第4話

バルオキー村の人々のおかげで何とかリチャードを運び終えた二人は、アルドの家の厨房に立っていた

「悪いな、わざわざ厨房を借りちまって」

「構わないよ。じいちゃんもうまい料理が食べられるなら文句はないだろうし」

コニウムの畑から頂いた葉菜、湿原で取ってきた植物、アルドが狩ったリチャードの肉、それ以外にも料理人が所持していた様々な食材が厨房に並べられていた

「で結局どんな料理を作るんだ?」

「ふっふっふ、気になるか?」

「あ、ああ。人間にも魔獣にもうまいと言わせる料理なんだよな?」

「その通りだ!今から作る料理・・・それは!」

「それは!?」

「・・・スープだ!!!」

「・・・え?」

予想外の回答に思わずアルドが固まってしまう

「ど、どういうことだよ!前回はスープでさんざん言われたじゃないか!」

「だからこそだ!あれだけボロボロに言われたままにしておけないだろう!」

「そ、それはそうかもしれないけど」

「安心しろ。もちろん前回と同じものを作るわけじゃあない。そのためにこれだけの食材を集め、魔獣のことを知りに行ったのだからな」

それだけ言うと料理人は自信満々に調理に取り掛かった

「時にアルド、壁を超える方法を知っているか?」

「壁を超える方法?」

「ああ、もちろんここでいう壁っていうのは物理的な壁じゃないぞ。どちらかというと心理的な壁のことだ」

「心理的な壁?」

「そうだ。俺たちは良く自分と他人の間に壁を作ってしまう。それは自分とは違う他人から守るためであったり、距離を置くためだったりだ」

「・・・・・」

「大体はその壁はあまり気になるものじゃあないんだが、時折どでかい壁が出てくることがある」

「人間と魔獣のことか?」

「察しがいいなっと」

話をしながら手元では手際く調理が進んでいく

アルド自身バルオキーに住んでいたころは料理を担当していたころからよくわかるのだが、

料理人のその手さばきは見事としか言いようがなかった

一切の無駄がなく、流れるように進むその作業は一種の芸術性を感じるほどであった

「人間と魔獣。見た目も違ければ、価値観も違う。自分達とはあまりにも違うからこそ互いに恐れて、ぶつかり合っちまう」

料理人はかつての自分に思いをはせながら言葉を続ける

「だったら互いに知ることでもう少しましになるんじゃねえかなぁと俺は思うわけだ」

「それはそうだな。俺もそう思うよ」

アルドの答えに料理人はうれしそうに笑う

「相手のことを知ろうとするってのは結構大変なことだ。なんせ全く違う相手とコミュニケーションを取らなきゃあいけないからな」

自分と違うものを受け止めることは難しい

ミグランス城でギルドナと戦った時、アルドにとって魔獣は妹をさらった存在だった

だが、後に魔獣たちと交流を深めていく中で彼らのすべてがそうではないということを理解していた

「そんな彼らを理解していくなら共通点から進めていくのが手っ取り早いぞっと」

食材を素早く切り分け下処理を進めて行く

「そのための料理か」

「ああ。もちろん俺だってお互いが簡単に理解しあえるなんて思ってもいないさ」

その瞳に情熱を宿しながら言葉を紡ぐ

「これをきっかけにあの魔獣にも、お前たちのことを知ろうとしている人間がいるんだぞってくらいは言ってやりたいんだ」

「・・・いいんじゃないか。思いっきり伝えてやろう」

アルドが笑顔でそういうと、料理人は少し恥ずかしそうにしながら続きを言う

「それだけじゃあないぜ。俺は人間たちにも伝えてやりたいことがあるのさ」

「人間たちにも?いったい何を?」

アルドの問いに男は得意げな顔で言い放った

「魔獣たちは俺たちとは違うなかなか刺激的な料理を作っているんだぞってな!」

「はっはっは!確かに!こっちの大陸じゃあ食べられないものだもんな」

「そして何より、料理人として美味いという言葉をぜひとも聞かせてもらいたい」

「俺も楽しみにしてるよ。何か手伝えることがあれば言ってくれ」

「大丈夫だ。あんたには十分手伝ってもらったさ」

料理人の瞳が鋭さを増す

「ここから先は俺の仕事だ」


セレナ海岸にて潜伏中の魔獣は食事をとっていた

食事と言っても近くの魔獣を仕留め、ただ焼いただけのシンプルなものである

なぜ俺はここにとどまっているんだ・・・

自分でも自分の行動がわからず困惑していた

いつもの自分であればあの料理人を間違いなく殺していただろう

だが、あの燃えるようなあの目が何かを自分に訴えかけているように感じ、気が付けば相手の提案を受け入れていた

自分はかなり長い間このミグランス大陸に潜伏していた

人間と魔獣の争いが活発になるその前から、ずっとひそかに魔獣のために人間たちに混ざりその情報を集めていた

そうした活動が少しずつ実を結び、ミグランス城の襲撃が行われ今頃我ら魔獣が狩っていたはずだった

だが、魔獣王様が負けたことで自分が今まで行ってきたこと全ては水泡に帰した

かつての同胞たちは散り散りとなり、自分も行く当てを失ってしまった

なぜ我らが負けたのか、どうして人間たちが狩ったのか

その疑問だけがずっと頭に残り続けた

力も体力も劣る人間になぜ我々が負けたのか

今まであまり積極的には行っていなかったが、人間に化けて町に行く機会が自然と増えた

だが行けば行くほど自分のいるべき場所ではないようなぬぐい切れない違和感があった

自分はこれからどうすればいいのか。途方に暮れていたところ、それに出会った

ここしばらくは食事が単調なものばかりになっており、新たな食事の刺激に飢えていた

そんな中、人間どもが集まる露店を見つけた

口々に皆が絶賛する中、魔獣はそれを口にして固まった

人間どもはこれが美味いというのか・・・!?

人間たちはやはり我々よりも劣る。なぜこんな連中に我々が負けなければならなかったのだ

町の、それも多くの人々が集まる中で目立つようなことをするのは論外

だが、どうしても我慢がならなかった

「・・・まずいな」

気が付けばそう口にし、手にしていたスープを捨てていた

「なっ!?何するんだあんた!」

食事を売っていたおそらくは料理人であろう男が声を荒げ、そこで自分が何をしたかに気づく

慌てて人込みを抜け、逃げるようにしてリンデを立ち去る

怒ろ男の声を背中越しに聞きながら魔獣は思った

やはり人間は理解できん、と


深夜のバルオキー村のアルドの家の一室からまだ灯が漏れていた

「うーむ、なかなかうまくいかないな」

厨房で一人料理人は頭を悩ませていた

先ほどまでアルドもいたが、これ以上付き合わせても悪いので先に寝させた

料理の方向性自体は決まり、レシピもこれまでの経験から頭の中で考え付いていたのだが

「これだといまいち物足りないんだよなぁ」

目指しているのはコニウムで食べたドルゲ・ラ・ボーラぐらい食べ応えがあり、かつ人間にも魔獣にも好まれるような一品

「師匠もこんな感じだったのかねぇ」

今は亡き師匠を思い出す

師匠は強引かつ、結構いい加減な人間だった

よく言えば豪快という感じだったのだろう。客の前だとそういう態度をよくとっていた

だが、一方でレシピを考える時などは別人のように静かに、真剣なまなざしで頭を抱えていた

「料理に境界なんてものはない。」

師匠が決まって口にしていた言葉だ

実際師匠に連れられ様々な客相手に料理を振るっていたところを見たが、師匠が客からまずいと言われたことは見たことがなかった

今回のやつも師匠だったら楽勝だったのかなぁ・・・

ふとそんなこと考えてしまい首を振る

弱気なことを考えている場合ではない。しっかりと考え抜くんだ

ふと、コニウムの少年にもらった葉菜に目が留まる

「そうだな。うまいもの食わせるって約束したもんな」

弱気を払うのと眠気覚ましの意味を込めて自らの頬を叩く

強くたたきすぎてかなり痛むが、今の自分にはちょうどいい

「待ってろよ!必ず美味いって言わせてやるからなああああ!!」


「んー、もう朝か」

アルドは自室でゆっくりと起床した

「なんだかんだで料理のことが気になってあまり寝付けなかったな」

時間を見ればいつもよりだいぶ早い時間だった

とりあえずどうなったか様子を見に行こう

ゆっくりと階段を下りて一回に向かおうとすると、嗅いだことのない匂いが寝起きの花を刺激した

なんだこの匂い・・・?すごくお腹が減ってくるぞ

匂いに誘われるように一回に降りていく

「おっ、起きたかアルド!」

「ああ、おはようって・・・大丈夫か!?」

「大丈夫ってなにがだ?」

「いや、凄い隈があるぞ。もしかして寝てないのか」

「んーまぁな。なんせさっきまでずっとこいつと格闘しててよ」

そういって火にかけられている鍋を指さす

「それってもしかして・・・?」

「おう。俺の魂の力作だ。こいつであいつに勝負を挑むぜ!」

「そうか!それは良か」

ったと言おうとしたアルドを遮るように朝一の腹の虫が暴れた

「顔洗って来いよアルド!あいつに食わせる前にまずはお前さんに食べてもらわねえとな!」

「俺にも?」

「おいおい忘れたのか?料理に境界なんてものはない。こいつはそれを体現したものだって話さ」

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種族を超える味 遠野達野 @tono_tatsuya

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