第11話 とんでもないものができてしまったかも
戦いの場にやってきた佐枝子こと私は、エプロンを……なかったので、両手を腰に当て「むむむ」と口を結ぶ。
「まずは基本の確認だわよ」
初心者ほど焦っちゃうものなのさ。玄人の私は悠々と無い胸を張り……ってうるさいわ!
キッチンにあるもの。
一番目立つものは何と言っても二口コンロであろう。どこからガスが供給されているのか考えたらいけないのだけど、スイッチを捻れば勢いよく綺麗な炎が出てくる。
大き目コンロによくある魚焼きグリルだって付属しているのよ。
他にはまな板、お鍋、包丁、ステンレスボール、食器類などはキッチン下の収納スペースにきっちり収まっている。
「チェックは終わり。トースターとかレンジでチンとか欲しいなあ。それもあるけど……」
作物は毎日おんなじものが収穫できるのよ。
つまり……。
「白菜に飽きてきた……ここは佐枝子渾身のアレンジ力で凌げば何とか。毎日白菜とコーンのサラダじゃ芸がないわよね」
白菜は茹でて、スープにしてもいいし。
でも、らっきょう、君はダメだ。全てアイテムショップ行きになったわよ。
使い道がないぞ。らっきょうってどんな時に食べたっけ?
カレー以外は思いつかないぞ。
カレー、カレーかあ。考えたらカレーが食べたくなってきた。
残念なことに、カレー粉はショップだと販売していない。調味料が豊富に揃っているのだから、カレー粉くらいあってもいいのにと思わない?
スパイスを育ててカレー粉を作るなんてハードルが高すぎて、カレー粉になる未来が想像できないわ。
でも佐枝子。あなたにはシチューがあるわよ。
シチューならたぶん牛乳を使えば作れるんじゃないかな?
「ちょおおいい! 白菜めえ。本来の目的を忘れるところだったじゃないの」
私じゃないの。白菜が。おのれ白菜めえ。
ダメよ。このままだとまたダーク白菜サイドに囚われてしまうわ。
「イルカくん、アイテムショップを表示させて」
木べらと泡立て器を購入する。ハンドミキサーがもう少し安ければそっちにしたんだけど。
自分で混ぜた方が手作り感が出るよね?
「ケーキくらい……じゃなかったパイくらい私だって作れるんだからね」
小麦粉をどどーんとボールに入れバターを放り込み、ぐりぐりと木べらで混ぜる。
めんごめんご。佐枝子、大事なことを忘れていたわ。
牛乳と水を入れないと、生地にならないわよね。
忘れちゃいけないベーキングパウダー。
「混ぜ混ぜ。こんなものかな?」
ここで大事なことに気が付く。
オーブンが無いじゃないの。仕方ないので、コンロの魚焼きグリルでパン生地を焼くことにした。
梨は皮をむいてバターで炒めたわ。
◇◇◇
思っていたのと違うものができちゃった。
パンらしき何かと梨のソテー。
そうか。卵を入れていないのが失敗だったのかも。幸い、「家畜:鶏」は購入できるようになったので、次回に期待ってとこね。
お砂糖はたんまりと入れたので、あまーい。
料理に必死になり過ぎた私は本来の目的をすっかり忘れていた。
あ、あうち。
窓越しに涼やかな髪色の鋭い目をした角の生えた青年が。
「サエ、来たぞ」
「ニールさん!」
ぴゃー。ファフニールに梨のパイをご馳走しようと思っていたんだった!
換気のために少し開いた窓に鼻を寄せた彼は、ほうと呟きを漏らす。
「いい匂いだ」
「そ、そうでしょうか」
「余程、手塩にかけたのだろう。悪いな」
「い、いえええ。期待されても……じゅ、準備します」
「もう出来たのか? 俺もお前に何かと思ってな」
目線を右手に向けたファフニールに何かと思い、窓を開け身を乗り出す。
薄い緑色をした石と動物の毛皮かな? といってもフェルトのような表面で、もふもふ感は全くない。
石の方は、透明感があり磨けば大理石のようになるんじゃないかと思わせるものだった。
「これ……?」
「ベンチで床に座って、だとお前に気を遣わせていると思ってな」
「そんなことありません。ファフニールさんに悪いなとは思っていましたけど……」
でも、牛を購入したりしていて、家具は後回しにしちゃっていた。
日用品も化粧水以外は最低限のものだけで。
余裕ができたら服をとか考えていた自分が恥ずかしい。
ファフニールのためだ。彼が喜んでくれるかな? なんて考えて料理を作ったりしていたけど、私は自分のことばかり。
それなのに、彼は私との食事をこれほど大切にしてくれていて石と毛皮まで持ってきてくれたんだ。
座るには少し高すぎるかもしれないけど、巨大な漬物石だと思って使えばいいじゃない。
「ありがとう、ファフニールさん」と心の中で彼にお礼を言う。
「料理はもういいのか?」
「は、はい。一応」
「なら待たせてしまうな。だが、我がままを言わせてくれ」
「私にできることでしたら……」
一体何だろう?
あ、そうか。あの巨大な石にフェルトみたいな毛皮をふわさと乗せるのね。
座布団みたいに。
「サエ、しばらく待っていてくれ。それほど時間は取らせない」
「もちろんです。じっと見てます」
「窓を閉めて家の中にいた方がいい。ほら」
と言ってファフニールは乗り出した私の額を指先で押し、窓を閉めてしまう。
シャキーンとファフニールの指先から爪が伸び、手首を返す。
すると、石がしゅぱーんと切れ、形を作っていく。
こ、これってまさか。
テーブルだ。石があっという間にテーブルに形を変えてしまった。
それだけで終わらない。
ファフニールの爪が動く、今度は見事な背もたれ付きの椅子が二脚生まれたの!
「す、すごいです! ニールさん!」
「まだだ。このままでは食器が割れてしまうかもしれないからな」
今度はフェルトのような毛皮をしゅぱしゅぱとやり、毛皮でテーブルの表面を覆う。
「思ったより多かったか。ついでだ」
「椅子にまで」
「クッション代わりにもならんが、無いよりはましだろう」
「ありがとうございます! これを私のために?」
「何もお前だけのためというわけではない。俺も使うのだ」
「とても嬉しいです!」
「俺はたったの一回。お前は何度も料理を振舞ってくれている。礼を言うなら俺の方だ」
な、なんて人なの。
私も彼のような立派な気構えを持った素敵女子になれるのかしら。
……ちょっと無理かもしれない。だけど、気持ちだけは前向きに。
どうしたんだろう? ファフニールが佇んだまま、頭に手をやる。
「すまん。サエ」
「どうしたんですか?」
「翡翠は重い。それに、この大きさでは扉から中に入らないな」
「ひ、翡翠だったんですか!」
「我が巣の周囲にいくらでもあるものだ。俺の言いたいことはそこではない」
「いいじゃないですか! そこに置いたままで。外で食べるのって素敵だと思います」
「そうか。お前らしいな」
「はい!」
さあ、そうと決まったら失敗作で申し訳ないけど、パンと梨のソテーを運ぶことにしよう!
飲み物はたっぷりの牛乳を入れたカフェオーレ。うん!
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