第41話 満天姫、下僕をこき使う
「ああ~満天姫様~」
屋敷の軒下の秘密の隠れ家。
甲賀の忍びであるアルトはいつも満天姫の声がかかるのを待っている。
満天姫に召し抱えられて、生活は安定している。
一か月に小判一枚。
十分な報酬だ。
そして仕事も危険がなく、楽しい。
香姫に従っていた時にはしょうもない無理難題で、正直、仕事のやりがいを感じなかったが、満天姫の場合はなぜかやる気が出る。
命じられていることは、香姫の時と大して変わりはないが楽しくて仕方がない。
「アル、茶を買ってまいれ」
「アル、変装用の着物を買ってまいれ」
よく呼びつけられて雑用をする。
町へ出て命令されたものを調達する任務が多いが、町の噂を集めて来いと言うものもある。
アルトはその任務が好きだ。
集めてくると満天姫の部屋に呼ばれて、話しをすることになる。
満天姫は表情を変えずにただ聞いているだけなのだが、稀に面白い話を聞くと少しだけ、口元を緩めることがある。
(あ、あのお顔が見たい。とてもいい~っ)
それを見たさにアルトは江戸の町を駆け回り、様々な噂話から事件、事故。
今、人気の芝居の演目や、流行の髪型、着物の柄などの情報を毎日のように届けているのだ。
そしてアルトが最も至福だと感じるのは、満天姫の機嫌を損ねた時。
ある時、言われた饅頭ではないものを間違って買ってしまった時に、そこに直れと言われて、散々、足で踏まれたのだが、屈辱よりも快感を覚えてしまった。
(あ~……また、あのお御足に踏まれてみたいものだ……)
いつも踏まれた時を思い出すと幸せな気分になる。
痛いし、屈辱的なのであるがそれもまた快感につながっている。
傍らにいる祐筆の雪乃には冷たい目で見られているが、アルトは気にしない。
雪乃も美しい娘であるが、主人である満天姫には及びもしないと思っている。
(あああ……。満天姫様、叱ってほしいです。踏んでください~)
そうアルトは思ってはいるが、だからと言ってわざと失敗するようなことはしない。甲賀者の中でも若手の注目株として一目置かれていたアルトとしては、プロとしてそれはできない。
あくまでも、失敗なく任務をこなし、それでもやってしまった時のご褒美なのだ。
「アルよ、そばにおるか?」
今日もいつものように満天姫の声がかかる。
「はっ……。ここにおります」
そうアルトは床下から答えた。
真上は満天姫の部屋である。
「アルよ、仕えに出よ。今日、屋敷に来る出入りの商人。伊勢屋の後をつけよ」
(ん……)
珍しい任務だとアルトは思った。
伊勢屋は秋葉藩の出入りの商人である。
秋葉藩の領地から採れる特産品を扱う業者だ。
(それを探れと言うことか?)
アルトは馬鹿ではない。
これは何か臭うと感じた。甲賀者としての勘と言うより、誰でもそう思う任務だ。
甲賀者のアルトにとって、後をつけるという任務は難しくはない。
屋敷に出入りしているのは手代の源蔵という男。
年齢は40代くらい。
この歳で番頭まで出世できていないということは、さほど賢くない男だろう。
アルトは苦労することなく、源蔵の後を尾行した。
そこで気になったことがある。
源蔵はまっすぐに店に帰ることなく、途中で鍵屋に寄ったこと。
そしてこれも考えられないのだが、鍵屋で用事を済ました源蔵は、店に帰ることなく、吉原の遊女の元へ遊びに行ったことだ。
(どういうことだ?)
アルトは不思議に思った。
大店の手代ならば、そこそこの給金はもらっているとは思うが、吉原で散財するほど余裕があるとは思えない。
しかも、アルトがここ数日、尾行したところによると、源蔵は秋葉藩の使いに来ると必ず、吉原に寄るのだ。
(これはおかしい……)
「それで源蔵が必ず寄る吉原の店の女郎に会ったのですか?」
雪乃はアルトの報告を聞いて、思わずそう質問した。
アルトは、ここ2週間の尾行と調査の結果を満天姫の前で説明していたのだ。
令和では腐女子であった雪乃は、吉原がどういうところか知っている。
「雪乃、吉原とはどこなのじゃ。女郎とはなんぞや?」
満天姫がそう雪乃に聞く。さすが大名の姫君。そのような言葉は聞いたことがないらしい。
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