第12話 ギガントゴーレムを倒せ
魔王の眷属、ギガントゴーレム。
それはかつて人類を脅かす恐怖の魔物だった。その身体は他のゴーレムとは違い、魔力を帯びた鉱石で包まれている。
どんな刃でも斬ることはできず、どんな魔術でも斬ることはできない。
その二つを併せることができた、勇者以外は誰一人勝つことができなかった。
その残骸がそのまま残されていたのも、勇者の剣以外で斬ることができなかったからだ。
(それを、復元させるなんて……信じられない……)
レリアは唇を震わせながら、一歩後ずさる。その間合いをあっさり詰めるように、ずん、と地響きと共にギガントゴーレムが足を踏み出す。
その気迫に押し込まれ、わずかに足が震える――瞬間、横からぐっと人影が進み出た。
「ルマンドさん、ここは、僕が……」
「せ、先生、無茶ですっ、そんな傷で……」
血まみれのユーシスが強引に歩み出ようとするのを、イルゼが抱きつくようにして必死に止めている。だが、彼は首を振り、力強く笑みを浮かべて告げる。
「……僕は講師だから。キミたちを生きて帰す義務がある」
「そんな傷じゃ時間稼ぎも無理です……!」
今にも泣きだしそうなイルゼの声に、ユリアはユーシスを改めて見る。
その頭からは止めどなく血が流れ、止血もできていない。それにその目は焦点を捉えかねているかのように、大きく揺れている。
恐らく、視界も霞んでいて戦うこともできないはず――。
だが、ユーシスは気丈に笑みをこぼすと、はっきりとした口調で言う。
「ここでキミたちを戦わせるのは……それは筋が通らない。シュウなら、そういうと思わないかな?」
その言葉に、レリアは大きく目を見開く。
(そうだ……お師匠様なら、こんなとき、どういうかな……)
そんなこと、もう分かり切っている。
数多の刃を交わし合った。言葉を交わし合った。もはや、師のやることは手に取るように分かる。自然と、レリアの身体の震えが収まっていく。
そして、胸の底から込み上げてくるのは、穏やかな熱。
熱く燃え滾っているのに、どこか心地いいほどに薙いでいる気迫だ。
そのまま、彼女は手を伸ばしてユーシスの肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。ブラームス先生。ここは、任せて下さい」
その言葉に振り返ったユーシスはレリアの目を見つめ返す。それを見つめ返し、彼女は淡く微笑みを浮かべた。
「信じて、もらえませんか?」
「それは、生徒であるキミをかい?」
「いえ、シュウ・ナカトミの弟子を、です」
視線が交錯する。ユーシスの瞳にわずかに迷いが浮かぶ。やがて押し出すように吐息をこぼして、苦笑いを浮かべた。
「……参ったな。そう言われたら、引き下がるしかない」
「ありがとうございます。先生」
「ううん、でも、その代わり負けないでね」
「誰に言っているんですか? 私は、彼の弟子ですよ」
敢えて不遜に言い放つ。彼ならきっとそう言うから。
その言葉に安心したようにユーシスは吐息をこぼした瞬間、身体がぐらりと揺れる。それを慌てて背後からイルゼが支える。彼女は顔を上げ、きゅっと唇を引き結んだ。
感情がこぼれないように表情を引き締め、はっきりと彼女は言う。
「レリア、先生のことは、任せて」
「うん、任せたよ」
レリアは笑って言いながら踵を返す。それ以上は振り返らない。
(敵に相対すれば、もはやそこからは尋常な勝負――)
深呼吸を一つ。腰に佩いていた太刀を抜き放ち、だらんと刃を垂らす。
ゆっくりと瓦礫を踏み越えながら進んでいくと、頭上から声が降ってくる。
「ふっ、臆さず来ますか。蛮勇ですね」
「さて、どうでしょうね」
レリアは首を傾げながら笑いかける。それを威圧するようにギガントゴーレムはずん、と一歩進み出る。だが、彼女は笑みを崩さない。
(感情を乱さず、平坦にあれ――)
気迫を込めて一歩ずつ進みながら、表情はあくまで余裕を崩さない。そのまま相手の動きを見据えながら、はっきりと言葉を続ける。
「いずれにせよ私たちの勉学を励むのであれば、戦うのみです。それでも――貴方は勉学の邪魔をするのですか? それは講師としてどうなんでしょうか?」
淡々とそう言葉を返した瞬間、不意に頭上から感情が揺れる気配が伝わる。それと共に砂塵に紛れて一本の魔力の光が迸った気がした。
ギガントゴーレムの足に力が込められる。瞬間、レリアはあらん限りの力で横に跳んだ。直後、頭上から振り下ろされたのは大きな拳。レリアの立っていた場所を粉々に砕き、地面を大きく揺らす。その中でレリアは着地しながら指先を虚空に走らせる。
描いた魔術式が生み出すのは、疾風。素早く視界を確保しながら、瓦礫の合間を駆ける。ギガントゴーレムは体勢を立て直し、ぐるりと頭を巡らせる。
その視界に移らないように、瓦礫の隙間を駆ける。瞬間、頭上から光が迸る。
それに反応するようにレリアとギガントゴーレムが動く。
瓦礫の中を走る人影。それを追いかけるように魔物の拳が降り注ぎ、人影が瓦礫ごと粉砕する――その光景を離れた場所でレリアは目視する。
(やはり――ギガントゴーレムは、目が利かない)
今のは、魔術で放った幻影だった。それを頭上にいるシモン教授が俯瞰して追尾したのだ。つまり、あのギガントゴーレムは自律して動いているのではなく、シモン教授が操縦している。それが分かったのは、大きな情報だ。
(どんなに大きくても、頭は人間なんだ)
なら、いつもと同じだ。
シュウと立ち合い、向き合っているときと同じ。むしろ、それよりも分かりやすい。何故なら相手はシモン教授。挑発で思考を乱すような男なのだから。
だが、それでも兵法通りに動くはず――だから。
(まずは、周りの瓦礫を崩してくる)
その読みを裏付けるように、大きくギガントゴーレムは動いた。手近な瓦礫に拳を振り潰し、足を振り回して大きく瓦礫を鳴らし始める。そうやって視界を確保し、的確に炙り出そうとしているのだろう。
(だけど、甘い)
その物陰に隠れ、素早く指先で魔術式を刻み続ける。その魔術は素早く地面に染み渡っていき、効果を発揮していく。
焦らずに魔力を練り、じっくり、じっくりと魔力を染み渡らせる。
地面が激しく揺れ、瓦礫が吹き飛ぼうとも焦らない。相手は自分の影すら見つけることができていない。そのまま、ひっそりと息を潜め、物陰に隠れる。
やがて、ギガントゴーレムはぴたりと動きを止まる。身を隠せるような瓦礫を吹き飛ばし、上でシモン教授がゆっくりと辺りを見ているのだろう。動きがあれば、そこで叩き潰せるように身構えているのだろう。
圧倒的な力であるギガントゴーレムがいて、自分は安全な場所にいる。ならば、圧倒的な力でねじ伏せればいい――そう思っているのだろう。
(全く、指揮官らしい考え方ですが……甘い)
もう読み切っているのだから、対応することができる。
レリアは冷静に判断しながら、素早く魔術式を描き、地を蹴って駆けていく。
直後、中空を迸った紫電がギガントゴーレムの後頭部を穿つ。それは傷一つ与えられない。それに反応したように魔物は背後に振り返り、そこにめがけて拳を振り下ろす。
響き渡る轟音と砂塵――だが、その体勢が立て直される前に、さらに紫電が走る。
その、ギガントゴーレムの背後から。
弾かれたようにギガントゴーレムが動く。だが、そこへさらにいくつもの紫電が襲い掛かる。前から、左から、右から、後ろから。
ほとんど時間を置かず、何度も迸る魔術式。そのギガントゴーレムの鈍い動きから、シモン教授の焦りが伝わってくる。
やがて、無茶苦茶に振り下ろした拳が地面を穿ち――ぴたりと動きが止まる。
そこから見えたのは、掘られた一つの穴――。
(さすがにバレたか。ま、時間稼ぎとしては十分かな)
そう口角を吊り上げるレリアは、地下を素早く駆けていた。瓦礫を押しつぶすために踏み慣らされた地面。その地下を掘削することでトンネルを張り巡らせていた。
そして、その中に無数に紫電の魔術式を刻んでいる。
ただし、遅効性のものに魔術式を改変しているのだ。
遅れる時間もレリアが把握できないほどにランダムだ。だからこそ、シモン教授もそれが読めたとしても読み切ることができない。
(ま、読み切る時間さえ与えさせないけど)
畳みかけるようにレリアは魔術式を描き、指先で一点を指し示す。その指差した方向を辿るように、真っ直ぐに紫電が中空を駆け抜けた。
紫電の刃はそのままギガントゴーレムの頭を掠め、わずかな手応えと共に何かを斬る。
瞬間、がくん、とギガントゴーレムの身体が大きく揺れた。
(当たり前……魔術人形なら当然、操り人形の糸が数本ある)
魔術人形は自律型と操縦型がある。
自律型はコアになる魔石に魔術式を書き込み、ある程度、魔力を流し込んでいく。そうなれば後は勝手に動くが、複雑な指示は行うことができない。
だが、操縦型は自分で操縦するために、意図を細かく反映できる。だが、そのためには魔力の糸を繋いで動かさなければならない。
つまり、その糸さえ切ってしまえば、ただの木偶の坊だ。
(それは、今までの動きで全て見切っている……ッ!)
トンネルを移動してから、さらにもう一つ魔術式描き、狙撃。それは違うことなく、もう一本の魔術の糸を寸断した。目に見えて動きがまた鈍くなる。
ほとんど見えない糸。だが、冷静に観察していれば分かる。
舞い上がった砂塵が、糸を避けるように動いているからだ。
(相手の動きを見切り、立ち回る――そして、相手の虚を突く)
全て、師から教わったことだ。レリアは小さく笑みをこぼしながら、さらにトンネルの中を駆けて移動。掘り抜いた穴から顔を覗かせる。
瞬間、ギガントゴーレムの動きを維持しようと残りの糸に魔力を込めたのか、空中の糸の輝きが強くなる。
その軌跡は、三本。それが見えた隙にさらに狙撃を行う。一本が、千切れた。
(残り二本……ッ!?)
狙撃を行おうとした瞬間、不意に地面が大きく揺れる。ギガントゴーレムが両腕を地面に叩きつけ、激震を放ったのだ。それに体勢が崩れ、狙いが逸れる。
瞬間、それを見たのか、ギガントゴーレムが振り返る。まるでレリアを睨むかのように頭を傾け、ゆらりと大木のような腕を振りかぶる。
その光景にレリアはわずかに逡巡する。逃げるか、立ち向かうか。
(ここで回避すれば、相手に余裕を与える。そうなったら今度はこちらが追い込まれる)
相手は兵法家。ここまで上手く立ち回れたのは先手を取れたからだ。それを譲るのならば、敗北は必至。だが、避けなければ確実に死が待っている。
このままだと、確実に負けてしまう――。
(私、一人だけでは……っ)
そう思った瞬間、ふわりと柔らかい気迫が背に触れた。まるで背中を支えるかのような、優しくも力強い気迫。それに目を見開き――ふっとレリアは笑みをこぼす。
そのまま素早く指先で魔術式を描いていく。放つのは二本。
回避することはもう頭から捨てた。冷静に糸を射貫くことだけを考える。その間に振りかぶった拳は勢いよくレリアに向かって振り下ろされる。
数秒後に訪れる死の気配に、レリアは敢えて強気に笑みをこぼした。
(……だって、師匠を信じているから)
ああ、任せろ。そんな声がどこからか響き渡った気がして。
直後、ギガントゴーレムの足元が爆ぜた。
その衝撃と共にギガントゴーレムの体勢が大きく崩れる。それにぐらりと揺れた魔物の拳が逸れ、レリアの隣に勢いよく振り下ろされる。
今まで以上の激震。だが、それを襲う前に、レリアは魔術式を描き結ぶ。
突き出した二本の指から、虚空を裂くように紫電が迸った。
それは一瞬にして宙を裂き、体勢を崩した魔物の頭上を駆ける。それが何かを射貫いた感触が、レリアの指先に感じられる。
直後、ギガントゴーレムの身体は糸が切れたように膝をついた。その揺れに体勢が崩れ、レリアはたたらを踏み――。
その背に優しく手が添えられた。
「……よく、頑張ったな。レリア」
その言葉は聞き慣れたもの。背中に当てられた手はすぐにぽんと頭に載せられる。いつもの大きな掌にレリアは思わず吐息をこぼした。
「……遅いですよ。お師匠様」
「悪い。間に合っただろう?」
そう言いながら横に並んでくれる、頼もしい気配。
いつもの羽織を血と土埃で汚しながらも、彼は笑顔を浮かべていた。
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