第29話 ずっとさえこのたーん

「ニールさんとトッピーさんは少しここで待っていてもらえますか?」

「危険だ」

「ほら、ここに可愛らしい護衛がいますし、大丈夫です」

「……分かった。しかし、俺から見えるところにしろ」


 かなり間が空いた後、ファフニールが渋々了承する。

 それほど心配しなくても大丈夫だと思うの。二人から私に向けた敵意を全く感じないから。

 エルフの美形は元々落ち着いた感じだし、少年の方は何だかソワソワしている。

 初めて出会った人間らしき人なのだもの。お話しが全く通じないってわけじゃないし、強引だけどお茶に誘ったら「いいよ」と言ってくれたもの。

 

『サエコは任せろもきゃ』

「ふん。お前はともかくスレイプニルは勇敢な戦士だ」

『もっきゃああ! 口の減らない奴もきゃ』

「にゃーん」


 ぷんぷんしているルルるんを特になだめもせず、二人をファフニールが作ってくれたテーブルセットにまで誘う。

 

「こんなところでお茶なんて正気かよ」

「ま、座って座って」


 短期な少年をなだめ、まあまあと座らせる。

 一方で美形エルフは何も言わず言われた通りに椅子に腰かけた。

 その所作は雅で後ろに花が咲いたような絵を幻視するほど。

 

「ジェラール。この方は」

「この方って? そんな特別な子なの? ちょっとだけ可愛いかもしれないけど、ちょっとだけだし」


 むきいい。失礼ね。

 もっと褒めてもよろしくってよ。

 あ、そうかあ。むふふう。少年は思春期独特のあれね。あれよあれ。

 素直じゃないやつよ。本当は美少女にドキドキしているの。

 あれ、この二人っていけない関係じゃなかったっけ。お手手を繋いでいたし。

 

「ジェラール。ここは結界です。空気が変わったのが分かりますか?」

「んー。何となく?」

「邪黒竜の領域にありながら、ここまで清らかな結界を張ったその人こそ、この方で間違いありません」

「え、そうなの。この子、そんなすごい子なの? あまり賢そうな顔してないけど」


 むっきいいい。失礼ね。マジ失礼しちゃうわ。

 あ、そうかあ。これって、少年期独特のあれね、あれよ。

 好きな子には意地悪しちゃいたくなっちゃうやつ。うんうん。

 あれ、この二人っていけない関係じゃなかったのかな。あれれ。うーん。

 佐枝子の妄想に歪みが生じてきたかもしれないわ。


「あ、あのお。つかぬことをお聞きしますが」

「私にですか?」


 そうです。あなたです。ツンツン頭くんだとちゃんとした答えが返ってこないと思いますのですますはい。

 しかし、つい口を出たものの、聞いちゃっていいのか迷う。

 え、ええい。女は度胸、そうよね隊長。

 振り向かないことよね。そうよ、そうなのよお。

 

「先ほど手を繋いでいたのは」

「そのことですか、私の転移術です。失礼ながらあなたの結界……いえ聖域に不躾にもお邪魔してしまいました」

「転移術?」

「転移術は私に触れている者ごと転移させる風の精霊魔法です」

「そ、そうだったのですか。だから手を」


 あれえ、私の勘違い? でもしっかりとお手手を繋いでいたんだもの。

 そう思われても仕方ない。うんうん、仕方ない。

 佐枝子の妄想力が豊かなわけじゃないのさ。

 私の内心など露知らぬ美形エルフは静かに頷き、ペコリと頭を下げる。


「はい。あなたの聖域に無断で入ったこと、お詫びいたします。ですが、邪黒竜の気配を感じたもので」

「転移術があるのでしたら、一息に転移すればよかったのではと思ったり思わなかったり」

「風の精霊は気まぐれなのです。短距離しか転移することができません。それでも崖や難所を軽く突破することができます」

「説明ありがとうございます。少しだけお待ちください。すぐに戻ります」


 彼らが動いちゃうかもしれないから、ルルるんをテーブルの上に放置し白猫と一緒にキッチンに向かう。

 『俺様を置いていくのかもきゃー』とか全身の毛を逆立てていたけど、「見張りは彼らにでしょ、だからルルるんなの」と返したら『もっきゃもっきゃ』とご機嫌だった。

 ちょろい、所詮は愛玩動物だな。けけけ。

 ルルるんが肩に乗ったままだと、毛がコーヒーに入っちゃうかもしれないでしょ。

 

 インスタントコーヒーに牛乳をドバドバいれてっと、ツンツン頭くんはお子様だから砂糖もたっぷり入れましょう。

 よし、これで。

 お盆にマグカップを三つ乗せて、彼らの元に戻る。

 

「ちょっと、お前」

「お前じゃないわ。佐枝子よ。小鳥屋佐枝子」

「サエクオ? 何をしたらそんなに濡れるんだ?」

「え、それはまあ、企業秘密よ」


 平静を装ったものの、やっぱり誤魔化せませんでしたーと内心舌を出す。

 コーヒーを入れました。それでですね。最初は牛乳と砂糖を分けて持っていこうとしたわけですよ。

 ね、隊長?

 うむうむとふんぞり返ったまま頷く隊長に相槌を打つ。もちろんこれは心の中の映像である。

 アツアツのお湯を入れたばかりのマグカップを掴んだ佐枝子は、熱さに耐え切れずマグカップを離してしまった。

 哀れ倒れるマグカップ。そして、ワンピースが茶色く染まる。

 ぎょえええとなるも後の祭り。慌ててゴシゴシしたんだけど、そうよ、これは花柄よと誤魔化すことにしたのよ。

 ゴシゴシした時に濡れた服がまだ完全に乾いていないだけ。

 これで学習した私は牛乳をドバドバといれ温度を下げることにしたってわけ。

 「佐枝子」

 「何? 隊長」

 「マグカップの取っ手を掴めばいいんじゃないか?」

 「……隊長。もう済んだこと。振り返らないものよ」

 「そうだな。勇気をよろしく!」

 隊長が白い歯を見せ、佐枝子を見送ってくれた。

 

「俺はジェラール。こっちがエルファンだ」

「ジェラールにエルファンさんね」

「エルファンには丁寧なのに俺にはこうかよ」

「嫌なの? もうちょっとダンディな大人になったら、ジェラールさんって呼んで、あ、げ、る」

「別にいいよ。呼び捨てで。その方がいい」


 あらあら、目を逸らしちゃって。仕方ないわねえ。だって私、美少女だから。

 ニヤニヤしながら、彼を上から目線で見ていたらエルファンが何か言おうとして口を結んだことが目の端に映ったの。

 あ。ああああああああ。


「もうう。ジェラールのえっちい」

「何がだよ!」

「あれ……」

「意味が分からねえ。だいたいなんだよ。俺たちを呼び止めたと思ったら、こんなんだし」


 違った。違ったみたい。

 佐枝子だけ? みんな気が付いていないの?

 気が付いているよね。

 コーヒーをこぼしたのよ。キッチンで。それがワンピースにどばしゃーんっていったのよ。

 キッチンの高さからして、濡れるとしたらどの辺か想像がつくでしょ?

 そうなのよ。佐枝子のパンツが薄っすらと見えているのよおお。

 色は……自主規制。恥ずかしい。だって乙女だもん。

 それなのに、それなのに、このツンツン頭は!

 単に「呼び捨てで」って自分で言っておいて照れただけだったなんて。

 

「争いはダメ。ダメよ。二ールさんは心優しい人なの」

「唐突だな、ほんと意味が分かんねえ」


 あれ、本題に入ったつもりだったのに。おかしいな。

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