第2話
「さて、気合を入れたのは良いんだがどうしたものか」」
「あのスープでも全然駄目だったんだよな。あれ以上においしい料理を作るとか?」
アルドの提案に料理人は一瞬何かを考え、首を振る
「いや、いくら俺が知るうまい料理を用意しても意味ないだろうな」
「え?じゃあどうするんだ?」
「何簡単なことさ。わからなければ調べればいい」
「調べるって、何をだ?」
「もちろん魔獣についてさ!」
男の提案に驚くアルド
「そ、それが料理と関係があるのか?」
「ありまくりさ!料理ってのはその土地で生活してきた連中のいわば歴史みたいなもんだ。だから国が違えば作られる料理も好みもガラッと変わる。ましては今回はお客が魔獣だ。もっと彼らのことを調べて理解しなきゃあ俺はうまいものを出せねえ!」
「なるほど・・・確かにそうだな」
「そこでだ。あんたに頼みたいことがあるわけだ」
「頼みたいこと?」
「あんたはいろいろなところを旅しているって言ってたよな?だったら魔獣に詳しいやつの話とか聞いたことないか?」
「魔獣に詳しい人か・・・」
アルドは少し考え、やがてあることを思いつく
「せっかくだからさ、魔獣に聞いてみるってのはどうだ?」
「どういうことだ?」
アルドの提案に料理人は首を傾げた
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!??すごいなこれは!!!本当に空を飛んでいるぞ!?」
アルドに連れられた料理人は、地上からはるか離れた天空を合成機龍に乗って移動していた
「俺も料理の研究のため色々な場所を巡ってはいたが、こんなのは初めて乗るぞ!」
(だろうなぁ。なんせこの時代には存在しないものだし)
「蛇骨島まではあまり時間もかからずに到着する。わずかばかりの飛行の旅を楽しむがいい」
「おう!ありがとうな。機龍のおっさん!」
「おっ、おっさん!?」
声を震わせる合成機龍を無視して料理人は話を続ける
「にしても蛇骨島か・・・。地図であることだけは知ってたが実際に行くのは初めてだな」
「確かにあそこは外との交流もないし、リンデからの定期船も出ていないからな」
「で、そこに本当にいるのか?その魔獣がよ」
「ああ。と言ってま蛇骨島に住んでいる魔獣は争いを好まない人達だから人間の俺たちが言っても何も問題はないよ」
「そいつはありがてえ!よおおおおし!待ってろよ魔獣!俺が極上の料理を味わわせてやらあ!」
こぶしを天に突き出し気合十分な料理人を見てアルドは疑問を投げかける
「あんたは魔獣が怖くないのか?つい先日もミグランス城を襲撃したばかりなのに」
魔獣王ギルドナ率いる魔獣の軍勢がミグランス城に攻め入った事件。そこに居合わせたアルドやその仲間たちの助力で何とか王は守れたものの、城にはまだその時の襲撃の爪痕がしっかりと残されている
それ以来騎士団も人々もより魔獣に対する警戒を強めることとなってしまった
「ああ、そのことか。俺はその時ユニガンにはいなかったからなぁ。正直よくわからんってのがある」
ただ、と続きを口にする
「怖くないかと言われりゃあ正直怖いさ。見た目も違うし、連中がその気になれば俺なんか簡単に殺せるだろうからな」
「そうだな・・・」
「でもまぁ、正直今は感謝してるぜ!俺に大事なことを思い出させてくれたからな」
「大事なこと?」
「料理に境界なんてものはない。かつて俺の師匠が言った言葉だ」
男は何かに思いをはせるように口を開く
「さっきも言ったけどよ違うことが多いから怖いってのは、何も人間と魔獣だけじゃないんだよな。同じ人間でもそういうことがあるんだ」
「同じ人間でも?」
「あんたもわかると思うけど、国が違えばそこに住んでいる人間の価値観やら文化なんてのは何もかもが違う。そうやって細かいところでぶつかり合うのなんて本当によくあることだ」
「・・・・・・」
「それでもまぁ、相手を知ろうとする気持ちさえあればそんなものは乗り越えられるって俺は信じてる。俺も昔はそんなだったからな」
「それって・・・」
アルドが声をかけようとしたところ、合成機龍からアナウンスが響いてきた
「もう間もなく蛇骨島に到着だ。着陸に備えてくれ」
「もう着くのか!?早いな機龍のおっさん!」
「まて、褒めるのは良いが私はまだおっさんと呼ばれるような年齢では・・・」
「はっはっは、細かいことは気にしなさんなって!」
「・・・まぁいいか。俺も降りる用意をしよう」
料理人の後を追いアルドも降りる準備に入った
魔獣の村コニウムにて
「ここが魔獣の村か!」
「そうだ。ここでならたぶん魔獣の好みとかも聞けると思う。とりあえず俺の知り合いに・・・ってあれ?」
先ほどまでそばにいたはずの料理人の姿がそこ存在せず困惑するアルド
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!??なんだこれ!!初めて見たぞ!」
向こうのほうから興奮した声が聞い声慌ててそちらに向かうと、
「この葉菜は見たことがないぞ!?この島独自のものか?」
鼻息を荒くした料理人が近くにいた魔獣の少年に詰め寄っていた
「う、うん。そうだけど・・・ってなんで人間がここに?」
「そんなことはどうでもいい!これ一つもらえないか!?」
「べ、別にいいけど」
「ありがとう!」
少年から受け取った葉菜に男はそのままかぶりついた
「むっ・・・!これは・・・!!!」
男は口の中でゆっくりとかみしめ、やがて感想を口にした
「すっごいまずいなこれは!」
料理人の感想に魔獣の少年があきれながら口を開く
「そりゃそうだよ。それ生で食べるんじゃなくて、ドルゲ・ラ・ボーラとかに使うものだもん」
「ドルゲ・ラ・ボーラ・・・?そいつはいったいなんだ?」
「知らないの?イノブタの鍋だよ。この葉菜とイノブタのお肉をじっくり煮込んだもので、お肉はとろりとほどけて本当においしいんだから」
「ほう・・・!そいつはどこでなら食べられるんだ!?」
「た、たぶん酒場とかに行けば食べられると思うよ」
「酒場だな!情報ありがとう!」
男はそのまま走り出す
「おーい!走るのは良いけど酒場がどこかわかってるのかー?」
アルドが慌ててその背中に声をかけると、男はぴたりと止まり
「早く案内してくれ!」
とアルドに詰め寄ってきた
「わ、わかったから落ち着いてくれよ」
「これが落ち着けるか!早く酒場に連れてってくれ!」
アルドはそのまま料理人に引っ張られる形で酒場を訪ねることに
「いらっしゃい!おや、人間のお客さんとは珍しい」
「店長!この店でドルゲ・ラ・ボーラは食べられるか?」
「もちろんだとも。あれはコニウムの代表料理だからね。そっちの兄ちゃんはどうする」
「俺も同じのを頼むよ」
「了解だ。早速取り掛かろう」
マスターが調理を進めていくと、徐々に店内に芳醇な香りが満ち始めてくる
「この匂いはあまり嗅いだことがないな。だがなんとも刺激的な香りだ」
「ああ、確かに。俺もこれだけでお腹がすいてくるよ」
話をしながらしばらく待っていると、マスターが大きな鍋を手にこちらにやってくる
「おまちどうさん!ドルゲ・ラ・ボーラ二人前だ!」
出された鍋を見て思わず固まる二人。それもそのはず
「こ、これで二人前なのか?量が多いように感じるが」
「うちの若い者に取っちゃあこれくらい食べないとお腹が膨れないよ」
「そういや、魔獣は俺たち人間よりも食べる量が多いんだよな」
今更ながら仲間の魔獣のことを思い出しアルドがそんなことを口にする
「なるほど、魔獣は大食いなのか。ならば俺もこれをしっかりと食べさせてもらおうか!」
そういって料理人は鍋に手を伸ばし一口頬張る
「むっ・・・!これは・・・!!!」
目を見開きそのあと無言で何度か口に運ぶ
「どうだ?」
アルドが尋ねると領地人はいったん手を止め口を開いた
「食べた瞬間口の中に広がる芳醇な香り。おそらく何かの骨をベースに作られたスープ、それがよくしみ込んだ肉と葉菜が口の中に入れた瞬間ほろりと解けうまみが爆発する!」
「えーと・・・つまりおいしいってことか?」
アルドがそう尋ねると、料理人は大きく首を縦に振る
そのまま一心不乱に食事を続け、大量にあった鍋を何とか空にする
「ふう、何とか食べきれたか。さすがにもうお腹いっぱいだ」
お腹を抱えアルドが満腹感を感じている中、料理人は難しい顔で何かを考えていた
「どうしたんだ?何か問題でもあったか?」
「いや・・・そうではないんだが」
どこか歯切れの悪いこと返答をしながら、何かを決意したのか、料理人は席を立ちマスターに声をかける
「マスター!少しだけ厨房を貸してもらえないか?」
「厨房を?まぁ、今はあまり客入りの時間帯じゃないから構わないが」
「ありがとう!」
マスターにお礼を言うと男は厨房に入っていった
しばらくすると、厨房からいい香りが漂ってきた
「あれ?この匂いは・・・」
つい最近同じ匂いを嗅いだことがあったアルドはすぐに気づいた
「マスター!急で悪いんだが、こいつを一口食べてもらえないか?」
「こいつはスープか?お前さんが作ったものか?」
(あれは以前リンデで販売していたスープだ)
料理人に頼まれ、マスターはスープを一口飲む
「・・・・・・」
スープを口にしたマスターが難しい顔で黙り込む
「これはなんというか・・・」
マスターの言葉の続きを料理人が口にする
「物足りない感じか?」
その言葉にマスターが頷く
二人の言葉がよくわからずアルドが声をかける
「物足りないってどういうことだ?」
「先ほどの料理を食べて思ったのだが、魔獣の食の好みは俺たち人間よりも濃い目の味付けと食べ応えがあるかどうかが大事なんじゃないかと思ってな」
そういわれて改めて料理人が作ったスープを見ると、具材は豆といくつかの野菜のみで、味付けもしっかりはしていたものの先ほどのドルゲ・ラ・ボーラに比べるとインパクトには欠けた繊細な味わいだった
「あんたの言うとおりだ。この料理を見ればあんたがすごい腕前なのはわかるが、これは俺たち魔獣の好みかと言われるとちょっと違うな。」
一息つくと男が説明を始めた
「魔獣は人間よりも身体能力とかに優れていることから子供でも狩りに参加することが多くてな。その影響か良く肉を食べる文化ができて、また大量に食べるってこともあって食べ応えなどを重視していたんだ」
「なるほどな・・・」
料理人はその言葉に何かを考えているようだが、そんな料理人にアルドが声をかける
「でもよかったじゃあないか。魔獣の好みがわかったということはこの料理を作ればきっとあの魔獣にもうまいと言わせられるよ!」
「なんだ?魔獣に食べさせたい奴がいるのか?だったらこれは間違いなく気に入ると思うぜ!」
二人のその言葉に料理人は静かに首を振る
「だめだ。これを奴には提供できない」
「どうしてだ?あの魔獣もきっと満足すると思うけど」
「確かにこいつを持っていけばあいつは満足するかもしれねえ。だが、これじゃあ師匠の言っていた言葉を体現できねえ」
「・・・料理に境界なんてものはないってやつか?」
「そうだ。この料理は確かに美味くはあるが人間相手には少々味付けが強すぎる。好きな奴は好きだろうが人間の好みからは少しずれているだろうな」
「俺は結構冒険とかで体力とかを使うから気にならなかったけど、いわれてみればそうかもな」
「人間と魔獣、その種族の壁を越えられるような料理で俺は奴と勝負がしたいんだ!」
料理人の熱意に止めるべきかと思っていたアルドも、賛同する
「あんたがそう言うなら俺も全力で手伝うよ!」
「ありがとうな!じゃあ早速」
料理人はマスターのほうに向きなおると、
「マスター!この店の全部の料理を頼む!」
「ええっ!?全部!?なんでいきなりそんなことを」
「俺は人間の料理はたくさん食ってきたから知ってるが、魔獣の食文化には疎いからな。食文化を理解するなら食べるのが一番手っ取り早い!というわけで一緒に食べるの手伝ってくれ!」
「いや、俺はさっきのでもうだいぶお腹が・・・」
「なぁに!二人で食べれば何とかなるさ!」
その後二人は過剰な満腹感を感じながらもすべてを食べきった
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