第10話 木登り隊長

 三日目となり、木の本数は8本にまで増えていた。

 昨日増えた3本の木は全て外れだったみたいで、果樹じゃなく普通に木だったみたい。

 次の4本のうちどれかは果樹だったらいいなー。

 

 梨の木の下まで来ると、まるでデジャヴのように枝の上からふわりとルルるんと白猫が降りてきた。


『ネクタリスか、もきゃ』

「うん。ルルるんはもう食べたの?」

『ありがたくいただいたもきゃ。美味美味もきゃっきゃ』

「たぶん、8個あったと思うんだ。残りをもらっていってもいいかな?」

『ここに置いてあるもきゃ』


 白猫に乗ったルルるんが小さな手でピコンと木の幹を指す。

 ん。何もないけど。

 トテトテと歩く白猫の後ろをついていくと、あったわ。梨が四個。

 裏側に置いていたのねー。

 

「ありがとう。ルルるん。私じゃ木の上に登るのが大変だったよ」

『もきゃ』

 

 お礼を言うと、ルルるんはピンク色の鼻をひくひくさせて嬉しそうな声を出す。

 愛らし過ぎてくらりと来ちゃった。

 実はイルカに頼めば、即回収できるのだけど、ルルるんの気遣いが嬉しかった。

 私はやっぱりどんくさそうに見えちゃうのね。うん、正解よ。ルルるん。

 木登りなんてした日には、お尻から地面に落ちちゃう自信があるかな。うん。

 

『ん? スレイプニル? 何もきゃ。ふむふむ。サエコも木登りしたかったんじゃないかって? なるほどもきゃ』

「え?」

『サエコ。すまんかったもきゃ。そこのネクタリスを吊るすもきゃ』

「ルルるんー」


 あ、あああああ。

 木に成っている梨をもぐことはイルカの回収で一発なのだけど、採取した後に移動させたものは自分で取りに行かなきゃならないの。

 ルルるんの小さな体だと一個だけしか持てなかった。

 この調子だと全部高い枝の上に置いちゃいそうだから、止めなきゃ。

 木の幹に足を乗せた白猫は垂直にそのまま歩いて上まで登って行く。

 猫ってこんな動きができたんだっけ。

 って。感心している場合じゃないわよ。佐枝子。

 

「一個だけでいいからあああ」

『そうもきゃ?』

「う、うん。そこでいいから、ね」

『分かったもきゃ』


 ルルるんと白猫はするすると木の幹を伝って元の位置に戻って来る。

 言えなかった。置いた梨を持って帰ってきてなんてことを。彼が好意でやってくれたことを無碍にすることなんてできないじゃないのよお。

 

「わ、分かったわ。やればいいんでしょお、やればああ」


 ルルるんがつぶらなお目目でじーっと私を見つめてくるものだから、「ルルるんにもう一個梨をあげる」という裏技が封じられてしまった。

 大丈夫よ。佐枝子。あなたはやればできる子。


「とおおりゃあああ」


 とてもじゃないけど、年頃の女子が出すとは思えない掛け声ではっしと木の幹にしがみつく。

 す、進みません。先生。この先、私はどうすればいいんでしょうか?


「先生、そうだったんですね。右手を上に、がしっとでっぱりを掴み、続いて左手を」


 頭の中にいる壮年のイケオジ様が指示を出してくれる。

 右脚を上に、左脚を上にいい。

 きゃ。ワンピースの裾が木のとんがりに引っかかっちゃった。

 

『もきゃ』


 白猫が猫パンチで引っかかった服を外してくれたよ。何てできる子なの。

 

「白猫さん、ありがとう」

『白猫じゃないもきゃ。スレイプニルもきゃ』

「スレイくんね。ありがとう、スレイくん」

「にゃーん」 

 

 フクロモモンガと白猫の声援を受けた私は俄然やる気を出し、妄想の中のイケオジ様の指示の元、するすると木の幹をよじ登る。

 ごめんなさい。盛りました。するするじゃないです、よたよたです。


「や、やりました。先生! あの枝です!」


 枝の上にちょこんと乗った梨をエイミングしたであります、隊長。

 いつしか学者風のイケオジ様はいかつい黒人の軍服姿のむきむきマンに変化していた。

 

 狙いを定め、手を伸ばす。

 スカ。

 だ、ダメ。取れるはずのものを取れなかったせいか、腕の動きに合わせ勢いよく体が触れる。

 

「も、もうダメですうう。教官ー」


 哀れ佐枝子。落下。

 硬い地面にお尻を強打することを想像し、きゅっと目をつぶる。

 ところが――。

 ぽふん。

 背中と太ももに柔らかな感触があり、ファフニール(人間形態)と目があう。

 あれ? それにしても、顔が近いような。それに、私、地面に足をついていない。

 

「大事ないか?」

「あ、ありがとうございます。ニールさん。いつ来たんですか?」


 私はファフニールに姫抱きされていた。彼は落ちる私を受け止めてくれたんだ。

 表情一つ変えず、彼は言葉を返す。


「さっきからだ。お前が木登りしているのを後ろから見ていた」

「そ、そうだったのですか」


 頬が赤くなる。抱っこされたことが原因じゃないの。

 木登り時のことを思い出して、ファフニールに聞かれていたことが分かり顔から火が出そうになる。

 あああ。全部、全部忘れて。頼みます。

 妄想の中にいた先生が悪いのよ。

 と、謎の責任転嫁をしても後の祭りってことは分かっている。

 だけど、だけど、どうしたらいいって言うのお。

 

「ほら、これを取ろうとしていたのだろう?」


 ファフニールは尻尾を上にあげ掴んだ梨を私に見えるように示す。

 なるほど。落ちた時の衝撃で私と一緒に梨も落ちてきていたのね。

 彼は優しく私を地面に降ろしてくれ、尻尾から手に移した梨を私に手渡す。


「ありがとうございます」

「問題ない。サエはいつも楽しそうだな」

「そ、そうでしょうか。は、はは」

「また夕刻になったら来る。ではな、サエ」

「はい、待ってます!」


 彼は何か用事があるみたい。

 私はここで特に仕事もなく過ごしているけど、彼はこの地でずっと暮らしてきたんだ。

 私ばかりにかまけているわけにはいかないよね。

 ちょっとだけ寂しいけど、丁度良くもある。夕方に来てくれるなら、その時までに梨を使ったパイを完成させておくのだー。

 ここで料理上手な佐枝子を見せつけてくれるう。焼き魚だけではないのだよ、とね。

 

 彼の後ろ姿を追いながら、じっと様子を窺っていたルルるんに声をかける。

 

「そういや、ルルるん」

『もきゃ?』

「ルルるんは自分のお家に帰っていたの?」

『周囲の探索をしてきただけもきゃ。この木の上で暮らすつもりもきゃ』

「だったら、私の家か、あまり環境は良くないかもしれないけど厩舎に住む?」

『見に行ってもいいもきゃ?』

「うん。ぜひぜひ」


 そんなわけで、ルルるんと白猫のスレイプニルを連れてまずは厩舎に向かうことになったの。

 

『ここを使っていいもきゃ?』

「そこでいいのかな……」

『快適もきゃー。スレイプニルも気に入ったもきゃ?』

「にゃーん」


 うっしーの向かいのお部屋に入ったルルるんと白猫は積み上げた藁に体を埋めて、ご機嫌そのもの。

 

「うもお」

「にゃーん」

『もきゃー』

 

 侮れないわ。この空間。のんびりした雰囲気が半端ない。

 じーっと順番に彼らの様子を見ているだけで癒される。

 

「ルルるん。私、家に帰って料理するね」

『分かったもきゃー』


 ルルるんに手を振っても、彼は藁の中に半分埋まった体を動かそうとはせず、小さな手をぐーぱーさせて「ばいばい」と示し、自分はここにいるアピールをしていた。

 そんなに気に入ったんだ。藁の中……。

 

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