第2話情報の収集が肝心要。

 寛永かんえい十四年、五月。



 風間かざま虚太郎うろたろうは、お伊勢参いせまいりにとうそぶき。

 難無く、通行手形つうこうてがたを手に入れ。

 諸国の関所を問題なく、通り抜け、観光しながら筑前国ちくぜんのくにへと至る。


「しかし。……言ってみるものだな。報酬に五百両に手付金が百両。ポンと出してくれるのだから」


 適当に選び、暖簾のれんをくぐった酒屋にて、背負っていた葛籠つづらを降ろしながら一人つ。――葛籠の中身が、がらんと音を鳴らす。


「お? 入ってくる気配がしなかったけど、御客さんかい?」


 ねじり鉢巻きをし、人懐っこそうな顔をした店主らしき男が、奥の方から、ひょっこりと顔を覗き出す。


「そうそう、御客。店主さん、有名な筑前博多ちくぜんはかた練緯ねりぬきさけを、ちょうだいな」


 虚太郎は、にこりと笑いながら、葛籠から巾着を取り出し。――銭ならあるという事を示す為に振って、耳障りの良い音を出す。


「あいよ」


 短い返事をし、また奥に顔を隠す店主。

 次に奥から姿を現した時には、その手にはますに、なみなみと注がれた、練り絹の様に白く照り美しい酒。――虚太郎の前に差し出される。


「これが! かの太閤も愛したと言われる練緯ねりぬきさけ! 先ずは一口」


 口から迎えに行くように、一口目をすすり飲む。


「甘酸っぱい味と、絹のように滑らかな舌触り。……来てよかった。おかわり!」


 練緯酒を飲み干す、虚太郎。


「そういえば店主。……せつは、諸国漫遊中で、備前国まで行こうと思っているんだが。……危険な場所とかある?」


 虚実を織り交ぜながら、軽い態度で情報を引き出そうとする。

 店主は少しの間だけ、顎に手を当て、天を仰ぎ見て唸る。


「強いて言うなら、島原藩しまばらかね。ここだけの話、風の噂ですが。――」


 おかわりの酒を虚太郎に出し、噂だと念を押してから、ひそりと耳打ちをする。


「今の松倉まつくらの藩主様に代わってから、好き放題、やりたい放題で、領民に酷い事までする。と、噂らしいですよ」


 人の口には戸は立てられない。――虚太郎は眉をひそめる。


「くわばらくわばら。……それは、近づかない方が良いね」


 気が重くなる任になるやも。と、心を決めて、酒を飲み干す。

 勘定を済ませ、店主の気持ちいい挨拶を受けて、外に出る。ほろ酔いの火照った身体に、気持ちの良い風があたる。





 月は雲に隠れ、闇夜のとばりが降りた丑三つ時。

 佐賀藩諫早いさはや領から島原藩愛津あいつ領へと駆ける者。――番所ばんしょの揺れ動く篝火かがりびを認め、ぴたりと足を止め、木の影に隠れる。


「江戸の番所並みに人が多いな。……しかも、鉄砲までか。百姓の逃散ちょうさん防止が目的か。だが――微温い」


 口元を覆っている布が僅かに動く。

 瞬時に姿が消える。――空高く跳び上がり、風切り音も無く、むささびのように手足を広げ飛んで行く。

 番所の人間は地上しか見ていない。

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