第4話狭間に赴く

 五層天守閣から高く飛び上がる虚太郎。

 滝壺に飛び込むように、手先を伸ばして本丸の地面へと向かう。


 あまねく全てを射貫くほどに鋭い。……その眼に、この世ならざるモノを見ていた。

 幽世かくりよ現世うつしよの狭間を。


「幽世の門よ、開け」


 風が騒めく。――虚太郎うろたろうは右手で、空を軽く薙ぐ。

 薙いだ手に沿って、ぱっくりと空中に開く黒橡くろつるばみ色の口。

 虚太郎は猫の様に、くるりと空中で体勢を変え、足から飛び込む。

 黒橡色の口は虚太郎を飲み込むと、ピタリと閉じ消えてゆく。


 島原城の本丸には、すすく女の声のように、騒めく風の音だけが残った。


 



 辺りの景色は打って変わり。先程までの島原城に酷似しているが、赤黒い肉管が纏わりつき脈打つ。

 紫根しこん色の空から勢いそのままに落ちる、虚太郎。

 虚太郎は、蛙のように両膝を曲げ、左手と右手を地面に着き体勢を崩さないように着地する。――着地の衝撃で地面が抉れ舞う。


「ほう。招き入れんでも此方こちらに来れるとはな。……先に殺した奴等よりも、手練れか」


 虚太郎は声のした方向を睨みつける。

 そこには白髪も歯も、まだらに抜け落ちた見すぼらしい老人が一人。――枯れた小枝のような腕と、魚の小骨のような指で杖を握り締めながら立っていた。

 しかし、その双眸そうぼうは呆けても、枯れてもおらず。悪意のほのおが灯っていた。


 老人の姿を確認した、虚太郎の行動は迅速であった。――踏み砕き、小片となった土塊つちくれを老人に向かって蹴り飛ばし、その後を追うように老人との距離を詰める。


 粘つくような笑みを浮かべる老人は杖の先を二度ほど地面に打ち付ける。

 瞬く間に、地面から白骨が生えしげり、幾重いくえにも連なり堅牢な骨垣ほねがきを作り出し、土塊を受け止める。

 さらには突進してくる虚太郎を止める為に、骨垣から上半身だけの骨が、骨の槍を手に持ち、槍衾を作る。

 既に止まれないほどに加速していた。


「笑止!」


 槍衾やりぶすまに対して、ひらりと後背を向き、速度をそのままに骨の槍衾に激突する。

 鉄山靠てつざんこう。――何の変哲も無い背面からの体当たりである。

 しかし、虚太郎の背面は傷一つ負っていなかった。


「お前が、術をほどこした者か」


 虚太郎は背面で崩れゆく骨垣と老人を見ながら問う。


「かかか! しかり、しかりよ! 我が大願成就の為に藩の者たちには狂うてもらい。民草に絶望と怨嗟を植え付け、集める術を施したのは儂よ!」


 嬉々として、身を小刻みに震えさせながら語る老人。

 虚太郎と対峙しながらも、悠長に二度ほど杖を打ち付ける。――左足を軸足にしながら、老人の頭へと向けて回し蹴りを放つ虚太郎。

 しかし、手応えなく。朧影おぼろかげのように老人の姿がかすむ。

 

「無駄よ、無駄無駄! 既に我が計画は止めれないところまで来ている。……あらがってみせろ、若僧」


 笑い声を残し、消える老人。

 残された虚太郎の周りから骸骨がいこつが地中より次々と這い出てくる。

 髑髏しゃれこうべをかたかたと鳴らしながら、取り囲もうとする。

 虚太郎を羽交い締めにしようと、背後から忍び寄る骸骨。

 虚太郎は一瞥いちべつもせずに裏拳を放ち、骸骨の頭部を砕く。


「ふむ。……一度切り上げて、宗矩むねのり殿に報告するか。いや、一つ寄り道をしていくか?」


 次々と骨の槍を突き刺そうとする骸骨を徒手空拳で屠りながら、独り言ちる虚太郎。

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