第11話 黒幕の正体

「ああ……ユーシスくんでしたか。無事で何よりです」

 物陰から姿を現したのは、土埃に身を汚した初老の講師だった。ほっと安堵したように目尻を緩め、歩み寄ってくる。

 ユーシスもほっと安心したように足を踏み出し――。

 気づけば、レリアはその服の袖を掴んでいた。

「……ん? どうしたんだい? レリアさん」

「……合流する前に、シモン教授にお尋ねしたいことが」

「ふむ、何かね? ルマンドくん」

 落ち着いた口調でシモン教授は首を傾げる。混乱した現場に似つかわしくないほど、どこまでも落ち着いている。

 それは少し前までは頼もしかったはずなのに、何故か不気味に感じられる。

「他の生徒の方々は? アズールさんたちは、取り残されたはずです」

「彼女たちとははぐれてしまいましてね。ですが、彼女たちの実力ならば生きて帰って来られるはずです」

 さらりと答えたシモン教授。その言葉にユーシスはわずかに眉を寄せる。レリアは深呼吸を一つ挟むと、懐に手を入れて訊ねる。

「では、もう一つ。馬車に魔術式を刻んだのは、貴方ですよね?」

「ほう、魔術式。どのような?」

 とぼけるような、あるいは、楽しむような口調。レリアはゆっくりと言葉を続ける。

「獣除けを応用した……いわば、獣寄せの効果がありました。隠匿の術式をかけてありましたが、馬車の一階席にあったのを発見しました。シモン教授は、ずっと一階席にいましたよね?」

「まぁ、誰かの悪戯かもしれませんねぇ。私のせいとするのは早計ですよ」

「そうですか。でも、言い逃れできませんよ。特に――ここら一体に現れた石人形については」

 レリアは平然とした笑みを浮かべ、懐からそれを取り出す。

 それは見た目はただの石――だが、その表面にはわずかに魔力の残滓が残っている。先ほど拾い上げた、石人形に含まれていた石だ。

「これは石人形ゴーレムの兵の中に含まれていた魔石です。この魔術式を鑑定しました――結論から言えば、シモン教授の魔力が確認できました」

 その言葉にぴくり、とシモン教授の表情が揺れ、イルゼの息を呑む気配が伝わってくる。その中でレリアは悠然と微笑みを浮かべて訊ねる。

「教授ほどの実力者ならば、この魔石を無数に用意し、石人形を操ることくらい可能ですよね? 何しろ、魔術人形の名手なのですから」

 その言葉にシモン教授は黙り込んでいたが、やがて手を持ち上げ、ぱち、ぱちと拍手を鳴らす。余裕を崩さない、落ち着いた笑みで言葉を返してくる。

「なるほど、キミの実力を見誤っていました――そこまで、魔術に詳しかったとは。猶更、他の研究室に入らなかったことを惜しく思います」

「……シモン教授、つまりこの一件は貴方が」

 ユーシスの押し殺した声に、シモン教授は悪びれもせずに頷く。

「ええ、この遺跡は私が何度も調査で訪れている場所。こつこつと仕込むのは容易いことでしたよ。もっとも、これは弟子たちの鍛練に使おうと思っていましたが」

「貴方ほどの人が、一体、何故……! まさか、シュウを亡き者にして、何食わぬ顔でルマンドさんを自分の研究所に引き抜くつもりでは……?」

「いえ、それは考えにくいです。ブラームス先生」

 食って掛かるユーシスに、レリアは冷静さを欠かさず、落ち着いた口調で続ける。

「シモン教授からの勧誘は一回たりとも受けませんでした。それに彼の専門はあくまで『兵法』……講師として素晴らしい人ならあくまで適材適所を考えるはずです」

「ご明察ですよ。貴方の才能は、私の研究室よりも別の研究室で活かされるべきなのです。そう、たとえば……ベイルードくんの研究室」

「ベイルード教授……」

 その言葉にレリアは目をぱちくりとさせる。考えもしない名前だった。聞き覚えがあるが、誰かは思い出せない。思考を巡らせていると、ユーシスが口を開く。

「ベイルード教授? ルマンドさんをしつこく勧誘していた?」

「はは、彼は研究熱心ですからね、その才能を生かしたいという熱意があったのですよ」

 その言葉でやっと思い出す。シュウが弟子入りを認めてくれたあの日の出来事。強引に迫ってきた、中年の教授のことを。

「あ……すっかり忘れていた。そういえばそんな人いたっけ」

 思わずつぶやくと、シモン教授は小さく苦笑いをこぼす。

「優秀ですが、失礼ですね。キミは」

「特に興味がなかったので」

「……左様ですか。ふむ、キミはもう少し礼儀を知るべきですね」

 そう言うシモン教授の眉はわずかに寄っている。それを見て、ユーシスは額を押さえながら深々とため息をこぼした。

「なるほど、見誤っていた。この方は弟子想いではなく、弟子バカだったのか」

「はは、言い得て妙ですね。親バカならぬ、弟子バカ、ですか。そうでしょうね。何故なら、私は愛弟子を虚仮にされて、少し腹が立っていますから」

 にこやかな笑みを浮かべるシモン教授の瞳は、暗く闇が立ち込めている。それを負けずに睨み返しながら、レリアは言葉を返す。

「だからといって、筋を通らないことを通すのはよろしくないです」

「技術の発展のためなら、多少の道理は捻じ曲げるべきでしょう。特にキミは魔術の実力に秀でている。この魔石の痕跡を、鑑定できたのが動かぬ証拠――」

「ああ、それは嘘ですよ。シモン教授」

 レリアはあっさりと言いながら、ぽい、と魔石を無造作に放り捨てて続ける。

「あれはただの奇手、ブラフですよ。いくら何でも、これは専門外です」

「な……っ!」

 その言葉にシモン教授は言葉を失う。余裕を失わなかった教授が初めて見せた動揺。それをさらに押し広げるように、レリアはこれ見よがしなため息をついた。

「こんな駆け引きに引っ掛かるようでは、たかが知れています……こんな師匠だからこそ、あんな弟子が生まれるのでしょうね」

 シュウがいたら『見え見えの挑発だな』と軽く苦笑いをこぼすだろう。

 だが、シモン教授はその言葉をまともに受け取り、その温厚そうな顔に血を昇らせる。歪に口角を吊り上げて、押し殺したような声を響かせた。

「いいでしょう……ならば、私の実力を見せてあげましょう。私の最高の魔術で、貴方の根性を教育し直して見せます」

 その言葉と共に、ゆらりとシモン教授の指先が動く。直後、間髪入れずにユーシスが動いた。鞭がしなるような動きで指が虚空を描く。シモン教授が魔術を完成させる前に、ユーシスの魔術が完成。真っ直ぐに迸った紫電がシモン教授を貫く――。

 寸前、横合いから飛び出した石人形が盾となって砕け散る。

「ちっ……ルマンドさん、モルグさん、後ろに下がって――」

「ユーシスくん、それに合格点は与えられませんねぇ」

 その不敵な声と共に、シモン教授の指先がぴたりと止まる。瞬間、虚空に描かれた魔術式がどくんと不気味に脈打った。二度、三度と脈動を放つ。

 それに呼応するように、ずん、と足元が大きく揺さぶられた。

 レリアたちはたまらず体勢を崩す。揺れは収まらず、尚一層強くなってくる。

(大規模な土系の魔術……いや、違う……っ)

 足元から込み上げてくる不気味な殺気。それに弾かれたようにレリアは魔術式を描く。焦らずに正確に、だけど、素早く急いで……!

 それを描き上げた瞬間、突き上げるような激震が全員を襲う。レリアは転んでしまったイルゼの腕を掴みながら、ユーシスに叫ぶ。

「ブラームス先生、こちらに……!」

「くっ……!」

 ユーシスは歯を食いしばりながら、レリアの方に駆け寄る。瞬間、一際激しい揺れと共に、ぐらりと床が抜けた。レリアは瞬時に覚悟を決め、魔術を発動させた。

(お願い、上手くいって……っ!)

 魔術式が光を放ち、淡い青の膜が三人を包み込む。そのまま泡のように浮かぶ中、崩落の激しい轟音が響き渡る。その中でレリアは息を止めるようにして、魔力を集中させ続ける。

 ふわふわとした浮遊感の中、やがて崩落の轟音は収まり――やがて、地面に軟着地。

 レリアが大きく息を吸い込んだ瞬間、ぱちんと魔術の膜は破れ去った。

 深呼吸をし、辺りを見渡す――どうやら、上手く切り抜けたらしい。

 それに一息ついた瞬間、イルゼの悲鳴のような声が横から響き渡った。

「先生!? ブラームス先生!」

「……っ!」

 慌てて振り返る。そこにはユーシスがその場で片膝をつき、荒い息をついていた。その頭からは血が流れ出て、顔半分を赤く染め上げている。

 その凄惨な光景にイルゼは取り乱しそうになるのを、ユーシスは手を挙げて制する。

「大丈夫……少し、打っただけだから。頭は、出血が多くなる、し」

 それに、とユーシスは視線を前に向け、口調に苦々しさを滲ませた。

「……苦難は、まだ続いているから」

「……ええ、そうですね」

 レリアは頷きながらユーシスに背を向け、目の前を見る。

 粉塵の中でも分かっていた。ここは最下層にある、地下の空洞だ。そこでは英雄伝説にもある通り、ここで勇者は仲間と共に魔物と戦った。

 文献には残っていないが、残された遺骸からは何かが考古学的に見当がついている。そこに眠っていたのは、巨大な石の残骸だったのだから。

「ルマンドくん、キミの機転は及第点です。崩落で命を繋ぎました――ですが、私の最高傑作を前にしては、キミでも生き残れないでしょう」

 悪い教え子に諭すような朗々とした声が響き渡る。その視界の中で目の前で大きな何かが動く。直後、ずん、と鈍い地響きが鳴り渡る。

 なるほど、とレリアは口を動かし、笑みを浮かべる。だが、ちゃんと笑えたかは分からない。それほどに強大な気配が感じられていた。

 盗掘にあった遺跡。その中でも盗むことができなかった巨大な遺物。

 それは、勇者が討ち取った石の魔物の残骸――。

「まさか、それに魔石を埋め込んで……再現するとは」

「ふふ、魔王の眷属の再臨を見せてあげましょう……!」

 その高らかな声と共に、一陣の風が立ち込めていた塵を吹き飛ばし――。


 ギガントゴーレムが、目の前に姿を現していた。

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