第15話 梨ファンネル

「サエ」

「何も言わなくたって分かります。ニールさんがその子を持つ手を見れば」


 彼は指先で小人を挟むようにして持っている。脇の下に指をそっと置き、小人の負担にならないように。

 手のひらに乗せてあげた方が小人にとっても体勢が楽だと思うけど、万が一この子が暴れてしまったら落ちてしまう。

 実際に落っこちそうになったのかもしれない。


「トッピーさん! トッピーさん!」


 小人の子が仕草は力一杯叫んでいるように見えた。

 だけど、小さいからか囁くようにしか私の耳には届いてこない。

 小人の子は緑のベストに緑の三角帽子。先が上にちょこんと湾曲した木靴をはいていた。

 ズボンだから男の子かな?

 顔つきは、人間の子供にそっくりだった。

 人間だと小学生低学年くらい、だと思う。

 

「トッピーさん、小人の子があなたを呼んでます」

「ラナ! 大事ないか?」


 トッピーがふらふらと蜜に誘引される虫のように小人をつまむファフニールの元へにじり寄る。

 しかし、そうはさせるかと彼を後ろから羽交い絞めにした。

 私より小さいのは構わない……小学生低学年くらいだし。それはいいんだけど……ぬめってるうう。

 で、でも。外は雨。ビニールシートガードをしていない状態だったから、濡れているし別にいいや。

 ってなるわけないわよお。ぬめぬめは別なの。別腹よ。

 

「……随分と仲がよいのだな。その勇者と知り合いか?」

「いえ、初めて会いました。私と仲が良いと自分で勝手に思っているのはニールさんともきゃきゃの二人だけです」

「そ、そうか」


 ほとんど表情を動かさないファフニールが、面食らったように空いた方の手で自分の角を指先でコンコンする。

 

「お前がいたら、毒気が抜かれる。聖女の徳というやつかもしれんな」

「そ、そうですか?」

「ほら、お前からならあいつも素直になるだろうよ」

「ダメです。その前にトッピーさん。ニールさんにごめんなさいしてください!」


 勘違いでファフニールのことを卑怯とか言っていたのだもの。

 だから、ちゃんと仲直りしてくれないと嫌だ。

 このまま、小人を彼の元に帰したとしても、事態は収拾できる。

 だけど、トッピーとファフニールの関係は険悪なままになっちゃうもの。

 そんなの、悲しいよ。

 

「離してもらえるか。ここから動きはしない」

「はい」


 トッピーの拘束を解き、一歩後ろに下がる。

 うわあ、雨が降っていてよかった。全身ぬめぬめになっちゃてる。

 

 カエルのトッピーはその場で両膝をつき、ペタンと腹まで地面につけた。

 さすが両生類……柔らかい。

 

「すまなかった。君を竜だという思いだけで悪意あるように勝手に考えてしまった。聖女コトリの助言まであったというのに。愚かだった」

「気にするな。これまでの俺なら、ここに小人を連れてくることもなかった。小人がここに来たのもサエがいたからこそ」


 ファフニールは私の手の平に小人を乗せ、そっぽを向く。

 照れてる。絶対照れてるよお。

 口端を僅かにあげるその仕草、もう、素直じゃないんだからあ。

 

「どうした、サエ」

「いえ。ラナくん、でしたっけ。この子」

「名は知らん。崖に生えた枝に挟まっていたのだ」

「ニールさん、こんな小さな子を空から見つけたんですか!」

「空からだとよくわかったな。ドラゴンの姿では、こいつを掴むこともできんからな」

「それで人の姿だったんですね」

「そうだな。拾ったはいいが、俺が人里に行くわけにもいかん。こいつが自分で帰ることができればよかったのだが、そうも言っていられなかった」

「それって」


 佐枝子センサーがびんびん来たわよ。

 こいつは余りよろしくない状況じゃないのさ。

 挟まっていたのを助けたら、普通、自分で帰ることができるはず。だって、崖にハマる前までは自分でそこまで来たわけじゃない。

 

「ラナ、どうしてこんなところに」

「だって、トッピーさんにばかり」

「何を言うか。私は言っただろう。君の父に大恩があると。だから、私は恩を返しにここに向かったのだ」

「でも、生きて帰った人なんていないんだろ」

「そうだな。だが、いや、今となっては詮無き事。それよりも、ラナ。君の体温が気になる」

「ちょっとした風邪だよ」


 風邪だったのね。

 大怪我をしていたりしたらどうしようと思ったけど、風邪ならここでも何とかなりそう。

 安静にして栄養のあるものを食べていれば、多少の風邪なんて自然に治癒する……と思う。

 生憎、私は医者ではなくただのJKだし、風邪薬なんてものもここにはない。

 

「只の風邪だと……。小人族の体温は私も知るところだ。これは高熱の部類に入る。君が立っているのも不思議なほどに」

「少しの熱くらい、トッピーさんの覚悟に比べれば大したことないって」

「ダメよ。ラナくん。雨に打たれたりなんてしたら、高熱から肺炎になって大変なことになっちゃうわよ」


 ほうってなんておけないよ。

 ファフニールが繋いでくれた命を、ここなら回復するかもしれないと思って連れてきてくれたのに。


「トッピーさん、私の家までラナくんを連れてきてもらえますか?」

「ありがたい申し出、かたじけない。お言葉に甘えさせて頂く」

「でも、トッピーさん」

「君は休息をとるべきだ。なあに、君が回復するまで私もここを動かない。だから、君は治療に専念するんだ。いいな」

「うん」


 よかった。ちゃんと休んでくれるみたいで。

 ホッと胸をなでおろすも、必死さで私はこの時まだ重大なことに気が付いていなかったんだ……。

 

 ◇◇◇

 

 し、しまった。しまったわあああ。

 わ、私は鼻……じゃない、花も恥じらう乙女だっていうのに。

 雨で濡れてスケスケになったワンピースでファフニールと接していた。

 カエルの前なら別に平気だけど?

 

 そして今私は、またしてもシーツローブを羽織っている。

 元々着ていた服は愛用している物干しに引っかけているわよ。ハンガーも欲しいところね。

 

 ここにファフニールがいないのがまだ救いか……な。

 彼は私がこの後服を乾かすだろうと思ってか、一旦戻るとの言葉を残し住処へと帰って行った。

 そうよね。私が言ったのだもの。下着を干しているのを見られるのが恥ずかしいって。

 彼は覚えていてくれたんだ。だから、さりげなく帰るなんて言ってくれたのよ!

 それならそうと言ってくれればいいのに。

 男は背中で語るって。きゃああ。無骨。

 

 一人体をくねくねさせていたら、窓を叩く音がする。

 何このデジャブ。

 白猫とフクロモモンガが窓の外にいる。

 梨ファンネル付きで。

 

 窓を開けてあげると、フクロモモンガのルルるんと白猫スレイが入ってきた。

 

『もきゃ。来なかったから持ってきてやったもきゃ』

「ありがとう。ルルるん。ちょっと事情があって。雨だから行かなかったわけじゃないの」

『ん? ベッドに誰か寝ているかもきゃ。カエルまで連れてきたもきゃ?』

「うん、まあいろいろあってね。小人のラナくんって子がベッドで寝ているの」

『もきゃ? 眠いのもきゃ?』

「ううん。熱あって」

『サエコ。サエコがいいのなら、すぐに元気にできるもきゃ』

「え?」

『ネクタリスを食べればすぐによくなるもきゃ』

「ほ、ほんとかなあ。でも、風邪にはフルーツ。うんうん」


 もきゃっきゃの妄言はともかく、梨だったら瑞々しいし、風邪でも喉にするする食べやすい。

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