第4話 決闘で決着を

 二人の剣呑なやり取りにシュウが間に合ったのは、イルゼのおかげだった。

 たまたま出会ったイルゼがひどく怯えていたので、事情を問い質すとすんなりそのことを教えてくれたのである。

(全く、世話の焼ける教え子たちだ)

 ため息をこぼしながら二人の間に歩み寄り、そこに突き刺さった太刀を引き抜く。土を払って鞘に納めながら、二人をじっと見比べる。

「……諍いの元は問わない。だが、私闘で魔法を使うのは見過ごすことはできない」

 その言葉にアズールは視線を逸らしながら、自分の指先を背に隠す。レリアもまた、掌でその指先を隠すと、恥じ入るように微かに俯いた。

 やはり、とシュウは頷く。二人の気迫が指先に集まっていた。

 あのままなら二人は周りも顧みずに魔術を放っていたに違いない。

 レリアは視線を下げたまま、蚊の鳴くような声を絞り出す。

「お師匠様、申し訳ございません……未熟でした」

「未熟なのは当然。それを自覚し、反省すればいい。レリア」

 シュウはそう諭すように告げると、彼女は俯いたままこくんと頷く。

(さて、うちの弟子はこれでいいとして……問題は)

 視線をアズールに向ける。アズールは黙っていたがその視線が憎々しげにレリアに向けられている。その視線にシュウは深くため息をこぼす。

「……師弟関係は、俺とレリアの問題だ。アズールには口出しして欲しくないが」

「……っ!」

 その言葉にアズールは唇を噛みながら、その視線をシュウに向けてくる。その瞳には激しい情念が渦巻いており、殺気に似た視線をぶつけられる。

(……珍しいな。アズールがここまで感情をむき出しにするのは)

 意外に思いながら眉を寄せていると、レリアが控えめに袖を引いてくる。

「……その、先ほどお師匠様と同じことを私が言いまして……」

「……ああ、なるほど、痛いところに触れたか」

 奇しくも師匠と弟子、同じことを言ってしまったようだ。それはかちんと来るだろう。とはいえ、こちらも事実を言っていて引き下がるわけにはいかない。

(一番いいのは、アズールがレリアを認めてくれること、だが……)

 わずかに思考を巡らせてから、よし、とレリアとアズールを見比べる。

「ここまでわだかまった以上、ここは互いに納得できる手段で筋を通そう」

「……どういうことですか? お師匠様」

「つまりは、決闘だ。レリアとアズール、二人でやり合って結論付ける」

「なるほど、それは面白い」

 アズールが激情の込めた眼差しでシュウを見ると、試すように告げる。

「白黒つけるには、それがいいだろう。分かりやすい」

「そうだろう。レリアが勝てば、アズールはもう師弟関係にケチをつけるな」

「もちろん。だが私が勝てば、どうする? 研究室からその娘を外すか」

「いや、それはダメだ。一度弟子入りを認めた以上、それは筋が通らん」

 シュウのきっぱりとした言葉に、アズールは不愉快そうに眉を寄せる。その漆黒の眼差しを見つめ返し、だが、と彼ははっきりとした口調で続ける。

「弟子の敗北は、すなわち、俺の敗北と見なして構わない」

「ほう……つまり」

 不意にアズールの目つきが貪欲に輝いた。わずかに口角を吊り上げ、ゆっくりと確かめるように訊ねる。

「約定は、適応されるのだな?」

「ああ、何でもくれてやる。皆伝だろうと、俺の秘宝の太刀だろうと」

「……その言葉、確かに聞き遂げた。楽しみにさせてもらおう」

 アズールは満足げに頷く。シュウは頷き返すと、端的に告げる。

「試合は来週の同じ時間。この場所で行う。魔術、剣術共に戦う決闘戦だ」

「了解した。ならば、精々首を洗って待っているがいい」

 彼女は踵を返すと、颯爽と黒髪を揺らしながら去っていく。

 シュウはひとまず安堵の息をこぼすと、後ろにいるレリアを振り返る。

「すまない、レリア。丸く収めるために、決闘ということにしてしまった」

「い、いえ……どのみち、アズールさんとは白黒つけなければならなかったでしょうし……お師匠様が筋を通して下さって感謝します。あの、それよりも……約定、とは何でしょう?」

 気にかかっているかのように、そわそわとしながらレリアは訊ねてくる。ああ、とシュウは頷きながら肩を竦めて言う。

「俺に勝ったら、アズールの望みを何でも一つ聞く、という約定だよ」

 初めてアズールが道場に挑んできたときのことを思い出す。

 それを剣術だけで打ちのめし、発破をかけるためにそう告げたのだった。以来、アズールは何度もシュウに挑み続けている。

 そのおかげで、めきめきと剣術の腕前を上げている。

「ま、俺に勝てるようなら皆伝でも何でもくれてやるつもりだけど」

「う……何か嫌な予感がするのですが……本当にアズールさんは皆伝を欲しがっているのでしょうか」

「あとくれてやれるものなんて、俺には何もないぞ。精々、この太刀くらいだ」

 肩を竦めて軽く笑い飛ばすが、レリアは不安そうに眉を寄せる。だが、すぐにきゅっと唇を引き結んで顔を上げた。

「そう、ですね。仮に彼女が何か企んでいても、私が負けなければいいだけの話」

「その意気だ。俺としても簡単に皆伝をやるつもりはない。少し早いが、レリアに戦い方を教えておこう」

「よろしくお願い致します。お師匠様」

「ああ、勝負は一週間後。大丈夫だ、レリアなら上手く戦えるはずだ」

 シュウは太鼓判を押しながらレリアの頭に手を載せる。彼女は嬉しそうに目尻を緩めながらも、表情を引き締めて頷き返してくれた。


 その頃、アズールは颯爽と学院の中を歩いていた。

 黒髪を波打たせ、悠然と廊下を闊歩しながら、思うのは先ほどのこと。思い出すだけでも込み上げてくるのは、激しい怒りだった。

(身の程を知らない小娘のくせに……生意気を抜かす……!)

 レミア・ルマンド。その名はさすがにアズールでも聞いたことがある。

 学院始まって以来の天才。斬新な魔術式を考案したりと、講師陣の覚えもめでたい。そのため、彼女はどこかの魔術の研究室に所属すると思っており、アズールと関わるとは思っていなかった。

 だが、まさか彼女がシュウに弟子入りし、あまつさえシュウがそれを認めるとは……。

 苛立ち交じりに足音を鳴らして廊下を大股で歩くと、通り過ぎた生徒がいそいそと距離を取る。それに構わず、アズールはずんずんと廊下を歩いていく。

(どちらが実力を知らないのか……あの娘は知らない! シュウ殿がこの学院の講師に収まる器ではないというのに……っ!)

 最初の出会いは、体術の講義。アズールは彼の身のこなしを見て興味を覚えた。腕を立つ生徒であっても息を切らさずに一蹴してしまう。聞けば、彼はベジャーム流の皆伝を得ているという。

 ならば、彼を打ち倒して自身に箔をつけよう。そう思って彼に挑み――見事に、返り討ちにあった。彼女の攻撃は、掠りともしなかった。

 そして、悔しさに打ち震える彼女に、彼は苦笑いを浮かべて告げた。

『その意気込みは買うが、俺に勝とうなんざ十年早い』

『くっ……なら、いずれ、貴様を打倒すッ!』

『ほう? いい度胸だな。なら、いつでも来るがいいさ』

 彼は不敵に笑みを浮かべると、自信を揺るがせずに挑発するように告げる。

『もし、俺を負かすことができれば、なんでもくれてやるぞ』

『……なんでも、か?』

『ああ、皆伝でもこの太刀でも好きな望みを言え。俺にできることなら何でもしてやる。ま、できるものならだけどな』

『……抜かしたな。その言葉、後悔するなよ』

『するものか。俺はまだ、アズールに負けるつもりはないからな』

 そう言うシュウは自信に満ち溢れ、それがますます気に喰わなかった。

 だが、事実、彼は強かった。腕を上げたと実感しても、それを上回る剣術で圧倒してくる。彼の扱う変幻自在の太刀筋に、いつもアズールは翻弄されてしまう。

 彼女が実力をつけるたびに、彼の実感を思い知らされる。

(剣術だけで言えば……彼の右に出る者はいないのではないか)

 だからこそ、次第に夢想するようになる。

 アズールが卒業した後、軍に所属して一隊を率いるようになったとき、彼が傍にいてくれれば、どんなに素晴らしいことだろう。

 大局を見る目もあり、知識もある。さらに剣術は言うまでもなし。

 彼が副官として傍にいれば、どんな軍功も立てることができるはずだ。

 そう思うと、次第に彼の見る目が変わってくる。

 その憎々しかった不遜はどこか頼もしく思え、その鮮やかな太刀捌きは美しささえ覚えてきてしまう。シュウのことを、認められるようになってきた。

 だからこそ――今は、思う。

(皆伝などいらない。最強の剣術もいらない――シュウ殿さえ、いれば)

 ぐっと拳を握りしめながら、深く息を吸い込んだ。

 怒りをしまい込み、冷静になる――これは、チャンスだ。

 客観的に見れば、シュウよりもレリアの方が勝ちの目がある。その中で彼女を打ち負かせば、彼に言うことを聞かせることができる。

(そのときは、シュウに講師を辞めさせ、私の副官とする……あの剣を、私の者に)

 込み上げてくる激しい闘志を胸にしながら、アズールは足を鍛練場に向ける。一刻も早く、剣を握りたい気分だった。


 そして――運命の日は、すぐに迎えられた。

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