第7話 勝つことの実感
シュウが歩み寄るまで、レリアは呆然と戦場の中心で立っていた。
自分の指先とアズールを交互に見て、息を震わせている。その横顔にシュウは声をかける。
「お疲れ様、だ。レリア」
「お、師匠様……」
彼女は視線を上げてシュウを見つめ、その顔は未だに信じられないように呆然としている。勝利の実感が、まだ掴めないようだった。
シュウは微笑みかけながら頷いて再び声を掛ける。
「お疲れ様……見事な一撃だった」
「あ……」
その言葉にわずかにふっと気が緩んだのか、へにゃりと笑みをこぼす。安心したような無防備な笑みで彼女は言葉を紡ぐ。
「勝った……んですね。お師匠様」
「ん、よく最後の一撃まで魔術を使わなかった」
あそこまでレリアは魔術を使わないことで、ついアズールも失念したのだろう。彼女が魔術式の名手である、ということに。
剣術で優れているという慢心や油断。その中で不意にレリアが木刀を手放したことで見せてしまった虚。そこに最後まで抜かなかった、レリアの切り札が突き刺さった。
ゼロ距離から放たれる、不意打ちの一撃が華麗に決まった。
「射程、威力を落とし込む代わりに、一瞬で構築できるようにした魔法陣」
「名づけるなら〈零雷〉でしょうか。上手く決まって、安心しました」
「それに、よくあの猛攻を凌ぎ切った……百点満点だ、レリア」
そう言いながらぽん、とレリアの頭に手を載せると、えへへと嬉しそうに笑みをこぼしてレリアは囁く。
「お師匠様の指導が良かったからです……お師匠様がいなかったら、勝てなかった」
「二人だったから勝てたことだ。本当に、お疲れ様」
ひとしきり頭を撫でられ、レリアは心地よさそうに目を細めていたが、ふと視線を背後に向け、心配するように眉を寄せる。
「あ……それより、アズールさんは……」
「ん、大丈夫だと思うけど」
振り返って視線を追いかける。すでにそこには、ユーシスがアズールの身体を診ていた。
「ユーシスは、魔術薬の講師……医療の心得もある」
「そこまで持ち上げて欲しくはないけど……ま、少しくらいはね」
聞こえたのか、ユーシスは少しだけ苦笑いを浮かべながら指でひらりと宙を描く。大きめの魔法陣を描くと、その上に抱き上げたアズールの身体を載せる。
ふわりと魔法陣に浮かべられたアズールを動かしながら、ユーシスは続ける。
「制服には耐衝撃、耐魔術の術式を組んである。命には別条はないよ。後遺症ももちろんさっぱりなし。念のため、医務室で手当てはするけど」
「そうですか……よかったです」
「ん、ルマンドくんは優しいね」
ユーシスは目を細めながら優しく笑みをこぼし、シュウに視線を注ぐ。
「ちゃんと彼女を労ってあげないとダメだよ? シュウ」
「もちろんだ」
「言ったね? じゃあ、ルマンドくん、お師匠様にたっぷり甘えるように、ね?」
彼はくすりと笑みをこぼすと、魔法陣の担架を引っ張って校舎へと消えていく。それと入れ替わりにおずおずとイルゼが近づいてくる。
「あ……イルゼ、見ていたんだ」
「うん、すごかったよ。レリア」
「あはは……そこまででもないよ。お師匠様の指導がよかったから」
イルゼはタオルを差し出し、レリアはそれで汗を拭う。仲良さげに二人で話すのを見やり、シュウは一つ頷いて笑いかける。
「なら、俺はここで。レリア、ゆっくりするといいよ」
「あ……でも」
少し迷うように視線を泳がせるレリア。何か言いたげな雰囲気にシュウは眉を寄せると、ん、と一つ頷きながら訓練場の時計を見る。
「……なら、そうだな、二人とも少しお茶をしにいくか」
「え……あ」
その言葉にくきゅぅ、とどこからか可愛らしいお腹の音が答える。顔を真っ赤にするレリアに、イルゼは小さく苦笑いを浮かべながら訊ねてくる。
「……私も、いいんですか?」
「ああ、もちろん。弟子の親友ならば。一緒にお祝いをしよう」
「はいっ、行こうっ、レリア!」
イルゼの声にレリアは恥ずかしそうに頷いて歩き出す。シュウはその二人の後ろを歩きながら目を細める。
(……よく頑張ったな。レリア)
アズールは魔術と剣術を使いこなす強敵だ。慢心していたとはいえ、不意打ちでも負かすことは難しかったはずだ。それをレリアはやってのけた。
レリアの努力の積み重ねが、しっかりと発揮されたのだ。
その愛弟子の快挙が何より嬉しくて仕方がない――。
(……なるほど、これが弟子を持つ、ということか)
なんだか、胸の奥がくすぐったかった。
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