第16話 素直じゃないんだから

「あ、え……」


 予想外の出来事に可愛くない声が出てしまったわ。

 落ち着いて佐枝子。事実は事実、ありのままに受け入れなきゃダメなのよ。


「聖女様、貴重な神の雫を分け与えてくれてありがとう」


 ラナが満面の笑顔でペコリと頭を下げる。

 顔色もすっかりよくなり、苦しんでいる様子はまるでなかっ……た。

 待って、まだ私、現実を受け入れることができていないわ。

 さっき自分に言い聞かせたじゃない。事実は事実だって。

 分かっているわ。喜ばしいことだって。ラナの熱風邪がすっかりよくなったんだもの。

 

「まさしく聖域に座す聖女とはコトリ。伝説は君のことを示していたのだろう。心からの感謝を」

「は、はい……」

 

 カエルがかしづき、深々と頭を垂れる。首元のたぷたぷ感が気になって仕方ない。

 わしゃわしゃやりたくなっちゃうじゃない。ぬめぬめになるけど……。

 

「この伝説をサーガとし、街で歌おうと思う」

「そ、それはやめてええ」

「思ったのだが、私には成さねばならぬことがあるのだ」

「よ、よかった」


 そう言えばトッピーは何か目的があったんだった。

 山の上を目指しているとか何とか。彼の行こうとしている場所は彼とラナの会話からとっても危険なところみたい。

 

 トッピーに聞いても何をしようとしているのか教えてくれそうにないし。


「ラナくん、ここに乗ってもらってもいいかな?」

「うん。いいの?」

「もちろんよ。雨もあがったし、ちょっとお散歩しない?」

「やったー」

「トッピーさん、すぐ戻ります」


 と半ば強引にラナを誘い、トッピーを家に残す。

 お留守番は彼一人となるけど、少しの間だったらいいよね?

 ルルるんと白猫は梨をお届けしたらすぐに帰っちゃったし。

 

 ガチャリと入口扉を開けたその時――。

 

<5人の住人を獲得しました。

 地形:砂場 が解放されました。

 「おともだち」が解放されました。

 アイテムボックスにプレゼントが届いています。

 ミッションクリアボーナスが送られます。

 ショップに並ぶアイテムが増えました。>


 お、おおお。

 更にメッセージが続く。

 

<「おともだちの治療」を達成しました。

 アイテムボックスにプレゼントが届いています。

 イベントクリアボーナスが送られます。> 


 ラナを治療したことで、イベントもクリアしたらしい。

 さっそくイルカにお願いしてチェックをしたいところだけど、先にラナとお話ししなきゃだね。

 

 ゆっくりと厩舎の方へ向かいながら、手のひらに乗せたラナに問いかける。

 

「ラナくん、トッピーさんは何をしようとしていたの?」

「僕のお父さんが倒れちゃって。それで、トッピーさんが」

「お父さん、病気なの?」

「うん。お母さんと同じ病気で。体がどんどん固くなっちゃう病気なんだ」

「それでトッピーさんが薬草でも取りに向かったのかな」

「黒竜の血なら、どんな病気も治療できるってトッピーさんが」

「邪黒竜でもいいのかしら」

「僕には分からないよ」

「それでトッピーさん」


 山頂が平になった山はファフニールの住処だったのね。

 トッピーはファフニールに挑むつもりだったのかな? でも、彼の思いつめたような、未来がないと達観した様子から戦いに勝てると思っていなかったのかも?

 だったら、どうやってファフニールの血を得ようとしていたのかしら。

 ううううう。私が考えても何も浮かばないわ。

 佐枝子、諦めた。

 考えても仕方ない。トッピーに事情を……ううん。ファフニールに献血を頼む? ううん、どうだろう。

 ピコーン。

 

「そうだ。ラナくん。梨をお父さんに食べさせたらどうかな? それでもダメだったら、ニールさんに相談しよう」

「ニールさん?」

「君が崖でハマっているところを助けてくれた人よ」

「そうだ。僕、あの人……えっとニールさんにお礼を言わなきゃ」


 うんうん。

 ファフニールはそのうちここに来てくれると思うし、その時でもいいかな。

 でも、ラナのお父さんは一刻を争う状態なのだろうか。


「ラナくん、お父さん」

「お父さんはお姉ちゃんが診てくれているんだ。だから、僕、トッピーさんを追いかけて」

「そうだったの」

「うん。お父さんがトッピーさんを連れ戻してくれって。それで、僕。ドラゴンに挑むなんていくらトッピーさんでも無茶だよ。だから僕が行くって、お父さんに」

「お父さんの病状はどうなのかな?」

「もってあと一年くらいと思う。お母さんの時のこともあるから……」


 悲しそうにはにかむラナの頭へ指先をそっと乗せる。


「梨でよくなるといいんだけど……」

「聖女様、さっきから『梨』って何のこと?」

「ラナくんが食べた果物のことだよ」

「神の雫! 1000年間、聖者が聖なる魔力を注ぎ込み続け……みたいなことをトッピーさんから聞いたよ」

「そ、そうなんだ……は、はは。あれをお父さんに食べさせてみたらどうかな?」


 いろんなことでいっぱいいっぱいなラナに一度に多くのことを言っても受けきれないか。

 ファフニールのこと、梨のことは分けて伝えないと、だったわ。

 

「全く、俺のことを語るなら俺も話に混ぜるべきなんじゃないのか?」

「ぴゃあ! ニールさん!」


 噂をすればなんとやら……い、いつの間に背後に立っていたの? 全く気が付かなかったわ。

 歩きスマホをしている人みたいに、手のひらに乗るラナしか見ていなかったから気が付かなくても当然と言えば当然よね。


「すぐに戻ると言っただろ? それほど驚くことでもあるまい」

「そ、そうでしたっけ」

「全く、お前らしい。手を出せ」


 言われるがままにラナが乗っていない方の手をファフニールに向ける。

 彼は指先に挟んだ何かをじゃらっと私に握らせてきた。


「綺麗。これは」

「俺の領域でその色を見た気がしたのでな。探していたのだ。その途中でこいつを見つけたというわけだ」

「そうだったんですか!」

「俺は要らん。お前が洗濯バサミだったか? あれの色を見て同じ色だったか確かめたかっただけだ。もうその石の役目は済んだ」


 石……いえ、宝石の原石を彼に返そうとしたら首を振って固辞されちゃったの。

 彼が持ってきてくれた原石は三つもあったんだ。

 それぞれ、赤、黄、緑と私の黒歴史洗濯バサミに似た色をしていた。

 それぞれ親指の先ほどの大きさだったけど、加工して身につけられるものにしてみようかな。

 それで、完成したら彼にプレゼントするんだ。

 ふ、ふふ。細工グッズってアイテムショップにあったかな……。

 

「そうだ。ニールさん。ラナくんからニールさんにお話しがあるんです」

「俺に? ラナとはこの小人族の少年のことか」

「はい。お互いに自己紹介もしていなかった、と聞いてます」


 ラナを乗せた手をファフニールの方へ向ける。

 

「ニールさん、助けてくれてありがとう! 僕、あのままだったら死んでました。本当にありがとうございます!」

「礼ならサエに言え。俺はこのことをサエが知ったら、サエならばどうするかと思いやったに過ぎん」


 ほんとにもう、ファフニールって素直じゃないんだから!

 素直に、「おう」とか言っておいた方が、男らしくてカッコいいんじゃない。

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