第28話 来客らしいわ

「来る」


 誰に向けてでもなく、ファフニールが小さく呟く。

 キョロキョロした私に対して、ルルるんが「こっちもきゃ」と尻尾で方向を示してくれた。

 

 ん?

 あれ、あの物体、佐枝子知ってる。

 エメラルドグリーンの体表に丸い大きなぎょろっとした目。なによりあのぬめぬめ感を忘れもしない。

 リュートだけじゃなく剣も下げているようだけど。

 

「トッピーさんよね、あれ」

『ん。あの両生類はどうでもいいもきゃ』


 この前振りでカエルファイター「トッピー」が対象じゃないなんて、ご無体な。

 もしかしたらトッピーが闇落ちして、体表の色が変わり「ぐごごごごご」なんて展開になるかも、とか戦々恐々としていたのに。

 でも、トッピーがトッピーのままなら、それに越したことはない。よかったよかった。

 目を閉じて声だけを聞いたら男前のトッピーはいつも通りだったんだ。

 

「トッピーさん、何だか急いでる?」

『カエルなら、ぴょんと跳べばいいんじゃないかもきゃ』

「ルルるん、トッピーさんに辛いわね」

『俺様は魔王なのだもきゃ。偉いもきゃ』

「はいはい。あとでリンゴあげるからねー」

『もっきゃあああ!』


 確かにトッピーなら物凄い跳躍力で一気に進めたりできそう。

 ここに来るまでぴょんぴょんしてきたのかもしれないわね。だって小人の村からここまでは険しい道が続いているんだもの(ラナから聞いた)。

 トッピーなら崖でもぴょーんで終わりよ。すげえ、カエル。両生類万歳。

 あ、噂をすればぴょーんした。トッピーが飛んだよ。クララー。

 

 ドシーン。

 数十メートルは跳躍した。

 ちょうど私の目の前に着地するトッピー。

 

「ファフニール。すまないが、少し隠れていてくれないか」


 開口一番、カエルはそんなことをのたまった。

 

「勇者よ。俺は先日の件でお前とは多少分かり合えた気でいた。しかし、異なったようだな」

「君が強いことなぞ百も承知。だが、コトリの前で……」

「そういうことか。お前の名誉を傷つける発言、すまなかったな」

「もう時がない。何度も説得を試みたのだが」

「笑止」


 ファフニールが悠然と一歩前に出る。

 対峙するトッピーは一歩も引かず、二人の距離が目と鼻の先になった。

 といっても身長差があるから鼻と鼻がくっつきそうな感じにはならない。

 もし同じくらいの体格だったら……きゃあ。

 ごめん、さすがの佐枝子もカエルとなるとレベルが高すぎて無理だったわ。まだまだ修行が足りないわね。

 声だけなら、そうね。

 いける。余裕っす。目をつぶって声だけを想像すればいいのね。

 天才じゃないかしら私。

 クールなファフニールとダンディな紳士の声が応酬し、肉薄する。

 隊長、いいんじゃないでしょうか。

 しかし、心の中の隊長はとっても嫌そうな顔をしてそっぽを向いてしまった。

 どうやら隊長はお気に召さなかったらしい。

 

 一人両手で目を塞いでぶるぶるしていたら、風がそよぎ綺麗に切り揃えた前髪がふわりと浮かぶ。

 人?

 人間が二人、突然目の前に現れたの。

 一人は新緑のローブを身にまとったスラリとした男の人。最初人間かと思ったけど、違う。

 耳が長く、耽美で彫刻のような感じの30手前くらいに見えるイケメンさん。

 佐枝子のファンタジー知識によると、彼はエルフってやつね。

 もう一人はツンツン頭で黒髪の鎧を来た戦士風の男の子。歳は私と同じくらいかな?

 勝気で元気良さそうな躍動感溢れる感じ。こっちはこっちでやんちゃな坊主な雰囲気で悪くはないぞ。

 二人は手を繋いでいるけど、ひょっとして、ひょっとしたらそんな関係?

 私の視線に気が付いたのか、繋いだ手がぱっと離れる。

 

「まだいたのか、カエル。いい加減にまとわりつくのをやめろ」

「君たちこそ。転移を繰り返し、追いかけてきたみたいだが、ここは既に邪黒竜の領域。立ち去るがいい」


 眉をあげた男の子の発言にトッピーが柔らかな声で応じる。

 物腰だけなら、我らが紳士(声だけ)のカエルの方が上手に見えるわね。

 男の子はとっても苛立った様子だけど、トッピーは彼を諭すように落ち着いた様子。

 

「ジェラール。どうやら、彼が私たちの探し人……いや探し竜のようですよ」

「分かるぜ。エルファン。あの男の魔力、これほど巨大な魔力を感じたのは初めてだ」


 二人がいちゃいちゃ盛り上がっているところ申し訳ないのだけど、佐枝子には何が何だか全く分かりません。

 こんな時は、第三者に意見を求めるに限る。

 

「そんなわけで、ルルるん。あの子たちは何者?」

『人族の勇者……にしてはまだまだもきゃ。もう一人はまあまあの精霊使いじゃないかもきゃ』

「そうなんだ。一体何用でここに来たのかしら?」

『もっきゃ?』

「もきゃじゃわからないわよお」

『心配するなもきゃ。あいつらならスレイプニル単独でも軽くひねりつぶせるもきゃ』

「もっとこう、平和的にいけないものなの? トッピーさんだってほら」

『トッピー? あのカエルかもきゃ。あいつに殺らせるもきゃ?」

「だから何でそうなるのよお」


 ルルるんに聞いた私がダメだったわ。

 フクロモモンガが状況を分かっているなんてはずがなかった。あれは愛玩動物なのよ。

 

「勇者よ。茶番はもういい。お前がサエと私の関係を慮ってくれているのは分かる。俺とて不貞の輩が来ていることは分かっていた」

「邪……いや、ファフニール。君が気が付いていて様子見していたことは知っていたさ。君は聖女の導きで変わったのだな。いや、元々私の勘違いだったと言う方が正しいか」


 今度はファフニールとトッピーがカッコイイことを言い合っている。

 やばいわ。セリフだけで掘れそう、あ、惚れそう。

 佐枝子。不適切な妄想があったことをお詫びします。

 

「二ールさん、トッピーさん。この人たちは一体?」

「俺に挑もうとしてきた者たちだろう」


 やっぱり、そうだったのね。

 トッピーの物言いからある程度予想はできたわよ。

 ファフニールは真っ黒な竜から青みかかった白の竜に変わった。

 きっかけは私だったと彼は言うけれど、元々彼は心優しい人だと知っている。

 強い力を持っていたから、ひょっとしたら財宝も持っていたのかもしれない。だから、腕に覚えのある人たちが彼に挑んで、敗れていった。

 彼が自分から誰かを殺めようとしたなんてことはなかったはずよ。

 黒色になっちゃったのは、挑んだ人を倒したからかもしれない。

 誰だってそうよ。そのまま座して死ぬなんてことはやらないもの。

 だから、トッピーは挑戦者を説得しようと頑張っていたんだ。

 ファフニールにもう戦わせないように、って。

 

 私がしゃしゃり出て何とかなるとは思っていない。だけど、ここで黙って見ている何てことできないよ。

 

「ええと、ツンツン頭の少年とイケメンのお兄さん」

「俺たちのこと?」

「そうよ。少年。ここがどこだか分かってる?」

「邪黒竜の領域だろ? 知ってるさ。俺たちは干ばつの元凶たる邪黒竜を仕留めにきたんだぜ」

「違うわ。ここはね、私の畑とお家なの。だから、少年、みんなでお茶にしましょう」


 にっこりと微笑むとツンツン頭の少年は混乱した様子で「あ、うん」と頷いた。

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