第3話 一触即発
「ん……っ! 今日の授業終わり……!」
「お疲れ様、レリア」
とある昼下がり、大教室の一角でレリアはぐっと背伸びをする。隣に座った友人のイルゼはくすくすと笑みを見せながら教材を片付ける。
レリアも笑みを返しながら伸びをした腕を下ろし、思わず顔をしかめる。
「あいたた……うう、筋肉痛……」
「大丈夫? そっか、先週から鍛練続けているよね」
「あはは、うん、お師匠様に認めていただけたし」
軋みを上げる腕をさすりながらレリアは小さく苦笑いを浮かべる。
先週から始まった鍛練。それは優しく丁寧な指導だが、かなり厳しいものだった。
毎朝、雑巾がけから始まり、その後に走り込みと素振り。その傍でシュウも共に鍛練に付き合ってくれている。
漫然と木刀を振れば、一瞬でシュウは気づいて視線を投げてくる。それだから一瞬たりとも気が抜けず、全力で鍛練に打ち込み続けているのだ。
「大変だね、レリアも」
「好きでやっているからね。んしょ、と」
頷きながら教材を片付けようとして、ふと指先をペンに引っ掛けてしまう。机から転がり、落ちてしまうペン。反射的にレリアの指先が魔法陣を描く。
指先の軌跡が光を放ち、魔法陣を浮かべる。そこから発生した念力がペンを引き寄せる。指先でそれを摘まむと、イルゼは感心したように手を叩く。
「さすが、成績主席」
「これくらいイルゼでもできるでしょう?」
「でも、咄嗟にそんな魔法陣を描けないよ。魔力も一瞬では練られないし」
「慣れればできるって。鍛練あるのみ、だよ」
レリアは励ますように言いながら、教材を鞄に閉まって立ち上がる。イルゼはそれに続きながら、そうだね、としみじみと頷く。
「私も行きたい研究室に行けるように、頑張らないと」
「イルゼは、ブラームス先生の研究室希望だっけ」
「うん、ブラームス先生は誰でも歓迎するわけではなくて、試験を課すから。魔術実技と座学……頑張らないと」
「その意気だよ、イルゼ」
拳を握って励ますレリアに、イルゼは嬉しそうにはにかんで頷いた。
「これからレリアはナカトミ先生のところ?」
「ううん、お師匠様は次の時間、講師会議だから」
「あ、そうなんだ。じゃあ、レリア、お茶しに行かない?」
「うん、いいわね。あ、お師匠様から街のいいお店教わったから行かない?」
「本当? じゃあ、行こっか」
レリアとイルゼは談笑しながら教室から出て、廊下を歩き――。
ふと、別の教室から出てきた、一人の女性と目が合う。
黒髪のキツイ吊り目の女性……アズールだ。向こうも気づき、唇を引き結ぶ。
「あ……」
「……む」
思わず視線がぶつかり合う。レリアは気まずく思いながら会釈すると、アズールは辺りを見てからレリアの方へと歩み寄ってくる。
そのまま、レリアの眼前に立つと、毅然とした声を掛けてくる。
「ルマンド殿、今、時間はよろしいか」
掛けられた声は質問口調ではあるものの、有無を言わせぬ迫力がある。レリアもわずかに気圧され、傍にいるイルゼはその迫力に怯えたように顔を俯かせてしまう。
(……う……あまり、今は関わり合いたくないけど)
ここで避けるのは、あまりよくない気がする。
仕方ない、と腹をくくると、ちらりと横のイルゼを見やって告げる。
「ごめん、イルゼ。また今度でいい?」
「う、うん……分かった」
「うん、じゃあまた明日ね」
レリアは笑いかけながら目線で、行って、と促す。イルゼは小さくこくりと頷くと、逃げるような足取りでその場を離れる。
レリアはアズールに視線を戻すと、軽く頷いた。
「大丈夫です。行きましょうか。アズールさん」
「感謝する。では、向こうで話そう」
礼を言うものの、感謝の念は感じさせない口調だ。
(お師匠様が言っていたけど……本当に、軍人みたい)
あまり、いい心地はしない。レリアは聞かれないようにため息をこぼしながら、前をずんずん行くアズールの後ろについて歩いていった。
辿り着いたのは、屋外だった。
あまり来ない、広々とした運動場を見やり、レリアは軽く眉を寄せる。
(ここは、確か主に戦闘訓練で使うところ……)
時々、シュウもここで体術訓練の講義を取っているが、主に使うのは軍人養成する研究室だ。魔術戦闘など、派手な魔術をここで行使する。
そのため、所々に焦げ跡が残る運動場――そこでアズールを振り返る。
鋭い眼光が刺すようにレリアを睨みつけて口を開く。
「単刀直入に言おう。ルマンド殿。研究室を、辞めろ」
その言葉にレリアは目を見開く。正直、予想はしていたが、まさかここまで直球に言葉を投げかけられてくるとは思わなかった。
そのレリアの沈黙にかぶせるように、アズールは言葉を続ける。
「貴様のような生半可な実力では、シュウ殿の剣を学ぶに能わない」
「……随分と、はっきり言ってくれますね。アズールさん」
レミアの静かな声に、ふん、と彼女は鼻を鳴らし、つまらなさそうに告げる。
「自明の理だ。そもそも、体力の時点で貴様は不足している。そもそも、魔術で秀でている貴様が何故、剣術を学ぶ? 全く以て理解できない」
「理解できなくて結構。お師匠様は、全て理解されています」
素っ気なく言葉を返すレリアに、アズールはわずかにこめかみをぴくりと動かす。
「……ふん、抜かす。シュウ殿の優しさに胡坐をかくつもりか。あの方も存外、甘い」
「よく言いますね……何様のつもりですか。貴方は」
「いずれ、彼を越えるものだ」
「貴方こそ、よくもそんな大言を抜かしますね……」
だんだん、彼女の尊大さに腹が立ってきた。苛立ちを抑えきれず、レリアは込み上げてくる怒りを載せるように声を徐々に低く押し出す。
「第一、師弟関係についてはお師匠様と私との問題です。完全な部外者であるアズールさんに横槍を入れられる筋合いはありません」
「……完全な、部外者、だと?」
「ええ、お師匠様の弟子でもない、アズールさんに何が分かりますか」
出会ったときから感じていた苛立ちをはっきりとぶつけていく。最初の不遜な態度から気に入らなかった。剣の腕前は確かだから、少し遠慮したが。
向こうが遠慮なく言うならば、こちらも容赦はしない。
(何よりお師匠様を『甘い』なんて斬って捨てるなんて……)
この人にお師匠様の優しさが分かっていないのか。噴き上がるような怒りを滲ませ、レリアはアズールを睨みつける。
「そんな身の程を知らないからこそ、お師匠様に勝てないのではないですか」
「な……にを、貴様……分かったような口をッ」
アズールは噛みつくように声を荒げる。吊り目から放たれる視線が徐々に剣呑さを帯びていく。だが、レリアも負けじと張り合うように睨みつける。
「お師匠様の剣は私の知り得る限り、どんな魔術を上回る剣術。それを体感できず、いずれ彼を越えるとは……笑止千万極まりないです」
「貴様……後悔するなよ? そこまでの無礼を言われて、捨て置けると思うな」
二人の少女の間で殺気が立ち上る。レリアとアズールの右手がぴくりと動きかけ――。
瞬間、鋭い風切り音と共に、何かが目の前に突き立った。
「ッ!」
二人の気が一瞬逸れる。その瞬間、横合いから落ち着いた声が響き渡った。
「そこまでだ。二人とも。その殺気、学院で出すには些か濃すぎるぞ」
その穏やかながらに、芯のある声にレリアの背筋が思わず伸びる。恐る恐る振り返ると、歩み寄ってくる一人の男性の姿がある。
精悍な顔つきをした東方の剣士にして、レリアの師匠のシュウがそこにいた。
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