第30話 冷蔵機能付きの猫
「ニールって誰だよ」
「そこから!」
何のかんので唐突だろうが何だろうが付き合ってくれるツンツン頭くんは悪い子じゃない……と思う。
よおし、知らないのなら語ってあげましょうか。
ファフニールのことを。
うふふ。語り出したら止まらないわよ。私。
「さっき会っていたでしょ。あのクールで鋭い顔をしたイケメンさんよ」
「邪黒竜のことか!」
「もう、ちゃんと名前で呼んであげてよお。彼にはちゃんと名前があるの。ジェラートだって名前じゃなく人間とか呼ばれると嫌でしょ?」
「そらまあ。そうだな」
「でしょー」
さすがジェラート。おいしそうな名前をしているだけあるわ。
ジェラートかあ。そうだ。白猫のカチンコチンを使えば、アイスクリームを作ることができるんじゃない?
「それと、俺はジェラールな。ジェラートじゃない」
「あ、そうだったかしら。おほほほほ」
「何だよもう。調子狂うな」
「えへへ。さっき、ジェラールはニールさんを押し倒そうとしていたでしょ」
「その言い方はやめろ!」
あらあら、顔を真っ赤にしちゃって。
恥ずかしいの? 指先までプルプルしちゃってまあ、初々しいこと。
でも、彼には美形エルフがいるじゃない。
その妄想はもういいって? そんなあ、隊長。これが楽しいんじゃない。
乙女の秘密よ。
隊長は振り返らない人だから、私の勘違いだったという件も振り返らないと思っていたのに、全くもう。
融通が利かない不器用な人なのね、隊長って。
でもそこが男らしいかも。
渋い中年である隊長は思いっきり顔をしかめ、しっしと手を振る。
何よお、もう。
そうだったわ。私にはツンツン頭のジェラートくんがいるじゃない。
彼と会話している最中だったわ。ダメよ、佐枝子。妄想に花を咲かせ過ぎたら。
「それで、ジェラート……ジェラールはニールさんに何用なの?」
「邪黒竜……分かったってその目をやめろ。ニールは不作を運ぶ、だから俺たちは来たんだ」
「んー。ニールさんが? ニールさんの管理する地域って、『領域』の中だけよね? ジェラールの住む土地は『領域』の中なの?」
「違う。だけど、邪黒竜が干ばつをもたらしたんだ」
ファフニールにそんな力があるんだろうか?
もしあったとしても、彼が「農地に干ばつ」をなんてことを望むなんて思えない。
彼がただ存在するだけで災害をもたらす、ということ?
そんなの悲し過ぎる。たとえそうだとしても、私はファフニールの味方でいたい。
見知らぬたくさんの人より私はファフニールを選ぶわ。
ファフニールに対してだけじゃない。ルルるんだって白猫だってそう。
私は見えない誰かより、今ここにいる人たちを取る。
うーん。ファフニールに面と向かって災害のことを聞いても素直に教えてくれるとは思えないし。
嘘でも「そうだ」なんて言っちゃうかも。
あ、ピコーン。
佐枝子、いいことを思いついちゃった。
机の上でリンゴをかじかじしているフクロモモンガよ。
もきゃもきゃ邪魔してこないようにリンゴをあげたのよね。
「ルルるん」
『もきゃ?』
「ニールさんって、台風を呼んだり、干ばつをもたらしたりなんてできるの?」
『できるわけないもきゃ。そんなこと俺様でもできないもきゃ』
「雨を呼んだりくらいならできそうだけど」
『邪黒竜は生物として俺様とスレイプニルの次くらいに頑強もきゃ。ブレスは強力もきゃ。でも、魔法は殆ど使えないはずもきゃ。少なくとも10年前は』
「戦士系ってことね。佐枝子賢いからすぐ理解したわ」
『理解してないと思うもきゃ。でも、リンゴを食べるのに忙しいからそれでいいもきゃ』
こいつう。素直じゃないんだからー。佐枝子の指摘が的確だったからって逃げたわね。
ルルるんの言葉は半分ほど信用できる……と思う。
会話が通じるのが彼だったから、先に当たりをつけるために彼に聞いたのよ。
本命は私の足もとにいる白猫に決まっているじゃない。
「スレイ。ニールさんは天候操作なんてできないのよね?」
「にゃーん」
白猫が可愛らしく鳴く。
「スレイなら雨を降らすことができたりする?」
「にゃにゃん」
ぶんぶんと首を振る白猫。ついでに尻尾まで振っていてちょっと待って可愛すぎ。
ついつい白猫の頭に手が伸びたのだけど、猫パンチでペシンとはたかれちゃった。
きいい。可愛くない。
「ジェラール、聞いてた?」
「聞いてたけど、猫と変な小動物の言う事なんて」
「違うわ。この子はリンゴ大魔王よ。白猫は頼りになるかもしれない騎士」
「ふーん」
何その目! 疑っているでしょ。
私ももきゃはともかく、白猫がただのにゃんこじゃないってこの目で見たんだからね。
「この子、スレイは氷のブレスを使うのよ。ええと、何だっけ」
「伝説に聞くフェンリルみたいな?」
「そうそうそれ」
「まさかあ」
ちょっとタイム。このまま佐枝子がジェラールと問答を続けるより、白猫に活躍してもらった方が早いわ。
そんなわけで、ボールに牛乳と砂糖を入れてっと。もう一つのボールに卵白を追加し。
「ジェラール。まずはこれをシャカシャカするのよ」
「唐突過ぎてやっぱついていけねえ」
「いいから! ほら、男の子でしょ。こう力強くやっておしまいなさい」
「断ったら断ったでめんどくさそうだな……」
減らず口を叩きながらも、ジェラールは卵白を泡立ててくれた。
いいわ。いい感じよ。
牛乳の入ったボールに泡立てた卵白を投入し、混ぜ混ぜする。
「スレイ、これににゃーんしてもらっていいかな?」
お願いすると白猫はボールを地面に置けと前脚で示す。
私が手を離したところで、白猫がぱかんと口を開いたの。
「にゃーん」
見えない冷気の吐息が吐き出されボールが中身ごと凍り付いた。
「もう、スレイったら。冷やしすぎよお」
「にゃーん」
ボールに手を触れようとしたらぱしっと前脚ではたかれてしまう。
ちょいちょいと器用に肉球の先で凍った中身の方を指すスレイに「はて」と首をかしげる。
あ、そうか!
「冷えすぎてて、金属部分に触れたら指がべりべりいっちゃうってこと?」
「にゃん」
どうやら正解だったらしい。
「冷やしすぎじゃないのよお。でも、そのうちいい感じに溶けてくるかあ。それまで待ってね、ジェラール。エルファンさんも」
「お前、目的が違ってないか……」
もう言葉もないといった風に呆れた感じになるツンツン頭くんにハッとなった。なっちゃったわよ。
そうだったわ。アイスクリームを食べるんじゃなくて、白猫が氷のブレス使えるのって見せたかったんだった。
でも、アイスクリームが食べたい。食べたいの。
目の前にしてそのままなんて酷いわ。
一方でジェラールとは対称的にエルファンの方は顎に細い指先を当て、秀麗な顔を曇らせている。
そして、目をつぶった彼はゆっくりと目を開き静かに口を開く。
「感服いたしました。聖域で聖女に会うだけでなく、あなたのような方にもお会いできるとは」
「にゃーん」
「精霊王が一柱『水の王』よ。属性こそ異なりますが、精霊使いの端くれとしてお会いできて光栄です」
「にゃーん」
え、えええええ。
スレイってルルるんの乗り物じゃなかったの? 冷蔵庫機能付きの。
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