。
まず、香姫の自作自演説。
あの場での香姫の状態は演技とはとても思えなかった。顔面蒼白で吐いていたし、かなりの腹痛を訴えていた。
毒にいろいろある。ぶり大根を食べてからすぐにその症状が出たとなると、即効性の毒と思われるが、そのようなものをぶり大根に入れられるわけがない。
(それに……)
これは能登守に訴えたことであるが、倒れたのは香姫だけ。毒を盛るなら香姫の器だけとなる。
(香姫に毒を盛って得するのは誰か……)
一応、この月路の儀では五人の正室候補は互いに敵同士である。
この中で家柄から有利と言われているのは、公家の燈子姫と大名の娘の満天姫。この二人は本命視されている。
(そう考えれば、燈子姫と満天姫のわけがない。普通にしていれば正室の座が手に入る)
(香姫を取り除くことで有利になるのは、香姫よりも順位がしたのお栄さんしかいない。けれど、町人の娘で腹心の部下もいないお栄さんが毒殺することなどできるわけがない)
そもそも八百屋の娘に過ぎないお栄は、毒を手に入れることすらできないだろう。
(となると……)
「おい、お前、明日には厳しい拷問が行われる。早めにしゃべった方がよいぞ」
そう雪乃に話しかけたのは牢番の男。
いやらしく雪乃の全身を嘗め回すように見ている。
この男が拷問係も兼ねているのであろう。
江戸時代では捜査取り調べと言っても、科学的な捜査などできない。
できるのは下手人を拷問して自白させること。
天井から吊るした縄に両腕を縛られて、水をかけられ背中を竹の棒で叩かれるか、ギザギザに切れ目を入れられた板の上に正座させられ、太ももに大きな石を積み上げられるとか、拷問の種類は豊富である。
さらに女人は牢番に恥辱を受けることすらある。
今の牢番のいやらしい顔は、数日後に乱暴でもしようかと考えていそうだ。
(これは……何とかしてこの状況から脱出しないと……)
貞操の危機である。その前に痛い目に会いたくはない。
竹で叩かれたら、あることないことしゃべってしまいそうである。
嘘を話したら満天姫も死罪。自分も磔刑であろう。
(どうしよう……)
雪乃は心細くなった。
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