第21話 悩み多き乙女な佐枝子

 いやあ、遊んだ。遊んだわあ。

 こんなに走り回ったのは小学校以来かもしれない。この世界にきて体力が落ちたんじゃないの? と思っていたけど、結構戻ってきた気がするわよ。

 あの後、リンゴを回収していたらルルるんが寄ってきてね。

 「ほおれ、リンゴだぞお」と見せびらかしたわけよ。

 そうしたら、パシっと横から奪われて、あとはキャッキャウフフの追いかけっことなったのだわさ。

 絶対にどっちかをもふらせてもらおうと、追いかけ回したんだけど。

 無理。

 人間って貧弱よね。猫に追いつけるわけないし。

 でも、人間には頭脳がある。佐枝子にも、もちろん……たぶん。

 リンゴと籠を準備して、リンゴによってきたところをと思ったんだけど、籠がなかった。

 そこからが人間の知恵ってやつよお。

 お鍋ならあるじゃない。お鍋と木の枝に紐を使って、その下にリンゴを置いたわけ。

 見事誘いだされたお馬鹿さんたちが鍋の下に入ったところで、佐枝子トラップ発動。

 

 ささっと逃げられてしまった。

 枝よ。枝が悪いのよおお。なかなか落ちてくれなくて、「えいやさ、えいやさ」とやっている間に……。

 

「きいいいいい」


 シャワーを浴びながらギリギリしたら、お湯が口の中に入った。

 あいつめえ。明日こそは捕まえてやるんだからね。

 怒りをぶつけるようにシャンプーをプッシュしたら、出し過ぎたわ。

 勿体ない勿体ない。手の平からシャンプーの液がこぼれてしまった。

 

「これもこれもあいつのせいよおお。あ、シャンプー苦い」

『苦いのは要らないもきゃ』

「ここであったが。いえ、佐枝子はお風呂じゃ騒がない」


 分かっているわ。ここでむきーっとすると、全裸で外をダッシュする自信がある。

 そんな時に限ってファフニールとエンカウントしたりするのよ。

 こんな遅い時間に彼が来ることはないと思うんだけどね。

 

 え?

 ルルるんと白猫に風呂場へ侵入されているじゃないかって?

 まあ、猫だし、前脚でひょいひょいっと風呂扉くらい開けるでしょ。

 

 しゃあああっと髪の毛を洗い流して、髪の毛をまとめタオルをセットする。


「ルルるんも湯船に入る?」

『もきゃ?』

「待って。嫌な予感がするわ。入る前に洗いましょう、そうしましょう」

『もぎゃー』


 むんずと捕まえた。凄い私。

 そのままシャンプーをドバドバと流し、わっしゃわっしゃする。

 泡立たないぞ。シャンプー。

 真っ黒じゃないのよお。いつの間にか白猫は裏切って逃げちゃってるし。

 

「もう一回、ごしごしするわよお」

『もぎゃ……』


 濡れたらこんなに小さくなるのね。枯れ木みたいになっちゃってもう。

 三回目でようやく泡が出て、ルルるんが綺麗になった。

 

<おともだちを綺麗にしました。

 アイテムボックスにプレゼントが届いています。

 ミッションクリアボーナスが送られます。

 ショップに並ぶアイテムが増えました。>

 

「お、おお。何て都合のいい。プレゼントはドライヤーじゃない。やったあ」

『もぎゃぎゃ』

「もう。頑張ったから、この後、梨を一個あげるから」

『もきゃあああ!』


 喋れよ!

 さっきから「もぎゃ」か「もきゃ」しか言ってないぞ。ルルるん。

 それにしても、ルルるんは「おともだち」扱いになっているのかな?

 もふもふ牧場の「おともだち」ってお役立ち能力はあるけど、ペットのよね。

 ま、いいか。

 喋ることがお役立ち能力ってことで。ルルるんはフクロモモンガだしさ。

 

 ◇◇◇

 

 ぶおおおん。

 すげえ、ナノイオンドライヤー。

 櫛を買っちゃった。だって、ルルるんをブラッシングできないんだもの。

 イベントクリアボーナスも入ったし、懐が潤っているもの今の私。

 さあて、乾いたしもふもふするぞお。

 と、手を伸ばしたら躱された。

 

「分かったわ。梨よね。ほら」

『もきゃ』

「そー」

『そうはさせるかもきゃー』

「ちょっと、待ちなさいってばああ」

『やなこったいもきゃー』


 逃げられてしまったわ……。

 なんて素早いの。


「ま、まあいいわ。先に私も髪の毛を乾かしちゃおう」


 鼻歌を歌いながら、ご機嫌に髪の毛を乾かし櫛を手に取ったところで佐枝子、いつもの動作ができないことにようやく気が付く。

 

「乙女の必須アイテムといえば何でしょうか?」


 分かる、分かるわよね。

 え? 黙って髪の毛を乾かしておけばいいんだって。

 そんなあ。隊長。

 私は長ロングってわけじゃないけどお、背中にかかるくらいの長さなのよお。

 妄想の中の30代半ばほどのイカツイ顔をした隊長とやり取りを続ける。


「ちょっとお、隊長ー」


 しかし、隊長は首を横に振るばかり。


「鏡がないじゃないのよおお」


 待ちきれずに自分から突っ込みを入れてしまったわ。

 大人げない佐枝子でごめんね、隊長。

 叫んだってのに隊長は顔色一つ変えず、親指を立てて虚空へと消えていく。

 

 「買えよ。佐枝子」って隊長が言ってくれている気がする。

 じゃ、じゃあ。思い切っていっちゃいますかあ。

 

「イルカくん、アイテムリストを出して」


 鏡と一口で言っても、いろいろあるわよね。

 ファフニールはともかく、ルルるんや白猫みたいにどったんばったんする子たちがいる手前……姿鏡は無し?

 買った次の日に割られたりなんてしたら、佐枝子、鳴くわよ。いえ、泣くわよ。

 テーブルの上に置くタイプの折りたたみ鏡が手頃かな。

 大きさは私の顔くらい。悪くないサイズだわ。髪の毛を乾かして、セットするくらいなら余裕よ。

 

「イルカくん、卓上ミラー(折り畳み式、角度自由自在)を購入して」


 あ、場所を指定するのを忘れちゃった!

 宙に浮いた状態で出てきた卓上ミラーを万歳して豊満な胸で受け止める。

 「誰がだ?」

 隊長、余計なことを言っちゃダメ。乙女の秘密よ。

 もう、隊長ったらあ。突然出てきちゃうんだから。

 

 しっかしまあ、室内は閑散としたものね。

 何しろベッドと布団干ししかないんだもの。

 仕方ないので、両手で卓上ミラーを持って自分の顔を映す。

 ……。

 …………。

 

 髪の毛がぼさぼさになっているのは、許す。

 ベッドの上に卓上ミラーを乗せて、床で正座すれば鏡を見ながら髪の毛を整えることができる。

 だけど――。

 

「私、これでニールさんとも小人の村にも行っていたのか……」


 は、はは。

 済んだことを振り返っても仕方ないわ。

 これからどうするかよ。

 アイブロウ、チーク、ファンデ、できればリップとルージュだけは揃えたい。

 ううん、化粧水しか持っていなかったんだ。

 メイク落としも無ければ、無い無い尽くしじゃないのよ。

 

「そうだ。コフレとかないかな? セットになっていれば量が少なくても揃うは揃う」


 イルカにお願いしてアイテムショップを出してもらう。

 コフレとスキンケアセット……あるけど、化粧品が高いってばあ。


「何を買うか悩むわ……」


 髪の毛を整え、化粧水をぴちゃぴちゃしてもまだ悩む。

 ベッドに寝転がってもまだ悩……すやあ。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る