第9話 決死の救援

「くっ――なんでこんなものがッ!」

「いいから援護しろ! ユーシス!」

 シュウは吼えながら刃を迸る。剣鬼さながらの迫真の刃が敵を切り裂いていく。

 そう、敵だ。シュウたちに襲来してきたのは無数の石人形ゴーレムだった。亡者の如く、押し寄せてくる軍勢を前に、シュウは太刀を縦横無尽に振るう。

 突き、薙ぎ払い、斬り上げ、斬り下げ、全ての斬撃を繋げて敵を押しとどめる。

 だが、隊列を組んだゴーレムは次々に押し寄せてくる。立ちふさがるシュウを押し込もうと突き進んでくる。だが、それを打ち破るように後ろから紫電が迸った。

 レリアとユーシスの援護射撃が、次々に石人形を撃ち砕く。その閃光に交じって、シュウはさらに踏み込む。刃が宙を駆け、迫る石人形を次々に迎撃。

 その連携に、たまらず石人形の進撃が鈍っていく。

「お師匠様!」

 そのタイミングを見計らったように、凛とした声が響き渡った。シュウは一瞬で後ろに跳び退く。すれ違いざま、前に進み出たレリアが描いていた術式の最後を結び、指先を前に突き出す。

 直後、空間を塗りつぶすような眩い閃光が駆け抜けた。それに呑まれた石人形ゴーレムは崩れるように身体が溶け、地面へと崩れ落ちた。

 訪れる静寂。レリアは一息つくと、シュウの隣に並びながら太刀を構える。

「お師匠様、これでひとまず――」

「ああ、ひとまず、だ。先に進むぞ」

 シュウとレリアは納刀しながら頷き合い、先頭を小走りで駆ける。その後ろにイルゼを連れたユーシスが続きながらげんなりした声を響かせる。

「何もない遺跡のはずなのに、何故、こんな魔物が……?」

「自然発生したか、もしくは何か原因があるのか。いずれにせよ、俺たちの役目は生徒たちの保護だろう? ユーシス」

「それはそうだけど、愚痴の一つも言いたくはなるよ」

「気持ちは察する……イルゼさん、大丈夫か?」

 シュウはちら、と背後に視線を向ける。イルゼの顔色はあまりよくないが、唇を引き結んでこくんと頷いて声を返す。

「大丈夫……です。攻撃ではお役に立てませんが、精一杯、がんばります」

「ああ、その意気だ。荒事は俺たちに任せて、イルゼさんは要救助者の保護に専念してくれればいい。大丈夫だ、各々の役割を思い出せ」

「うん、僕がフォローも入れるからね。焦らずに役割をこなしていこう」

「は、はい……がんばり、ます……」

 イルゼの声に頷き返し、シュウは視線を横のレリアに向ける。レリアはシュウの隣に並んで駆けながら、視線を油断なく巡らせている。

 その立ち姿は頼もしいが、少し気負っているようにも見える。

「レリアも無理はするなよ」

「はい、落ち着いて対処します」

 そう言う彼女の声は落ち着いており、油断なく視線を巡らせている。シュウはしばらくその様子を見つめていたが、ふと何かに気づいたように手を挙げる。

 それを合図に、全員が駆ける足を緩める――その前方から、近づく気配。

 やがて見えてきたのは、逃げるように駆けてくる生徒たちだ。

 さらにその後ろから追いかけてくるのは、石人形ゴーレムの群れ――それに追い立てられ、焦ったのか一人の女生徒が足をもつれさせる。

 それを見た瞬間、彼はすでに動き出していた。

「ユーシス! レリア!」

 シュウは鋭く叫びながら地を蹴る。そのまま、逃げる生徒たちと馳せ違い、石人形の群れに肉迫する。腰に帯びた太刀の鍔が、澄んだ音を鳴らす。

 直後、放たれた居合抜きが白閃となって石人形の胴を断ち切った。返す刃で踏み込みと同時に大上段からの斬撃でもう一体。その刃は止まることなく跳ね上がり、燕返しでさらに一体を仕留める。

 一瞬の交錯で三体を斬り捨てたシュウ。それを援護するように、背後から二人の魔術が駆け抜け、石人形ゴーレムの攻勢を押しとどめる。その隙にシュウは滑るように後退し、倒れ込んでいる女生徒を抱え上げてさらに後退。

 ユーシスたちの元に戻ると、シュウは彼女の身体を地面に降ろした。

「大丈夫か? ここまで来れば安全だ」

「は、はい……ありがとぅ、ございます……っ」

 女生徒は身を大きく震わせ、蘇った恐怖に瞳を揺らす。その肩に手を置き、軽くつかみながらその目を覗き込む。

「泣きたい気持ちは分かるが、まずは状況報告だ。端的に、説明しろ」

 未だに石人形ゴーレムは軍勢を為して突き進んでくる。それをユーシスとレリアの魔術が辛うじて押しとどめている状況。合流した生徒たちも混乱と安堵が入り交じり、我を失っている――あまり、のんびりはしていられない。

 シュウの有無を言わさない口調に、女生徒はぐっと唇をかみしめると、震える口調で答える。

「最下層で調査中、突然、石人形の魔物が複数出現。四方を囲まれました。そのため、シモン教授やアズール先輩たちが血路を拓き、私たちが逃げて、それで……」

「よし、ということは教授やアズールは、まだ地下に?」

「は、はい、恐らく……」

「分かった。イルゼさん」

 振り返ってイルゼを呼ぶ。彼女は生徒たちを懸命に落ち着かせ、怪我の様子を確認していた。彼女は顔を上げると、はい、と落ち着いた声を返してくる。

「みんなの怪我の様子は?」

「軽傷です」

「分かった。なら、みんなを連れて撤退。外のテントまで」

「了解しました」

 イルゼはすぐに頷くと、合流した生徒たちに声を掛け、すぐに動き出す。焦りはあるものの、落ち着いて隊列を組み、撤退を開始していく。

(これでひとまずはいい……あとは)

 シュウは振り返り、ユーシスの方へ駆け寄る。彼は額に汗を浮かべながら、次々に中空へ魔法陣を描いている。その隣に並んで鋭く告げる。

「ユーシス、彼らの背中を守ってやってくれ」

「分かった。けど、シュウはっ?」

「俺は残った連中を助けに行く。レリアもユーシスについていけ」

「え……っ、で、でも、お師匠様一人では……っ」

 その言葉を封じるように、シュウはレリアの頭に手を載せて小さく笑う。

「大丈夫だ――誰の師匠だと思っている?」

 一瞬だけの視線の交錯。それだけでシュウは視線を引き剥がすと、腰から抜き放った太刀で迫ってきた石人形ゴーレムを斬り払う。そのまま地を蹴って前に進み出ながら吼える。

「行け! ユーシス! レリア!」

「……っ!」

 後ろ髪が振り切るように、気配が遠ざかっていく。それと同時に迫ってくるのは隊列を組んだゴーレム。陣形と共に、列を並べて押し込んでくる。

 まるで、何者かに指揮されているかのように。

(なら……その指揮者を討ち取れば、いいだけのこと……)

 シュウは短く息を吸い込み、心気を整える。脇流しに刃を構えながら、爪先に力を込める。そのまま、迫りくる石人形を見据え。

「おおおおおおおおおおお!」

 弾けるような気合と共に、地を蹴った。


 それはまさに、一陣の風だった。

 白刃を閃かせながら、攻め寄せる石人形ゴーレムを縫うようにシュウは駆ける。彼が紡ぐ光の軌跡が駆け抜ければ、そこにあった石の魔物は鮮やかに斬られて崩れる。

 石人形が繰り出す拳にも怯まない。一瞬で掻い潜り、懐に飛び込むと刃が斬り上げられる。その刃は次の斬撃へと繋がり、遮る敵を斬り払う。

(ただ、このままだと埒が明かないな……ッ!)

 目の前の通路はさらに幅が狭まり、間を縫って駆けるのは無理がある。

 とはいえ、斬り捨てながら突き進むのも時間がかかりすぎる。

 仕方ない、とシュウは一つ息を吸い込み、爪先に力を込める。

 そして、勢いよく横の壁へと跳ぶ。その壁を蹴って三角跳び。宙をひらりと舞い、頭上を飛び越える。そこで終わらず、対面の壁をシュウはさらに蹴る。

 軽やかに壁を蹴り続け、足元に蠢くゴーレムをやり過ごす。やがて、広い空間に抜けたところでシュウは身体を捻り、前方に向かって宙返る。

 それで勢いをつけると、真下にいた石人形ゴーレムに刃を振り下ろしながら勢いよく着地した。シュウは一息つきながら周りを振り返り――背後から飛んできた石礫を横に跳んで躱す。

(息つく間もない……しかも、この連中、よく動く……!)

 地を蹴って一体に肉迫。下段から鋭く斬り上げ、振り返りざま、返す刃で背後の石人形も斬り捨てながら思考を巡らせる。

 敵勢の動きはあまりにも組織立っていた。それに一つ一つの動きが洗練されている。一体一体がシュウの動きを阻害するように立ち回っているのだ。

 彼が刃を振るえば、その後ろを取るように常に動いている。厄介なこと極まりない。シュウが剣の名手でなければ、あるいは、魔術師であれば容易に命は取られていた。

(けど――残念だが、俺としてはこういう乱戦は、得意でね)

 すっと一歩後ずさる。それだけで左右から挟撃を試みた石人形が相討つ。その間に刃を担ぐように背後へと引くと、その切っ先が背後に迫った敵の喉を突く。 そのままひらりと身体を回せば、その首が掻き斬られる。

 その回転の勢いを殺さず、鋭く横薙ぎ一閃。止まる間もなく、返す刃で側面に突き。

 流れるような剣技で、付け入る隙を与えずに敵を各個撃破していく。

「剣術が興って、千と幾百年――対集団戦闘の剣術がないと思ったか?」

 口角を吊り上げながら、その場から動くことなくシュウは剣を舞わす。

 それだけで敵の攻撃はいなされ、避けられ、誘導される。そうして隙を見せた石人形はこれもまた鮮やかな刃を前に斬り伏せられてしまう。

(そして――見えて、きたな)

 数が減ってきたおかげで、気配が感じ取れるようになってきていた。この少し奥で戦っている気配がある。見知った気配だ。

 その方向を見定めると、石人形ゴーレムの拳をひらりと躱しながら納刀。

 刃は上に、左手で鞘を掴み、右手は柄に添え、軽く腰を落とす。

 居合抜刀術の構え。

 その鞘に満身の気迫を封じ込めるようにしながら、息を大きく吸い込む。爪先に限界まで力を込め、わずかに腰を落とし――。

 直後、弾けるようにシュウは地を蹴り飛ばした。

 地面を砕く勢いの加速。疾風の如く、彼は真正面に向けて駆ける。目標は一際大きな石人形。道を阻む巨体を前に、シュウは勢いを一切殺さず疾駆。

 その懐に飛び込むなり、踏み込みと同時に鍔を鳴らす。

 澄んだ音と共に迸るのは、鞘から放たれる一陣の刃。

 それがまるで天を昇る竜のように真上へ一直線に駆け抜けた。

 数瞬後、ぐらりとその巨躯が揺れ、真っ二つに割れて崩れ倒れる――その向こうから見えた数人の生徒。そのうちの一人が大きく目を見開いた。

「シュウ殿!? 一体、どうやってここに……っ!」

「斬って来ただけだ」

 短く言葉を返しながら地を蹴り、アズールの傍に降り立つ。そのまま流れるように背中合わせになりながら訊ねる。

「取り残されたのは、これだけか?」

 そこにいた数人の生徒は円陣を組み、魔術を駆使して石人形を撃退していた。アズールもまた指先で魔術式を描きながらも、短く応えてくれる。

「いや、まだ取り残されているのが、一人……お助けせねば」

「……なる、ほどな」

 ぐるりと視線を巡らせる。誰が取り残されているのは、一瞬で分かる。

 だからこそ――黒幕の正体が、分かってしまった。

 軽く舌打ちをこぼしながら、シュウは霞の構えに刃を構えて告げる。

「逃げるぞ。アズール。俺が血路を拓く」

「……ッ!? だが、シュウ殿……!」

 アズールが噛みつくように振り返る。だが、シュウは気迫でそれを遮ると、有無を言わさない口調ではっきりと告げる。

「問答は後だ。死にたくなければ、ここから逃げ――」

 そう言いかけた瞬間、ずずん、と大きく地面が揺れる。その地震にアズールはもちろん、シュウですらも一瞬体勢を崩しかけた。

 天井から砂埃が舞い降り、足元でめきめきと地面が軋む音が響き渡る。

(おいおい、マジか……っ)

 まさか、と思う間もなかった。直後、地面がばきりと音を立てて割れ、ひび割れが大きく広がる。突き上げるような激しい激震に思わず地面に膝をつく。

 体勢を立て直そうと地を踏ん張り、視線を上げ――。


 不意に、足元の地面が崩れ落ちた。

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