第8話 後方待機のひと時
翌日の早朝、夜明け前に起きた一行は野宿を引き払うと、再び馬車を使って平原を進んでいく。清々しい朝の風が吹き抜け、寝起きの頭もすっきりとしていく。
御者はユーシスに交代し、シュウはのんびりと二階席で空気を味わう。
そのまま外の景色を眺めていると、ふとレリアと目が合った。その視線はそわそわと泳ぎ、落ち着きがない。まるで、遊ぶ前の子供のようだ。
「どうしたんだ? レリア」
「あ……すみません。お師匠様。少し落ち着きます」
咎められたと思ったレリアはしゅんと肩身を狭める。シュウは苦笑いを浮かべて首を振りながら訊ねる。
「別に構わないさ。ちなみに、何にそわそわしているんだ?」
「その……もうすぐ、遺跡ですよね。ベスト平原中心の」
「ああ、そのはずだ。ほら、遺物も点々と見え始めたし」
朝日の中に照らされる平原に視線を投げかける。その街道の脇には、横倒しになった石碑や苔むした石柱が点在している。これもまた、古代遺跡の一つであり、この平原中に点在している。
こくんとレリアは頷くと、それを眺めて小さく言葉を紡ぐ。
「この遺跡群は一体、何のためにあったのかは分かりません。ただ、有力な説は、この平原一帯にある民族が暮らしていたものの、魔王の虐殺に巻き込まれて全滅、破壊された――その名残とも言われています」
「らしいな。この遺跡について出てくる直近の文献は、いわゆる英雄伝説――ああ」
そこまで言葉を続けてようやく納得がいく。視線を向けると、レリアは意気込むように力強く頷き、拳を握りしめた。
「はい、ここは勇者が修練した土地、と言われています。一度、是非とも見てみたくて」
「じゃあ、もしかしたらここで……その魔剣を?」
ふとイルゼが口を挟む。どうやら、彼女も魔剣について知っているらしい。
だが、レリアはそこで曖昧に笑みを浮かべて首を傾げる。
「ううん、それは多分、ここではないかも」
「そうなの?」
「うん、勇者ベジャームが魔剣を使い始めるのは彼の冒険の後期だから。ここは本当に始まり。この平原で勇者は仲間たちと共に修練を積み、そして、この地の中心に棲んでいる魔王の眷属を力を合わせて討ち果たした、とされているの」
「この地の、中心……」
イルゼはつぶやきながら視線を彼方に向ける。シュウは頷くと、前を指さす。
「ああ、見えてきたよ。その場所が」
街道の向こう。次第に大きくなってきた物陰に目を細め、シュウは声を掛ける。
「あれが、ベスト平原にある遺跡――ユグドラ遺跡だ」
ユグドラ遺跡――それは、勇者が初めて己の敵を討ち倒したとされる場所だ。
後世に残る記録にもただ短く『ペストの地にて修練を積み、中央で待つ魔王の眷属を仲間と共に討ち倒す』としか書かれていない。
その仲間が誰であるかも、魔王の眷属が何者であったかも分からない。
だからこそ、後世の吟遊詩人たちは好きなように脚色をして語り継いでいる。
「――けれど、少ない文献とこの遺跡のことだけでも読み解けることは十分にあるのですよ。お師匠様」
「そうなのか? レリア」
ユグドラ遺跡の外。石造りの建物から少し離れた場所に建てられたテント。
その中でシュウはレリアの無邪気な声に耳を傾けていた。レリアは絶好調でうきうきと楽しそうに言葉を続ける。
「はい、まず勇者と共にここで修練を積んだと思われる仲間ですが、消去法的に後半部分で仲間になった者では当然ないと思われます。では、最初期の頃となりますが、そうなると自ずと数人に絞り込まれてきます。そこで出身地から考えて見ると――」
「……よく、こんなお話を聞けるね? もう大分話しているよ?」
ふと、ひっそりとユーシスは耳打ちするので、そちらにシュウは注意を割く。
「ま、聞いてみると興味深くないか?」
「そうかもだけど……よく聞けるね」
ユーシスの視線はテントの隅のイルゼに向けられる。そこで座っている茶髪の少女はよく見ると、こくり、こくりと船を漕いでいる。確かに興味がない人からすれば、退屈な時間が過ぎているのだろう。
だが、レリアは絶好調だ。イルゼが居眠りしていることはもちろん、シュウとユーシスがひそひそと話していることにも気づかず、持論をまくしたてている。
それに耳を傾けながらも、シュウはユーシスに言葉を返す。
「ま、弟子が楽しそうに話しているんだ。聞くのが筋というものだろう?」
それに、と一息置き、やれやれと肩を竦める。
「俺たちは後方支援……言い換えれば、お留守番だ」
今、このテントにいるのはシュウとレリア、ユーシスとイルゼの四人だけである。他の学生は遺跡の中に足を踏み入れ、調査を進めているのだ。
(ま、調査といっても、レリアの話ではこの遺跡は調査され尽くされているみたいだから、経験の浅い学生に実際に遺跡を見せ、素養を磨くのが目的のようだけど)
その監督をしているのはシモン教授。護衛にはアズールを始めとした腕利きの学生がついている。万が一、ということは一切ないのだろう。
そう判断し、ゆっくりと四人はテントで留守番しているのだ。
「それなら、弟子の話を聞いているのも悪くない」
「面倒見がいいねぇ、本当」
呆れたように吐息をこぼすユーシス。と、そこでレリアが我に返ったのか、ふとシュウとユーシスの方を見やり、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。
「す、すみません。つい話し込んでしまいました」
「いいや、楽しく聞かせてもらっているぞ。レリア。つまりこの頃、一緒にいたと思われる仲間は重騎士のベクターか、魔導士のルーンである説が有力なんだな?」
「あ、はいっ、そうなんですっ」
ちゃんと聞いていてくれたのが嬉しかったのか、レリアが何度も頷いてはしゃいだ声を上げる。その一方でユーシスは引きつり笑いを浮かべる。
「……シュウ、僕と話していながら、ルマンドさんの話も聞いていたの?」
「耳は二つあるのだから、難しくはないだろう?」
「それができるのは、シュウくらいだと思うけど……」
「そうか? まぁ、それはともかく……」
身体をレリアに向け、シュウはふと疑問に思ったことを口にする。
「レリアは遺跡にいかなくてよかったのか? 折角、英雄伝説の舞台に立てるんだぞ?」
「大丈夫です。遺跡にはほとんど何も残されていないんです」
「あ、そうなのか?」
「うん、そうだね。これは僕でも知っているメジャーな話だけど」
ユーシスがうん、と一つ頷いて視線を遺跡の方に向ける。
「ここが調査される前もすでに盗掘されてしまって、遺物はわずかしか残っていなかったんだ。だけど、そんな盗賊でも盗み切れない巨大な遺物は残っているけどね」
「……それは?」
「倒された魔王の眷属だった、ゴーレムの残骸です。それからは当時の痕跡を読み取れる、数少ない史料として重宝されています」
「なるほど、そんなものが埋まっている遺跡なのか」
思わず感心しながら頷く。事前にある程度調べてはいたが、そんなものが埋まっているとは思わなかった。はい、とレリアは頷きながらも肩を竦める。
「ですが、私としてはそういう調査は得意ではなくて。どちらかというと、この平原を眺めながら勇者が積んだ修練に想いを馳せる方が楽しいかな、と」
「ま、レリアはロマンチストだからな」
「えへへ、夢見る乙女ですので」
シュウの茶化す声に、レリアは軽口で笑い返してくれる。その小気味いい雰囲気にユーシスは表情を緩めながら、ちら、と外に視線を向ける。
「それならどうだい? その勇者が鍛練した地で、二人も手合わせするのは」
「あ、いいアイデアです。お師匠様、いかがですか?」
「そうだな、軽く汗を流す程度なら構わないぞ」
「お師匠様、私との鍛練で汗を流したことなんてないじゃないですか」
レリアは拗ねたように唇を尖らせる。だが、その瞳は楽しそうにうきうきと輝いていて。ころころ変わる表情の変化を愛おしく思いながらシュウは腰を上げる。
「なら、ユーシス、留守居は任せていいか」
「ん、遠くまで行かないでくれればそれでいいよ」
「よし、それじゃレリア、軽く手合わせを一本」
「はい、よろしくお願い致します」
笑い合いながら、一緒にテントから出ようとし――。
不意に、足元がずんと鈍く音を響かせた。
「んっ……え、今の……っ?」
その震動にイルゼも目を覚まし、慌てて辺りを見渡しながら眼鏡を直す。ユーシスもわずかに表情を強張らせ、シュウと視線を交わし合う。
「今の、地震……かな?」
「この土地で、地震か?」
東方の島国と違い、この大陸では地震は滅多に起きない。わずかに地面が揺れようものなら、それだけで天変地異と騒がれるのがこの国の特徴だ。
「それに仮にそうだとして……今の揺れ方は、妙だったぞ」
「はい、まるで地面の底で何かが爆ぜたような……」
レリアの例えは言い得て妙だった。先ほどの地震は、何か突き上げるような衝撃だった。
「……とにかく、外に出よう。遺跡の中で異変があれば、すぐに戻ってくる……」
シュウがその言葉を言い終えない間にも、またずん、と地面から衝撃。
しかも今度は先ほどよりも大きい。それ以上言葉を続けず、シュウはテントから滑るように外に出て、遺跡の様子を見る。
(遺跡には異変がない……けど、なんだ……?)
妙な気配が、遺跡の中から漂ってきている。背筋に嫌な予感が迸っていく。
続いてテントから出てきたレリアは素早く指先を虚空に走らせる。術式を刻むと、右目に掌を当てて意識を集中させる。
(遠見の魔術か……頼んだぞ。レリア)
息が詰まるような数秒間が過ぎる。不意に、レリアが左目を見開いた。
「……っ! お師匠様、遺跡内で異変です! みんな、何かから逃げています!」
「ッ!」
その言葉にシュウは後ろのユーシスを振り返り、頷き合った。
「全員で突入する――行くぞ!」
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