第27話 魔王(笑)

「ルルるんー! ルルるんー!」


 その場で呼んでみた。さすがにこの距離じゃ私のか弱い声だと聞こえないか。

 ブンブンブン。

 全くもううう。ブンブンとお。


「イルカくんー。メニューを出して」


 殺虫剤でも注文してやろうかしらとイルカを呼び出したら、メニューのお知らせがピコピコしているじゃないの。

 

<三色の花を並べました。

 施設:作業小屋 が解放されました。

 家畜:羊 が解放されました。

 アイテムボックスにプレゼントが届いています。

 イベントクリアボーナスが送られます。

 ショップに並ぶアイテムが増えました。>


 メッセージが届くとピコンという音が聞こえるのよね。だけど、ブンブンで気が付かなかったわ。

 作業小屋かあ。

 家の中でも設備さえ置けば何だって作業ができる。

 全部イルカがやってくれるんだけどね!


『どうしたもきゃー!』

「あ、ルルるん」

『気配は感じるもきゃ。でも、敵じゃなさそうもきゃ』


 白猫に乗ったルルるんが、私の声を聞きつけてくれたみたい。

 梨とリンゴのファンネル付きで彼はやってきた。

 ありがたく彼から果物を受け取り、アイテムボックスに仕舞い込む。

 

「ブンブンうるさいのを、ぶしゅーっとやりたくて」

『スレイプニルは子虫を払うような小物じゃないもきゃ』

「にゃーん」

『魚の礼だって? スレイプニルは律儀もきゃ』


 白猫が猫パンチでブンブンを仕留めていく。

 すごいぞ、にゃんこ。ハエたたきなんて目じゃない。

 ん。んん。

 なんだかやたら大きなハエがいると思ったら、少し違う。

 そもそも虫じゃないし、手の半分くらいの身長がある。

 こういうのって、妖精よね。普通。

 こうお人形みたいで無邪気な子供風の見た目をしている。

 きっと、これは邪悪なものよ。

 

 でも、白猫はパシーンとしないわね。

 そう言えば、賢い佐枝子、思い出したわ。

 ルルるんが『敵じゃなさそう、うそ』って言っていたのを。

 え? さっき言われたばっかじゃないかって。そうだったかしら、おほほほ。

 

「ねえ、ルルるん」

『何もきゃ?』

「あの飛んでいるの、何者?」

『妖精じゃないもきゃ? 俺様は魔王だから、子虫のことは分からんもきゃ』


 案外使えないわね、このフクロモモンガ。

 あれが妖精? フェアリーって言うの?

 私の夢を返して、フェアリーってのはこうあれでしょ。緑の服を着て、鱗粉を出しながら飛んでいるイメージじゃないの。

 ティンカー……「おっとその先は言っちゃあダメだぜ」と隊長から注意が飛ぶ。

 えええ。隊長。私の脳内だからいいじゃないですかあ。

 しかし、隊長は顎に手を当てニヒルな笑みを浮かべ、親指を上から下に動かした。

 

 あれじゃあ、ティンカーじゃなくてタートルじゃない。

 一文字たりとも被ってないわよ。

 そうなの。空に浮かんでいるのは爬虫類だったのよお。

 リクガメを小さくしてはハチのような翅をつけた感じの。

 色は真っ白で、目が赤色。ゴツゴツした甲羅を持ち、手足と尻尾は短い。亀だけに。

 正直、気持ち悪い部類よ、これ。

 

「放置しておいても害はないのかしら、これ」

「にゃーん」


 白猫が可愛らしく鳴く。だけど、佐枝子、残念ながら猫語は分からないのよ。

 彼の鳴き声を聞いたルルるんが、おっきなお目目をさらに丸くして「もきゃー」と叫ぶ。

 

「スレイは何て言っているの?」

『妖精が出た時は『何か良い事が起こる』前兆だってもきゃああああ』

「良い事だったらいいんじゃない……」


 何を騒いでいるんだろう。吉兆ならいくらでもカモンベイベーですよ。兄貴。


『サエコは聖女だからいいかもしれんもきゃ。俺様、スレイプニル、あとついでにファフニールも反対側の勢力もきゃ』

「何それ……光と闇とかそんなものがあるの?」

『もきゃああああ!』

「きゃああ」

 

 迫ってき過ぎよ。でもこれはチャンス。

 このまま捕まえて……っち。逃げられた。

 相変わらず素早い。

 

 ええっと、ルルるんがやたらと焦った様子だったんだけど……佐枝子的に整理してみましょう。

 自称「魔王」(笑)なフクロモモンガは、吉兆を嫌がる。

 光や闇とかには興味がないし、ルルるんはちょっと生意気だけど悪い子じゃない。ううん、むしろいい子よ。

 いろいろ手伝ってくれるし、心配して私のことを見に来てくれたりもするんだもの。

 彼と私はフルーツを通じて固い絆で結ばれているのよ。

 彼らの善悪はともかく、あ、そうだ。属性? そんな感じ。

 火には水が弱く、みたいなやつよ。

 私にとって黒猫が通ることが縁起が悪いように、彼らにとって亀……じゃなかった妖精が出現することは凶兆の兆しなんだ。

 魔法とかがある世界だし、迷信だと一笑に付すわけにはいかないにょよね。にょ? 可愛いからいいじゃない。

 まさか脳内で噛むとは思わなかったわ。

 ルルるんはともかくとして、しっかりした白猫も警戒しているようだし。

 ファフニールにまで悪い事が起こるかもとなっては、佐枝子がひと一肌脱がないわけにはいかないわよね!

 全裸になるってわけじゃないから、念のため。

 

「といっても私にできることって……梨のストックを増やすことくらいしか思いつかないわ……」


 あああああ。ダメな私。隊長ー。どうしたらいいんですか。

 スクワット? スクワットをして鍛えておけって?

 よおおっし。スクワット頑張るぞおお。

 って、そんなわけあるかあああ。

 白猫に追いつけるようにもならないわよ。でも、体力をつけるのは悪い事じゃあないわよね。

 風呂上りにスクワット20回追加しよう。うんうん。

 

「サエ、少し落ち着け」

「ニールさん!」

 

 いつの間に。いつもながら颯爽といつの間にか登場する人。

 さすがファフニール。どこかのフクロモモンガと違って、落ち着き払っている。

 服装にも一切の乱れがないわ。

 彼の言う通りだ。私まで混乱してどうするのよ。脈絡もなくいろんなことを考えていた。

 ちゃんと整理しなきゃ。

 

「セントエルモの光は確かに俺やストゥルルソンにとって、余りいいものではない」

「どこか別のところへ行ってもらうように、妖精……さんにお願いしますか?」

「いや、必要ない。こいつらは自然に現れ、自然に消える。何か起こることもあれば、起こらないこともある。そこの魔王のようにむやみやたらと騒ぎたてるものではない」

『なんだともきゃあああ!』

「ま、まあまあ。ルルるん。リンゴあげるから」

『もっきゃあああ!』


 リンゴをハッシと両手で掴んだルルるんはご機嫌になる。

 対するファフニールは両手を組み、ふうと小さく息を吐く。

 何だか、ギクシャクしそうな雰囲気になっちゃっている。

 よっし、こんな時はご飯でも食べてきゃっきゃすれば気分も変わるものよ。

 ファフニールに声をかけようとすると――。

 

「にゃーん」

 

 白猫が鳴き、ルルるんの食べる手が止まる。

 

「む」


 ファフニールも小さく声を出す。

 急にピーンと空気が張り詰め、何かが起こっていると私にも分かる。

 

「ニールさん」

「サエ。俺の後ろに」


 ファフニールが一歩前に出て、こちらに来るよう目で促す。

 コクコクと頷いた私は何が何だか分かっていないけど、てとてとと動く。


「きゃ」

『もきゃ』


 ファフニールの後ろまで来たところで、白猫が足元に、ルルるんが私の肩に登ってきたの。

 本当にどうしちゃったの? 

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