第9話 うしのうっしー

「本日の収支を確かめたいと思います! きゃー。パチパチ」

 

 夕食とお風呂を済ませ、ベッドに腰かけた私は一人盛大な拍手をする。

 作物を収穫し、一部を食べました。

 アイテム一覧を眺めてみますと、まだまだ小麦粉などなどは残っておりますます。

 ということは、余った分を売ることができるというわけなのですぞ、ですぞおお。

 

「な、何か、一人で収支計算なんかしようとしたから、変なノリになっちゃったわ。めんごめんご」


 誰に謝っているんだ、私。

 それは、もちろん、私にだよ。

 佐枝子は考えることをやめた。明日になればまた収穫できるし、余っているということは明日の収穫だけでも食事に支障がないということ。

 

「全部売っちゃえー」

 

 きゃー。ゴルダが増えたわ。おとっつあん。

 二日分の余りでしめて1200ゴルダ。中々じゃないの。

 1000ゴルダを超えたということは、鏡を購入できる! 

 ではなくて、明日のお楽しみにしようっと。

 

 ベッドに寝転がると、すぐに意識が飛ぶ寝付きのいい佐枝子だった。

 

 ◇◇◇

 

 翌朝――。

 ネットも漫画もないので、寝る時間が早い。なので、起きる時間も……そんなに早くはない気がする。

 時計くらい最初からサービスしてくれてもいいのにね。

 何でもゴルダお金だよ。異世界だというのに世知辛いったら。

 そのうち所持金なんて考えずにショッピングができるようになるんだもん。ふーんだ。

 

 もそもそと小麦食パンとコーヒーで朝食を済ませ、牧場に向かう。

 木の板と棒でできた厩舎に入り、手すりに手を置く。

 厩舎は天井が高くなっていて、三メートルちょっとくらいあるのかな。

 中央が通路になっていて、左右は柵があって部屋になっている。部屋の数は四つ。

 ここも畑と同じで、拡張するには条件を満たした上でお金を支払う必要があるの。

 でも、四つも部屋があれば私一人が生活していくに十分だと思う。

 

「イルカくん、牛をここに出して」


 頼んじゃったよ。頼んじゃったわよおお。

 おいでませ、牛さん。


「うもお」


 呼びかけるまでもなく、瞬きをする間に白黒ホルスタイン柄の乳牛が出現していて、のんびりと鳴いた。


「そうだったわ。イルカくんにお願いしたら、直後に出現ポップするんだったわね」


 情緒も何もないけれど、早いことはいい事だよね。

 ご注文してから10日間待ってくださいとか、牛が車で運ばれてきたりなんかすると、厩舎に入ってもらうにも一苦労だもの。

 

<初めての家畜を獲得しました。

 家畜:鶏 が解放されました。

 アイテムボックスにプレゼントが届いています。

 イベントクリアボーナスが送られます。

 ショップに並ぶアイテムが増えました。>

 

「牛を購入することがイベントクリア条件だったのね!」


 思わぬイベントクリアに思わず小躍りする。

 我ながら不思議な踊り感が強く、誰にも見られていないかときょろきょろしてしまうほどだったわ。

 

 先にアイテムボックスを見てみようかな。

 こ、これは。

 万能乳製品作成機!

 覚えているわ。覚えていますとも。これがあれば牛乳から乳製品を作成することができますのよお。


「イルカくん、万能乳製品作成機をここに出して」


 さっそく設置する。

 何だかえらくレトロな機械がででーんと現れた。

 縦に長い長方形の寸胴の上部にブリキの煙突が伸びている。

 黄緑色が褪せたようなFRPと呼ばれるプラスチックのような素材が表面を覆っていて、右上の方に小さなメーターがあるのだけど……。

 メーターはアナログ体重計のような、何を計測しているのかよくわからないものだったのよ。


「見た目は関係ないわよね。へ、へへへ」


 ええっと。

 家畜はステータスを見るんだったっけ。

 

「イルカくん、牛の状態を教えて」

 

 お、ビンゴだったみたい。

 我ながら、天才的だわ。佐枝子。

 この牛は……牛というのも味気ないよね。

 

「よっし、あなたは『うっしー』よ」

「うもお」


 うっしーも名前が気に入ったみたいで、のんびりとした鳴き声を返してくれた。

 あれ、何をしていたんだっけ。

 ……。

 …………。

 ぴこーん。そうだった。うっしーのステータスを見るんだった。

 どれどれ、うっしーは一日に5リットルの牛乳を産出するんだって。

 肉にしない限りはずっと牛乳を得ることができるそう。

 無限に牛乳を出すってすごいね、うっしー。

 

「えらいぞお、うっしー」


 うっしーの首元をなでなでしたら、鼻息でふんとされた。

 な、何よお。

 あ、そうね。そうだったわ。

 うっしーは生物という設定なので、ちゃんと食べないと餓死してしまうようなの。

 必要な食事量は飼料が必要になる。

 うっしーは一般的な乳牛に比べると牛乳を出す量が少ない分、省エネらしいのだけど……一日に必要な飼葉の量はなんと10キログラム。

 小麦や大麦を与えていては、今の畑だと賄いきれないときたものだ。

 でも、大丈夫。

 アイテムショップならね。

 ショップに並ぶアイテムが増えたからか、元からあるのかチェックできていないけど「飼葉の種」なるものがあるのだ。

 

 お値段は300ゴルダ。さっき手に入れたイベントクリアボーナスが300ゴルダ。

 お金は問題ないのだけど、何だか釈然としない。で、でも。もしイベントクリアボーナスがなかったとしたら、うっしーは少なくとも二日は飼葉がなかったかもだもの。

 とても運がよかったと言わざるを得ない。

 既存の「もふもふ牧場」には飼葉の仕様なんて無かったはずなんだけど、リアリティを追及したってことなのかな?

 リアリティの方向が餌だけでよかった。牛乳の産出も変わっていたらと思うと、ゾッとする。

 

 厩舎から出て、牧場内に飼葉の種を撒く。

 飼葉の種は種の一種だから、使用量に制限がないのだー。

 

「うっしー。今日のところは少しだけだけど、大麦で我慢してね」

「うもお」


 今朝収穫したばかりの大麦を粉にして、うっしーに与える。

 明日には飼葉が成長しているはずだから、ごめんね。

 それでも容赦なくうっしーから搾乳して(イルカが全てやってくれました)、アイテムボックスに牛乳5リットルが追加された。

 

 さっそく万能乳製品作成機の前にしゃがみ込み、イルカを呼び出す。

 

「イルカくん、牛乳4リットルを万能乳製品作成機にセットして」

<どれにしますか? チーズ/バター/ヨーグルト>


 この三つから選ぶことができるみたいね。生クリームはないのかな? 

 自分で作れということかしら……う、うう。ケーキを焼いて、ファフニールと食べたいなって思ったのに。

 

「だったら、梨を使ってパイでも作ろっかな」


 ルルるんはここで暮らすとか言っていたけど、どこで住むつもりなのかな?

 フクロモモンガと猫くらいだったら、私の家でも大丈夫だけど。

 昨日はそのままいなくなっちゃったので、聞けなかった。

 梨が復活しているから、ルルるんも来ていると思う。

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