第3話村視察。吉利支丹の姿を認むる。

 飢饉ききんの被害の大きかった村の一つ。


 ――両足は立ち上がれないほどに腫れ上がり、両腕は枯れ木のように細く。腹だけが、ぽっこりと膨れ上がり、頭髪は抜け、歯が抜け落ちた者達。

 ――力尽きた者が出れば、その肉を鍋で煮込み、む者もいた。

 ――僅かな、虫や、草を奪い合う者達。

 ――その姿は絵巻に描かれる、餓鬼がきであった。

 一人や二人では無い。

 

 この地には千曳ちびきの岩で伊弉冉尊いざなみのみこといた、呪詛じゅそ蔓延まんえんしている。……畜生道ちくしょうどうが地表に噴出している。

 しかし。……悲しいかなせつには見ることしか出来ない。――今はまだ。

 彼らを全て救おうと思えば、元凶を断たねばならない。



 五町ほど離れた、よく生い茂った木の上から村の様子を伺う虚太郎うろたろう


 飢えている村民達に近寄る者が数人いるのに気がつく。

 三度笠さんどがさを深く被り、仕立ての良い着物を着て、背には葛籠つづらを背負っていた。

 見た目が怪しい者達の、一挙手一投足を見逃さないように集中する虚太郎。


「はれるや。でうすの御名をたたえなさい。はれるや。祈りなさい」


 そう口々に言いながら、三度笠の者達は村民の額に水滴を垂らし、最後に何か・・を村民に嗅がす。

 村民達は涙を流しながら手を合わせ、でうすの名を讃える。

 竃で炊いたかゆを薄布でして、出来た重湯おもゆを配り、自分では飲めない者には手ずから飲ましていく三度笠の者達。


吉利支丹きりしたんか。……頭が痛いものだ。しかし、何を嗅がせていた?」


 溜息をきながら、疑問を口にし、目で三度笠の者達を追う。


 ふと、吉利支丹の一人が三度笠を外す。――風に吹かれて、黒い絹糸のような総髪がなびく。

 肌が白く、女子と見間違う程に美しい顔。……つり目がちな目元。眼光は世の総てを見透すように鋭く、力があった。

 きょろりきょろりと辺りを見回す。


「ジェロニモ。どうかなさいましたか?」


 吉利支丹の一人が辺りを見回す。……ジェロニモと呼ぶ者に声を掛ける。


「いや、気のせいであろう。さあ、次の迷える子羊達を救いに行こうか」


 柔和な笑みを浮かべながら、ジェロニモと呼ばれた者は三度笠を被り直す。

 ジェロニモは虚太郎の方を見やり、口元を曲げ笑う。


 虚太郎は長い溜息を吐く。


「可愛らしい顔をしながら、油断ならん奴だな。救いの邪魔をするなって事か」


 がしりがしりと頭巾の上から頭を掻く。




 月下に輝く島原城。

 有明海をのぞみ、雲仙岳の麓に建つ見事な。……否。

 分不相応なほどに豪華絢爛な五層天守と大量のやぐらが目を惹く。

 五層天守の天辺に立ちながら、虚太郎は溜息を吐く。


「どれほどの怨嗟と屍の上に。……」


 天守にそびえ立つ、鯱鉾しゃちほこを握り締める手に力が入る。

 虚太郎の蒼い瞳には。……蜷局とぐろを巻きながら怨嗟の声を上げ、血涙を流す人々が見えていた。


 虚太郎は音も無く、天守から飛び降りる。

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