第3話 ユーシスとの茶会

「はは、そこまで熱心に弟子入り志願されるとは生徒冥利に尽きるな。シュウ」

「笑い事じゃないんだが……ユーシス」

 軽やかな笑い声が響き渡ったのは、昼下がりの食堂だった。

 全面ガラス張りの瀟洒な建物。差し込む陽光が穏やかで心地がいい。秋晴れになった空の下のカフェテラス――そこでシュウは一人の男性とお茶をしていた。

 目の前で笑みをこぼす男をシュウは半眼で見やると、彼は笑みをかみ殺しながら、悪い、と軽く頭を下げた。褐色の髪がさらりと揺らした彼は穏やかに目を細めて言う。

「でも、悪い話ではないじゃないか。安心したよ。シュウも生徒に慕われているみたいで」

「ユーシスには及ばないけどな。魔術薬学部の秀才講師殿」

「はは、秀才なんてお世辞が過ぎるよ」

 涼やかに整った顔に苦笑いを浮かべるユーシス・ブラームス。

 彼はシュウと同じくこの学園の講師であり、魔術薬学を専門としている。人当たりがよく付き合いがまだ一年ほどのシュウにもお茶に誘ってくれるほど気配りがいい。

 今回のように雑談交じりに、仕事のことで相談に乗ってもらうこともしばしばだ。

 その器量の良さは学問にも活かされており、シュウと同じ二十代半ばだが、すでに研究室を構えている。

 秀才というのはお世辞でも誇張でもないのだが、彼は笑ってそれを否定する。

「全く相変わらず謙虚だな。ユーシスは」

「ふふ、一応お礼は言っておくね。あ、シュウ、水いる?」

「ああ、ありがと」

 空になったコップにユーシスは水を注ぎながら、わずかに首を傾げて言う。

「しかし、確かに変な話だね。ルマンドさんの成績なら研究室は選びたい放題で、どんな魔術だって研究できそうなのに」

 そう言いながらユーシスは懐から手帳を取り出す。メモを挟み込んで分厚くなった手帳をぱらぱらとめくり、彼は目を通していく。

「えっと……ルマンド、ルマンド……ああ、僕の授業も何度か取っていたね」

「お、ユーシスの授業も受けていたんだ」

「ん、そうだよ。彼女が主にセンスを発揮するのは、魔術式の作成だよ」

「魔術式か」

 シュウも剣術講師とはいえ、魔術についてある程度知識はある。

 魔術に必要なのは、魔術式と言われる紋章だ。それを中空に描き、文字、記号、模様を組み合わせて魔術式はできあがる。

 そこへ体内で練り上げた魔力を流し込むことで、魔術を発揮できる。

 魔術式の形次第で、起こる事象を細かく設定することができ、日々、魔術師たちは既存の魔術を越えるような魔術式の研究に励んでいる。

「彼女は在籍してから、その魔術式の研究について舌を巻くような発想を持っている。さまざまな研究にも熱心で、僕の薬学の授業の他にも、史学の授業を積極的に取っているみたいだね」

「らしいな。東方文化論の授業も聴講していたし」

「勉強熱心な子なんだね。だからこそ、シュウに弟子入りする理由が分からないけど」

 ぱたんとユーシスは手帳を閉じ、懐に収める。シュウはため息をこぼしながらコップの水を飲む。

「それなんだよな……全く、なんでだろうな」

「理由は聞かなかったのかい?」

「ん……俺の剣筋が好きなんだと」

「へぇ、一目惚れか。それなら仕方ないね。罪な男だ」

「茶化すなよ、ユーシス」

「ふふ、ごめん、ごめん」

 彼は口元に手の甲を当てて笑みを隠す。少し格好つけた仕草だが、彼がやると嫌味なくごく自然に感じる。彼は少し考え込みながら、ふむ、と一つ頷く。

「それも理由の一つなのだろうけど……そこまでぐいぐい来るなら、もっと別の理由があるのかもしれないね。どうしても学びたいことがあるとか」

「学びたいこと……って、俺には剣しかないけど」

「剣を通じて何かを会得したいとか? ほら、東方の剣術にはゴクイ、という必殺技があるらしいじゃないか」

「そんな便利なものでもないんだがな……」

 剣の極意は、一言で語るのは難しい。シュウが口ごもると、ユーシスはそっか、と頷いて彼の顔を見ながら話を変える。

「じゃあ、シュウはルマンドさんを弟子にしないのはなんで? 聞いている限り、すごく真剣なんだから、別にしてあげてもいいと思うけど」

「まぁ……そう、なんだが」

 言葉を濁しながら、シュウはコップに手を伸ばして水を口に運ぶ。

 ユーシスの言うことは正しい。真剣に剣術を学びたい、というのならばやぶさかではないのだ。それならこちらも全身全霊で受けて立つ。

 もし、彼女が普通の学生だったら遠慮なくシュウはそうした。

 だが、レリアという存在は違う。誰もが羨み、欲しがる才能を持っている。

 だから、ためらってしまう。

「……彼女が、俺なんかの弟子にするのは、勿体ない気がする……あの子が、輝ける場所はこんなところじゃない気がして……」

 シュウはそう言いながらため息をこぼすと、ユーシスは小さく笑みをこぼして頷いた。

「……シュウは、生徒想いなんだな。相手の進路のことを考えて」

「それが、講師としての役目だろう?」

「うん、そうだね。キミの義理堅いところは素敵だと思うよ」

 ユーシスはくすりと笑みをこぼすと、ふと何か思いついたように傍らの鞄に手を伸ばす。

「そうだ。そういえば確か……あった。これだ」

 取り出したのは、分厚い紙束だ。ユーシスはそれを差し出しながら告げる。

「この前、別の学科でルマンドさんが提出したレポート。とても斬新な内容だったから、僕も写しを作って目を通していたんだ。シュウも読んでみれば?」

「……俺でも理解できるか?」

「まぁ、魔術の基礎が分かっていれば理解できると思うよ」

 ぜひ、とユーシスの目が促してくる。シュウは手を伸ばしてそれを受け取って表題に目を向ける。術式についてのレポートのようだ。

「じゃあ、じっくり部屋で読ませてもらうよ」

「うん、彼女のことをよく知って、シュウは答えを出せばいいと思うよ。こうなったら、もう二人しか答えは出せないのだから」

「ま、そうなんだよな……悪い、愚痴に乗ってもらって」

「いいさ、先輩らしいことをしてみたかったし」

 彼はにこりと笑みを浮かべる。やはり嫌味にならない爽やかな笑顔だった。

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