第13話 師弟の絆

 シュウが落盤に巻き込まれながらも命を繋いだのは、彼の剣技とアズールたち生徒の魔術のおかげだった。

 降り注ぐ瓦礫を彼は途切れない剣技で全て斬り砕き、そうして生まれた隙間を支えるようにアズールたちは結界を築き上げた。そのおかげで地中に空間を作ることができた。ならば、頭上をひたすら斬って広い空間までぶち抜いたのである。

 そして、間髪入れずにレリアの援護に回ったのだ。

「全く、人使いが荒いことだ、シュウ殿は。あの怪物の足元を崩せ、とは」

 シュウが息を荒げているレリアを支えていると、アズールが苦笑い交じりに近づいてくる。彼女もまた、制服を土埃で塗れさせていた。

 シュウは笑みを返しながら手を伸ばし、彼女の肩を叩く。

「助かった。丁度のタイミングだったようだ」

「ならば、良かった。レリア殿も無事のようだし」

「おかげさまで……あ、あの、他の先輩方は?」

「ん、無事だよ。身柄を押さえに行っている」

 彼女は淡々と言いながら顎で頭上をしゃくる。その表情はなんとも複雑そうだった。ため息をこぼし、げんなりと言葉を続ける。

「信じられないよ。そんな人とは、思わなかったが」

「生徒想いなのは間違いない。が、それが別の方向で暴走してしまったのだろうな」

「……ああ。この一件、ちゃんと罪を償ってもらうしかないだろう」

 やれやれと吐息をこぼし、アズールはシュウの背後に視線を向ける。

「ブラームス殿とモルグ殿は、無事か?」

「あ、はい、多分。巻き込まないように立ち回ったので」

「それに、シモン教授は理由なく教え子を傷つける方ではないよ」

「それもそうだな。よし、じゃあ私はそちらを。落盤が再発する前に、さっさとここから出よう」

「ああ、そうだな――」

 シュウが頷きかけた瞬間、不意に背筋にぞわりと悪寒が迸った。

 ぐらり、と何かが動く気配。咄嗟にシュウはレリアの身体を引き寄せると、アズールに叫んだ。

「避けろっ!」

「――ッ!」

 レリアの身体を抱きかかえると、地を蹴って横っ飛びに跳躍。一拍遅れ、そこに振り下ろされたのは岩の拳だった。着地しながら振り返り、歯噛みする。

(まさか――また、動き出すとは……っ!)

 視線の先では膝をついていたはずのギガントゴーレムが身体を動かしていた。ずん、と地面に足を踏ん張り、立ち上がろうとする。

「まさか、シモン教授――」

「いえっ、違いますっ! 魔力の糸は完全に切れています!」

「じゃあ、まさか――暴走?」

 シュウのつぶやきをかき消すように、ギガントゴーレムは顔を上に向け――。

 その口から、凄まじい咆吼を放った。

「オオオオオオオオオオオオオオオ!」

 思わず耳を押さえる。それでも防ぎきれない大音声が空を劈き、地面を轟かせる。その衝撃で崩れた頭上が崩壊し、ギガントゴーレムを直撃――。

 だが、それを鬱陶しそうに払いのけると、周りをぐるりと見渡す。

 その虚空の眼窩が、シュウたちを捉える。

 瞬間、迸った殺気に反応し、シュウは後ろに跳んだ。

 そこに拳が薙ぎ払われ、その風圧で体勢を崩しながらも何とか着地。舌打ちをこぼしながらも、さらにシュウは後ろへ引き下がる。

 彼を狙うように、ギガントゴーレムは足を一歩踏み出す。

(くっ……厄介なことこの上ない……こいつを、止めるには……ッ!)

 思考を巡らせる間にも、さらに拳は降ってくる。それを先読みし、フェイントをかけて真逆の方向へと回避。それでも地鳴りと風圧で体勢が崩れかける。

 このままだとじり貧――そう思った瞬間、不意に頭に声が響いた。

『シュウ殿! 無事か!』

 アズールの声。補足するように腕に抱きかかえたレリアが叫ぶ。

「魔術の通信です……! 私が中継します!」

 分かった、と目で答えながら魔物から距離を取りつつ声を発する。

「アズール! これを止めるにはどうする?」

『魔術人形には普通、制御を司る魔石がある。それを斬り捨てれば……』

「……それは、なかなか難しそうだな……」

 そう言いながら振り下ろされる拳を回避。同時に懐から短刀を抜いて投げる。

 真っ直ぐに飛んだ刃は腕に吸い込まれ、かん、と澄んだ音を立てて跳ね返った――見た目では傷一つできているようには見えない。

「刃では傷つかず、魔術でも傷つかない――それが、あの魔物です」

 レリアの言葉に頷きながら、シュウは彼女の身体を下ろす。

 彼女が言うには、それを討てたのはた魔剣を使いこなした勇者とその仲間だけ。明らかに勝てるとは思えない。

(俺一人では勝てないか……なら、逃げるべきか……)

「……逃げ切れるとも、思えませんけどね……明らかに、私たち狙われていますよ」

 レリアの言葉の通りだった。逃げ惑うシュウを警戒したのか、じりじりと包囲を詰めるようにシュウとレリアの方にギガントゴーレムは近づいてきている。

 脇をすり抜けることも許さないように、念を入れている。

 逆に何故、ここまで追われているかが分からないが――。

『……ナカトミくん、聞こえますかな』

 不意に第三者の声が割り込んできて身体が強張る。この声は――。

「シモン、教授」

『謝罪は後回しにして、単刀直入に訊きます。キミは普通の岩なら斬れますか』

「……それは、石人形を斬られ続けた教授が一番ご存じでしょう」

『そうでしたね。ならば、話は早いです』

 苦笑い交じりの声が引き締まる。低く聞き取りやすい声が頭に響き渡る。

『私はばらばらだったあのギガントゴーレムを、岩石を加工した接着剤で繋ぎ合わせました。つまり、その繋ぎ目なら斬れるはずです。肩から腰に掛けた切れ目が見えますか』

 近づいてくる影に目を凝らす。薄暗くてよく分からないが、石人形の胴体に真一文字に切り傷があるのが見える。まるで、袈裟斬りにされたかのように。

『その中央付近に、魔石を埋め込みました』

「……分かりました。上手くやりましょう」

 端的にそう答えると、深呼吸を一つ。そして言葉を続ける。

「アズール、それとユーシス、イルゼさん、聞こえるか」

『もちろんだ』

『ああ、なんとか』

『は、はい、私も、聞こえています』

「あのデカブツを止めるには、三人の力も借りたい。魔術での援護を頼む」

 その言葉を言い切る前に、三人からは頼もしいほどの声が帰ってきていた。

『ああ、もちろん』

『僕でできることなら任せてくれ』

『全力を、尽くします』

「……頼もしいよ。本当に」

 三人の援護があれば大分、戦況は異なってくるだろう。そして、それを完成させるためにもう一人の力が必要だ。視線を頭上に向けて言葉を続ける。

「では――シモン教授、指揮をお願いできますか」

 その言葉に驚いたような気配が三人から伝わる。やがて静かな声が問う。

『……私を、信頼するのですか?』

「いいえ、弟子を害そうとした相手は信頼できません」

 はっきりと言葉を返しながら、シュウはレリアを見やって笑みをこぼす。

「ですが、同じ講師である貴方は、信用していますから」

 その言葉にレリアは目を細めて小さく頷く。

 シモン教授もまた、シュウやユーシスと同じく、アズールたちという教え子を持つ講師だ。その教え子を守るためならば、尽力してくれるはずだ。

 はたして、苦々しい笑みの気配と共に、答えが返ってくる。

『なるほど、ならば任されました』

「お願い致します……あとは、レリア」

「はい、お師匠様」

 打てば響くようにすぐにレリアは応えてくれる。迫ってくるギガントゴーレムに目もくれず、ただ真っ直ぐにシュウを見つめてくる。

 その目を見つめ返し、シュウは目を細めて告げた。

「今度は一緒に、戦ってくれるか?」

「はい、もちろんです」

 レリアは即答する。迷いのない笑顔で頷き、寄り添うように立つ。

「私は、貴方の弟子ですから」

 頼もしいほどの声に、シュウは力強く笑みをこぼす。そのまま、視線をギガントゴーレムに向ける。その視線に反応するように、石の魔物は強く踏み込んだ。

 振り下ろされる拳。シュウとレリアは後ろに跳んで回避。

 それを見計らうように鋭く頭の中に声が響き渡った。

『ユーシスくん、アズールくん!』

 両脇から迸ったのは火炎。それがギガントゴーレムの顔面を直撃する。それで傷を負うことはない。だが、一瞬だけわずかに怯ませることに成功する。

 その間合いを詰めるべく、シュウとレリアは同時に地を蹴った。

 ギガントゴーレムの懐に侵入――だが、その接近を嫌ったのか、石の魔物は地を踏み切って後ろへと跳躍。地鳴りと共に一瞬で間合いを開いた。

 そのまま、瓦礫を掴むと腕を一閃、投石を放つ。

 散弾のように降り注ぐ瓦礫。シュウは一切動じず、鍔を鳴らした。

「おおおおおっ!」

 鞘から放たれた刃が宙を数多に駆け、飛来する岩を斬り捨てる。だが、さすがに細かい石の処理は間に合わない――が、問題はない。

 すでにレリアの魔術式が完成しているからだ。

 放たれたのは、疾風。風の弾丸が飛来する石を食い止め、叩き落とす。

 のみならず、砂塵を払って視界を確保。そこをシュウが一気に踏破する。

 瞬く間に接近する剣士に、ギガントゴーレムは大きく腕を広げた。そのまま左右から挟み込むように一気に両腕を振るう。それを前に納刀したシュウは鋭く叫んだ。

「レリア!」

「はいっ!」

 レリアはシュウに追いつくと、彼はその腕を掴んで引き寄せる。一瞬で抱きかかえると地を蹴って跳躍する。だが、石巨人の手を避けるには高さが足りない。

 だが、シュウは迷わない。自分の弟子を、信じているから。

 はたして、レリアは彼の腕の中で魔術式を完成させる。

 空気を圧縮。固い足場を形成――それを感じ取ったシュウは感覚だけでその足場を踏みしめ、さらに高く跳躍した。

 その直下でギガントゴーレムの両手が打ち鳴らされる。鈍い轟音と共に風が吹き上げ、二人の身体は宙を舞う。レリアはしっかりとシュウの首に抱きつき、真っ直ぐに目を見つめてくる。その疑いのない目に、シュウは笑みをこぼす。

(……悪くない)

 背中を任せられ、背中を任せてくれる。

 お互いの呼吸を知り尽くし、信頼し合える間柄だからこそ、ここまでの連携が可能だ。二人の力を組み合わせて、最大限の力を引き出すことができる。

 ギガントゴーレムは後ずさりながら、中空のシュウたちに向け、再び投石。

 レリアは中空に結界を作ることでそれを防御。さらにそれを足場にしてシュウは宙を駆け抜ける。そのまま、ギガントゴーレムの直上を陣取る。

 魔物は間合いを取ろうと足を動かし――。

『させないでください!』

『了解!』

 シモン教授の指示と、三人の声が唱和した。瞬間、ギガントゴーレムの足元の地面が大きく割れる。三人の魔力が迸り、地面を割ったのだ。

 そこで体勢を大きく崩したギガントゴーレムは頭上を睨み、腕を振り上げる。

 大ぶりの攻撃――つまり、大きな隙だ。

 シュウとレリアは視線を交わし合い、頷き合う。二人は中空で分かれると、シュウは腰に佩いた太刀に手を掛けて叫ぶ。

「シモン教授! 一瞬だけ、動きを止めて下さい!」

『承知しました!』

 瞬間、頭上から降り注いだのは光の糸。それが一瞬にしてギガントゴーレムに巻き付き、その動きを阻害する。石巨人の動きが一瞬だけ強張った。

 だが、それでもギガントゴーレムは満身の力を込め、両腕を頭上で固める。

 まるで、自分の弱点を守るかのように。

(まずい、このままだと腕に阻まれて斬れない――)

 みんなが作ってくれた絶好の好機だというのに。

 宙を舞うシュウは歯噛みした瞬間、その肩にそっと小さな手が添えられる。振り返ると、レリアが迷いのない眼差しで見つめてくる。

(やりましょう。お師匠様)

 考えが言葉にせずとも伝わってくる。その考えにシュウは目を見開き、だがすぐに口角を吊り上げて頷き、太刀を抜き放った。

 頭上で最上段に振りかぶる。その手にレリアの小さな手が重なった。

 その手に導かれるように、切っ先が虚空に模様を描く。その軌跡が光を為していくのを感じながら、シュウは深呼吸して気迫を太刀に込める。

 自由落下していく二人の身体。真下はギガントゴーレムの両腕。

 それを寸断する未来を思い描く。太刀が妖しく紫紺の光を放つ。

 シュウの気迫が、レリアの魔力が同時に太刀に流れ込み、一つの力になる。

(行くぞ、レリア!)

(はい、お師匠様!)

 もはや、視線を合わさずとも息が合った。最上段に二人で構えた太刀をただ真っ直ぐに、ギガントゴーレムへと振り下ろす。

 瞬間、刃に眩い光が溢れ出し、紫電を伴って斬撃が解き放たれる。

 それは、伝説の再現。魔術と剣術を併せた、至高の一撃――。


 ――魔剣。


 その斬撃が真っ直ぐにギガントゴーレムの腕を枯れ木のように寸断する。そのまま無造作に肩から刃はめり込み、したたかな手応えと共に真下へ振り抜かれ。

 シュウとレリアが軽やかにその股下に着地。残心の二人が小さく吐息をこぼした瞬間、ぐらり、とその頭上の巨体は二つに分かれ、左右に倒れていく。そして、激しい地鳴りと共に地面に崩れ落ち――。

 その音に二人は顔を上げると、笑みと共にハイタッチを交わし合った。

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