第4話 生徒を交えてお茶会を
ふと、頭上から鐘の音が響き渡る。おっと、とユーシスは軽く眉を寄せる。
「もうこんな時間か。シュウ、この後の講義は?」
「ないよ。俺はユーシスほど忙しくないし」
「はは、僕もそこまで忙しくないんだ。なら、もう少しゆっくりしていかないかい? そのルマンドさんとの話を聞きたいし」
「聞いてもそんな面白くないぞ。全く」
そう言いながら店員を探すべく視線を上げ――ふと、入り口から入ってくる少女に目が引かれる。彼女もまたすぐにシュウに気づき、ぱっと顔を輝かせた。
傍にいる友人の手を引き、早足でシュウの方に近づいてくる。
「噂をすれば、だね。シュウ」
ユーシスの冷やかしに肩を竦めながら答えると、歩み寄ってきたレリアは笑みを浮かべると丁寧に一礼した。
「先生、こんにちは。先生たちもお茶ですか?」
「まぁ、そんなところだ」
「こんにちは。ルマンドさん、それと……イルゼ・モルグさん、だったかな?」
ユーシスがレリアの傍の少女に声を掛ける。それに驚いたように彼女は目を見開く。
「よくお分かりですね。ブラームス先生」
「ん、僕の授業を受けている子は名前を覚えないとね」
「先生は初めてですよね。私の友人のイルゼです」
レリアに紹介され、イルゼはおずおずと前に進み出てくる。
茶髪に眼鏡をかけた、大人しめの少女のようだ。少しおどおどしながら、茶髪の三つ編みを軽く揺らして頭を垂れる。
「ど、どうも……ナカトミ先生」
「ああ、初めまして。ショウ・ナカトミだ」
「レリアから、お話は聞いています……剣術の達人、だとか」
「未熟な剣だけどな。立ち話も難だから、座るか? 二人とも」
ショウは隣の席を視線で示す。レリアは嬉しそうに目を細めて悪戯っぽく言う。
「いいんですか? 先生」
「断ってもどうせ、質問がある、とか言って座るんだろう?」
「さすが、私のお師匠様。分かっていらっしゃいますね」
「だから弟子にした覚えはない」
「むぅ、今日もダメですか……」
残念そうにレリアは吐息をつくも、その目つきはとても楽しそうだ。
「ブラームス先生、お邪魔してもよろしいですか?」
「うん、いいよ。二人は何を注文する?」
ユーシスはすぐに手を挙げて店員を呼ぶ。二人は紅茶を頼み、ショウとユーシスはコーヒーのお代わりを頼んだ。
それを待つ間にレリアとイルゼは隣のテーブルをくっつけ、その椅子に腰を下ろした。シュウの隣に腰を下ろしたレリアに、ユーシスは興味津々に声をかける。
「ね、ルマンドさん、シュウに弟子入りするって本当なのかな」
「はい! 先生はまだ受け入れて下さいませんが」
「うーん、勿体ないな。この前の論文も面白かったのに。ルマンドさんには是非とも魔術の研究をして欲しいんだけど」
「あはは、お言葉ですけど……」
レリアはふるふると首を振り、やんわりと断る。ユーシスは少し残念そうに眉を寄せるが、一つ頷くとにこりと微笑む。
「まぁ、確かに研究室を選ぶ自由は生徒にあるからね。残念だけど、ルマンドさんの意志を尊重するよ」
「ありがとうございます。ついでにお口添えいただけますと」
「ちゃっかりしているねぇ……ということだけど? シュウ」
「前向きに検討しよう」
「それ検討する気ないよね、シュウ」
ユーシスがやれやれと肩を竦めると丁度、そこに四人分の飲み物が運ばれてくる。いただきます、とレリアとイルゼは丁寧に手を合わせて紅茶を口にする。
シュウもコーヒーを口にしながら、二人に視線をやる。
「二人は講義終わりか?」
「はい、それでイルゼと史学についてお話ししようかと」
「史学?」
「イルゼは史学全般に詳しいので」
レリアはそう言うと、イルゼは恐縮そうに肩身を狭めて恥ずかしそうに笑う。
「先生に詳しいというのはおこがましいと思いますが……」
「ううん、僕は薬学専門だから詳しいわけではないし、シュウも詳しいのは東方くらいだよね?」
「ま、祖国の歴史ぐらいを一応、把握しているくらいだ。王国の歴史には明るくない……だけど、レリア、史学に興味があるのか?」
「どんな学問でも興味はありますよ。特に、お師匠様の剣術には」
「なるほど、師匠の顔が見てみたいな」
「もう、先生はぁ……」
レリアが頬を膨らませ、シュウは少し口角を吊り上げる。
このやり取りもだいぶ慣れてきてしまった。そのやり取りで少し緊張がほぐれたのか、イルゼはおずおずとシュウに声をかける。
「その、先生は剣術に詳しいのですよね」
「ああ、一応それ専門だからな」
「でしたら……この国の剣術も、学ばれたんですか?」
「ああ、もちろん。べジャーム流とリュラ流は皆伝をいただいた」
「え……すごいですね! 先生っ」
レリアが目を輝かせて食いついてくる。感心したようにイルゼも頷く。
ユーシスは理解できず目をぱちくりさせながら、隣のイルゼに声をかける。
「モルグさん、その今の流派って?」
「建国時から王国に伝わる剣術です。特にベジャームは、魔王を倒して王国を築いた勇者が興した剣術でして、これで勇者は魔王を滅ぼしたと言われます」
「ああ、確かに勇者の名前はベジャームという名だったね」
「はい、魔王はどんな魔術でも、どんな刃でも傷つけられなかった。それを滅ぼしたことで名声を上げ、ベジャーム流剣術の名は広がりました。王国の剣術といえば、まずベジャームの名が挙がります。それの皆伝をいただいているなんて」
「さすがですね。先生……!」
生徒二人の感心したような眼差しにシュウは思わず苦笑いを返す。
(実際は、そこまでベジャームの剣が強いわけではなかったからな……)
そもそも、王国は魔術が主流だ。戦力で見れば、魔術の方が便利で威力もあり、多くの人数を相手にできる。だからこそ、剣術は流行らない。
この王国でもベジャームやリュラを含めても、数えるほどしか剣術の流派はないのだ。
「さすが先生、すごいです……ますます弟子入りしたくなりました」
だが、レリアからしてみれば、すごいことらしい。いつにもまして熱っぽい視線を向けられてくる。イルゼも興味が湧いたのか、少し身を乗り出しながら訊ねてくる。
「先生はどうしてそこまで剣術を? ぜひお聞かせいただければ」
「あ、私も聞きたいです! お師匠様」
「だから師匠じゃないだろう……全く」
「いいじゃないか。僕も興味あるな、ショウ」
「ったく、ユーシスまで……」
それでもこうやって生徒から質問されるのは、悪い気はしなかった。
シュウは軽くコーヒーで唇を湿らせると、生徒たちの質問に一つ一つ答えていった。
鐘の音が鳴り響く音で、話し込んでいたショウたちは我に返った。
「もうこんな時間……すみません、先生、大分お時間を取らせてしまって」
「いや、こっちも楽しかったよ。剣術の歴史まで語り出すとキリがないな」
「本当に。おかげでこちらも楽しかったです」
全員、次の講義があるのか、順々に席を立つ。ショウはすっかり冷めたコーヒーを飲み干すと、そのまま伝票を手に取る。
「あ、先生、私たちの分は……」
「ああ、気にするな、奢られとけ」
ショウは手を振って笑いかけ、ユーシスもそれに続きながら訊ねる。
「それに、キミたちはこの後、講義があるんじゃないかな? 遅れないようにもう行った方がいいと思うよ」
「あ、そうだ。イルゼ、行こっか」
「うん。先生方、ありがとうございました」
二人は丁寧に一礼をしてからその場を後にする。その後ろ姿を見ながら、ユーシスは満足げに小さくつぶやく。
「真っ直ぐな子で、本当に頭がいい」
「同感だ……悪いな、ユーシス。付き合わせて」
「ううん、僕も楽しかったから。ただ、少しだけ気を付けた方がいいかもね。シュウ」
「うん?」
シュウは先に歩き、店員に伝票を渡す。財布を取り出しながら、横目でユーシスを見ると彼は困ったような笑顔を浮かべていた。
「彼女は全校の講師が注目し、常に欲しがっている生徒だからね。そんな彼女が、無名の講師の、それも魔術に関係のない研究室に入ろうとしている――そんなことが他の講師の耳に入るのも、時間の問題だと思う」
「……それも、そうだな」
「過激なことをする講師はいないとは思うけど。でも、嫌がらせとかされるかもしれないから、身の回りは気をつけた方がいいと思うよ」
とはいえ、とユーシスはやれやれと軽く肩を竦める。
「キミに手を出した奴はみんな後悔するだろうけどね」
「そんな鬼みたいに言ってくれるな」
シュウは店員からお釣りを受け取ると、店の外に出る。ユーシスはその横に並びながら懐から財布を探る。
「ごめん、お代を払っていなかったよね」
「気にするな、いつもユーシスに奢られてばかりだし」
「ふふ、一応、僕の方が先輩講師だしね。同い年とはいえ」
ユーシスはくすりと笑いをこぼすと、ん、と頷いて財布を探る手を止める。その手で軽くシュウの肩を叩いて笑いかけた。
「じゃあ、借り一つだね。何か困ったことがあったら言って欲しいな」
「ああ、助かる」
じゃあこれで、とユーシスは軽く手を振ってその場を後にする。
(……本当、頼りになる先輩だよな)
シュウが頼りやすいように、ここを借りにしてくれたのだろう。本当に気配りの上手い先輩だ。それに、目端も利く。
だからこそ、彼が告げた忠告は気に留めておかなければならない。
(研究室に嫌がらせを受けるくらいなら、いいんだけどな……)
シュウは小さくため息をこぼしながら、自分の研究室に向けて足を運んでいた。
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