第20話 佐枝子、そいつビーバーちゃう
やって参りました池です。
ひょうたん型の池はいつも通り、水鳥なんかの姿もなく静かなものだった。
私にとってはいいことなんだけど、ここはゲームなのか異世界なのか境界線が曖昧なのよね。
考えてみて。
ファフニールが住んでいる(とトッピーから聞いた)山頂が平になった山とか、小人族の村に行くまでに広がっていた深く険しい森なんてものがあるのよ。
池には魚だっている。だけど、小動物が水辺にやってきたりなんてことがないの。
家にしたって、畑だってそう。
猛獣がこないにしても、狸やらテンみたいな目ざとい動物が畑をほじくり返しても普通じゃない?
でも、そんなことはここに来て以来一度だってないの。
「最初、ニールさんに会った時、何て言っていたっけ」
彼は勝手に自分の領域に私が何か作ったみたいなことを言っていた気がする。
「イルカくん、どうなっているか分かるかな?」
宙に浮かんだイルカは反応しない。ううん、認識しないかあ。
イルカはゲームを進めるためのシステムの一部である。
コマンドを呼び出したり、アイテムを売ってくれたりといろんなことをこなしてくれるけど、決められたこと以外は反応してくれないんだ。
見た目は可愛くて、生きている動物ぽいけど彼はマスコットキャラクター。
少し悲しくなって、イルカの頭をつんと突っつこうとしたら指がすり抜けた。
「どうなっているのかは不明。佐枝子は深く考えないことにした。しゃららーん」
何言ってんだか……。
『魚を持ってきたうそ』
水面が揺れ、灰色の毛皮を持つ小動物が顔を出す。
あれ、この子はビーバーじゃないじゃないの。
つぶらな瞳こそビーバーと同じだけど、手の形も違うし、毛皮の色も異なる。
ビーバーは茶色だったよね、確か。
岸部に上がってきたその姿に思わず吹き出しそうになっちゃった。
「あなた、ビーバーじゃなくてカワウソよね?」
『うそはビーバーうそ!』
「うそって嘘じゃないのよお。それに何よ、その尻尾にくくりつけたシャモジ」
『ビーバーうそ。魚を持ってきたうそ』
器用に掴んだ魚籠の中には魚が三匹も入っているじゃない。
このカワウソ、一応仕事はするのね。
ビーバーを選んだはずなのに何でカワウソなんだろう。ひょっとしたらカワウソを選ぶとビーバーが来たかもしれないわ。
ま、いいか。
この子はビーバーと主張しているし、ビーバーってことで。
シャモジはビーバーの尻尾に見えなくも……見えるかああ!
魚は以前ファフニールがとってくれたのと同じくらいの大きさだった。
「イルカくん、魚を収納して」
イルカにお願いすると、魚が消えアイテムボックスに入る。
今日はお魚ね。
さあて、次行くわよ。次ー。
私、なかなかやる気なのよ。
「たのもー」
妙なテンションになってしまったわ。
厩舎をそっと覗き込み、うっしーしかいないことにホッとする。
「うもお」
「うっしー。今日も牛乳をありがとうね」
うっしーの背中をなでなですると、尻尾をブンブン振って威嚇されちゃった。
毎日ちゃんとうっしーを放牧して牧草を食べさせてるのにー。
そのうちうっしーも心を開いてくれるかな? どっちにしろ牛乳はきっちりと頂くんだけどね。
うっしーの隣の部屋の手すりを持ち、そのままだと余りよろしくないことに気が付く。
彼と違って小さいから動き回っちゃうよね。
「イルカくん、アイテムショップを出して」
施設に関するものだから、きっとリーズナブルな価格のはず。
あったあった。やっぱりお安い。たったの100ゴルダだった。
「鳥小屋どーん。続いて、『家畜:鶏』を購入。いけいけ、イルカくん」
イルカが尾ひれをぱたぱたさせると、指示通りに鳥小屋が出現し続いて鶏も出て来る。
鶏は雌鶏にしたの。
うーん、鶏って近くで見ると、なかなかいかつい顔をしているわね。
うっしーはあんなにつぶらな瞳で優しげなのに。
でも私、ワイルドも嫌いじゃなくってよ。明日から卵を頼むよろし。
あれ? お嬢様ってこんな口調だと思ったけど、何だか違う気がする。
「知らなくってよ。おほほほほ」
『何か知りたいもきゃ?』
「きゃああ。聞いてたの、聞いてたのねえ」
『さっきからいたもきゃ』
つぶらなお目目度ではうっしー以上のフクロモモンガにじーっと見つめられてしまう。
きゃー。やっぱりかわゆい。なでなでしたくなるわ。
いつも白猫に乗っちゃって、彼らはいるだけで癒される。
もっふもっふしちゃってもう。
触れようとしたら、ひらりと回避された。素早いわね、このフクロモモンガ。
ならば、白猫にターゲットを移せばいいのよ。
白猫の顎を指先でごろごろしようとしたら、もきゃにペシンされた。
ガードが堅いわね。いずれ、我が軍門に下らせてやるんだから。
そうね、リンゴがいいかな。
「知りたいことは特にないわよ」
『もきゃっきゃ』
「きいいい」
『俺様に触れるなどまだまだ早いわあ、もきゃああ!』
「可愛くないいい。見た目はこんなにも愛らしいのにい」
『俺様は魔王もきゃあ。愛らしいとは失礼もきゃ』
「何でもいいからもふらせなさいよお」
『やなこったいもきゃー』
ちいい。窓から逃げて行った。
さすがにゃんこ。身が軽い。フクロモモンガも樹上生活が得意だし、地べたを這う佐枝子じゃ厳しいわね。
「ごけええええ」
「ひ、ひいい」
な、何この汚らしい鳴き声と思ったら、鶏だった。
餌? 餌が欲しいの?
でも、鶏は外に出してあげるだけでいいってシステムが教えてくれたわよ。
ここで質問です。佐枝子は毎日うっしーを放牧していました。
すげないうっしーが言う事を聞いてくれるでしょうか?
答えは否です。
哀れ佐枝子、うっしーはそっぽを向いたままです。
なら、どうするのか。答えは簡単。
「イルカくん、うっしーと鶏を放牧して」
あら不思議、柵が勝手に開きうっしーと鶏が進んで外に出て行きましたとさ。
何でもできちゃうのさ。そう、イルカならね。
厩舎に戻ってもらうのもイルカにお願いすれば一発だわさ。
◇◇◇
「イルカくん、花壇をお願い」
花壇製作費はたったの50ゴルダと信じられないくらいお安い。
こういったインフラに関しては投げやりともいえる価格設定よね。下着は結構なお値段がするのに。
ゲームを進める上で必要なものか、そうでない趣味品かによってあからさまに値段が違うことに、いつもながらため息が出ちゃう。
ゲームならそれでいいんだけど、現実世界となるとそうじゃないんだよねえ。
「ぐちぐちするなら、体を動かすのだ」
さあて、こいつを使うわよ。
これがゲームで得たものじゃない。小指の先ほどの袋を慎重に開く。
中には朝顔の種ほどの大きさをした赤みがかった茶色の種が三つ入っていた。
これは小人族の村を出る時にラナからもらったものだ。
お花の種らしい。
指で土に穴を開け、そこに種を置き土で蓋をする。
「綺麗な花を咲かせてね!」
ぱんぱんと両手を合わせ、なんまいだぶーと祈りを捧げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます