第14話 カエルぬめぬめ

 佐枝子、羞恥……じゃない収支チェックを朝になって済ませてから厩舎に向かう。

 うっしーから牛乳を頂き、梨を貰いにルルるんの元へ。いつもの日課になってきたわよ。

 木は12本まで増えていた。

 そうそう、果樹が1本あったの!

 今回はリンゴだった。やったー。リンゴならソテーでもおいしく頂けるんじゃない? 佐枝子の料理パワーが火を吹いてしまうわ。

 

「恐ろしいことに、この日は特に何もなかったのよ」


 って誰に向けて言ってるのよ、佐枝子。

 誰にって? 私が私に向かって言っているに決まってるじゃない。

 ここには私しかいないんだから。

 

「……」


 ベッドに寝転がり、すやあとした。

 

 ――翌日。

「し、しまったあ。またしても夜のお約束をやらぬまま朝を迎えてしまったわよ」

 

 リンゴと梨も含めて作物を全部売り払ったら、今までの倍くらいのゴルダが手に入ったの。

 果物、パネエッス。


「これで鶏をゲッツできるわ。ついでに釣り竿まで買っちゃおうかしら。むふふ」


 私は一番の好物を最後に食べる方なんだ。

 なので、先に日課をこなしてから鶏召喚の儀式を執り行おうと思う。

 イルカにお願いするだけとか言わないで、こういうのは雰囲気が大切なのよ。

 

 しかし、外は生憎の雨。

 だけど、此度の私は違うのだよ。諸君。

 覚えているかな? 賢い佐枝子はちゃんと覚えている。

 無駄な物を出してしまったと後から嘆いてしまったけど、別の使い方をすることができるって。

 

「これよお。ブルーシート。これを被れば、あら不思議、雨に濡れないわ」

 

 ブルーシートを頭から被り、さっそうと……は出れなかったのでよたよたと外に出る。

 畑の作物を回収し、種を撒く。

 そろそろ、イベントクリアとか、ええと確かコンボ? でも探り当てて新しい作物が欲しいところね。

 毎日同じことを繰り返していたらダメってこと。スローライフをもっと楽しみなさいともふもふ牧場が言っている。

 

 そう言われると。

 ――だが、断る。

 と言いたくなるのが、人間の性ってものよね。

 ……私はいい子だから、イベントとかを探り当てるべくいろいろ動くつもりです。隊長。

 え? 昨日は何をしていたんだって。

 そんなこと、もう忘れたわよ。

 ほら、若さって振り向かないことっていうでしょ?

 そうそう、私には愛って分からないけど、愛はためらちゃだめなんだって。

 

「私にとってためらわないことは、見た目より機能性を取ること。ブルーシート最高だぜ? だって濡れないんだもん」


 謎のテンションで厩舎に入る。

 入ったが、うっしーの背に何かいるう。

 何かいるのおお。

 エメラルドグリーンのぬめっとしたのが。

 

 大きな丸い目に同じく大きな口。指先にはヒレがあって、腹側は真っ白だった。

 何と言ったらいいんだろう、擬人化したアマガエル? みたいな感じ。

 座っているから正確な身長は分からないけど、直立したら一メートルくらいかな?

 カエルもどきは、生意気にもリュートをしょっている。

 

 どうしよう。

 こんな時は心の中の隊長に問いかけてみることにしてみた。

 

『勇気でよろしくやるんだ』

 な、投げやりね。もう少しこうないんでしょうか? 隊長。

 

『胸のハートだ。ハートに火をつけろ』

 も、もういいわよ。

 でも、うっしーに何かあっては一大事なことは確か。

 自分で何とかしなきゃ。いつもいつもファフニールに頼ってばかりではいけない。

 

「お嬢さん。驚かせてしまったね」

「し、紳士!」


 とても渋い声で優し気に語りかけてくるもだから、つい叫んでしまったわ。

 目をつぶれば……いけるかも。

 私の思いなど露知らぬ両生類は、言葉を続ける。

 

「余りに素晴らしい騎乗生物がいたものだから、つい。すまなかった」

「い、いえ」


 華麗にうっしーから降りたカエルは、右腕を前にやり優雅な礼をした。

 な、何このイケメンな動き。

 カエルなんてものはスペースオペラの主役にはなれないものよ。

 だいたいリュートを持っているのはカエルじゃなくて変な丸っこい生物のはずでしょ?

 

「魔の頂きを目指していたところ、このような聖地があるとはつい、寄り道をしてしまったのだよ」

「そ、そうですか」

「エルフか精霊かと思ったら、人間だったとは驚きだ。いや、他意はないんだ」

「人間が珍しいのですか?」

「そうじゃあない。魔境と呼ばれる邪黒竜の地で生命溢れる一角がある。長きに渡って徳を積んだ者が聖域を作ったのかと思ったわけだよ」

「そういうものですか」

「人間はカエルと同じでそう命の灯が長くない。だが、それが悪いことじゃあないんだ。君のように」


 ううんと。何が言いたいのかすぐに理解できなかったけど、たぶん褒めてくれているんだと思う。

 カエルの癖に紳士な彼からは敵意を感じない。

 それどころか、とても穏やかで接しているだけでこちらまで気持ちが落ち着いてくる。

 カエルなのにい。くやちい。

 

「おっと。名乗るのが遅れた。私はトッピー。よろしく」

「小鳥屋佐枝子です」

「コトリ……でいいのかな。邪魔をしたね」

「お茶くらいでしたら、飲んで行かれますか?」

「せっかくのお誘い。普段ならばもろ手を挙げてお願いしたいところだが、そうも言っていられないのだ」


 トテトテとカエルことトッピーが、厩舎の外に出る。

 何だろうと彼の後ろをついて行ったところで、彼は腕をあげ指先でどこかを示す。

 山?

 うっそうと茂った森に囲まれていた山だったけど、山頂が切り取られたように平になっていた。

 ここからじゃよく見えないけど、木々が全くないように見える。

 あんな山あったんだ。ここに来てから散歩をしているんだけど、山は沢山見えて、注目をしていなかった。

 目を凝らしてなんとか確認できるかという距離だし、見えなくても仕方ないかな。

 

「トッピーさん」

「下がって」


 トッピーが左腕を横にやり、私を護るように前に立つ。

 すると、指先で小さな小さな人間をつまんだファフニール(人間形態)がゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

「この巨大な魔力……君は竜人ではないな」

「ふん。だからどうだというのだ? その立ち振る舞い、お前は勇者か何かか?」

「昔の話。今は唯のカエル族のトッピー。それ以外に何者でもない」

「トッピー。ふむ。こいつは、お前の連れか?」

「ひ、卑怯な。まさか、君が邪黒竜か」

「だったらなんだ?」

「ラナを盾に取るとは……君は絶大な力を持つドラゴンなのだろう。まさか、そのような真似をして」

「俺を愚弄するか!」


 な、何この緊迫した空気。

 いつもは落ちついた感じのファフニール。先ほどまでこちらの心まで休まるほどだったトッピー。

 そんなの。彼ららしくない!

 

 気が付いたら二人の間に立っていた。

 

「トッピーさん。ニールさんは人質なんて取る人じゃないです! きっと、ええと……小人さんが困っていたから彼がここに連れてきてくれたんです!」

「邪黒竜が、まさか」

「邪黒竜って名前だけで彼を悪い人だと思わないでください! ニールさんはそんな人じゃありません。心優しく、実直で、いつも私を気遣ってくださるんです」

「聖なる君が嘘をつくわけがない。この聖域の音を聞けばわかる……しかし」


 たじろくトッピーはわなわなと両手を頭にやり、首を振る。

 私といえば、縋るようにファフニールを見つめるばかり。

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