第3話

 藍はその日、普通ではない行動をした。

 昼休み、皆同じクラスだという美術部の後輩の教室へと赴いた。そこで後輩を呼び出して、例の二人の後輩の出席を確認した。


「今日も休み、か……」

 教室への帰り道、藍は一人で考え込んだ。

 藍は『普通』を考えてみた。『普通の風邪』なら何日で治るか。『普通の怪我』ならどの程度なら多く休みを取る羽目になるのか。


「普通なら、風邪って割と一日で治せちゃうものじゃない?」

 その日の部活で、藍は友人に意見した。菫も美琴も考え込んで、曖昧に頷いた。

「よほど重いものでもなければ一日でどうにかなるでしょ。重いものだったら健康観察の時に何か先生達は言うはずだし」

「そうだね、インフルならインフルだし。そもそも今は流行らない時期だけど」

 健康観察の話から、菫は思い立って後輩に訊ねた。

「先生、奈央ちゃんたちの事でなんか言ってた?」

「あ、……なんでしょうか、昨日は風邪って言ってたけど、今日は二人とも高熱だって言ってましたね」

「……しばらくは来れない感じ?」

「私も何なんだろうって思って昨日二人にLINEしましたけど……そうっぽいです」

 疑問だけが場に広がった。広がるだけ広がって、収まらずその場に渦巻いている。少しだけ、不快に感じた。

 こういう時、怪奇なものが蔓延る世の中であればこれは怪奇の仕業だと突き止めることもできたのだが、ましてこんな現実で、そのようなわけにもいかず。怪奇を原因とするのは少々馬鹿馬鹿しいとすら皆が思っていた。

「……確かめられないわけではないんだけどさ」

 もごもごと曖昧に藍は言った。「でも……あるの? 怪奇。本当に」

「確かめようとするのも馬鹿馬鹿しいんだよねぇ」

「うーん……」

 体調不良を怪奇に絡めて話題にするのも愚かしく感じた。元より体調不良の原因など、考えても結論の出ない話題だ、生活の粗で体を崩したのだとその程度の話を真面目にするのにも意味はなく。作業の手が止まるだけだった。


 藍は、それならば、と提案した。

「……じゃあこの話、私が持ち帰ってもいいかな」

「持ち帰る? ……どういうこと?」

「クラスメイトが朱殷怪奇のマニアで。そいつに投げれば何か解決するかなって」

「投げやりですね……」

「いいんだよ、それで」

 気づけば部活の終了時間が迫っていた。少し遠くで作業をしていた部長の一声で、部員達は席を立って片付けを各々に始めた。

 話を持ち帰った藍以外の頭からは、怪奇の話題は消えかかっていた。

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