第8話 さえこのりょうり

「ルルるん。一つだけ守って欲しいことがあるの」

『盟約か、もきゃ?』

「お約束かな。盟約とかそんな重たいものじゃないよ。梨……この木にある果実は毎日元に戻るの。だけど、一日三個までにしてくれるかな?」

『ま、毎日! な、なんということもきゃ……。四つにしてくれないもきゃ?』

「いいよ。四個でも」

『スレイプニル、二個ずつもきゃ。その前に、お前の名前はもきゃ?』

「小鳥屋佐枝子よ」

『サエコ?』

「うん。佐枝子」

『魔王ストゥルルソンとスレイプニルはネクタリスの盟約に従い、佐枝子を護ることを誓うもきゃ』

「そ、そう。よろしくね。小さな騎士さんたち」

『任せろもきゃあああ! ファフニールと俺様たちが組めば無敵もきゃ!』


 これでよかったのかな?

 じっと後ろで話を聞いてくれていたファフニールの方へ体を向ける。

 

「俺を食欲だけの魔王と同じと思われるのは心外だ」

「そんなこと考えてもいません。勝手にファフニールさんも私を護るとかルルるんが言っているのをどうしたものかと思ってしまいまして」


 違う。そんなことじゃないのに。上手く言えなかった。

 でも、ファフニールは僅かばかり口端をあげ真っ直ぐ私を見下ろしてくる。

 

「お前と俺は友なのだろう? いちいちストゥルルソンの言葉などお前が気にすることもない。俺とお前のことと、あいつのことは別だろうに」

「は、はい」

「あいつも『護る』と盟約を交わしたのだ。お前に襲い掛かって来ることもあるまい」

「あ、あの。今日もお昼をご一緒できませんか?」

「昼までにはまだ時間があるな。また来る」

「そこに池ができたんです。だ、だから、あのその」

「池か。何が出るのか分からぬということか。分かった。共に確認に行こう」


 我ながら必死過ぎて引くわ。

 自分のことを心配して駆けつけてくれたファフニールをこのまま帰したくないという思いが、変な方向に出てしまったのよ。

 

『俺様は周囲を警戒してくるもきゃ。いざ行かん。スレイプニル』

「にゃーん」


 やっぱり猫だよね? スレイプニルって。

 見た目も鳴き声も猫そのものだもの。

 スレイプニルはルルるんの飼い猫なのかな? 私ももふもふしたーい。

 ゴルダが落ち着いたら、「お友達のお迎え」をしようかな。

 「お友達のお迎え」はショップにあるメニューの一つで、要はペットの購入のことである。

 

 ◇◇◇

 

 やって参りました二度目のひょうたん池。

 水面に寄ろうとした私を手で制したファフニールはするりと川べりに立つ。

 ふんと鼻を鳴らした彼は膝を折り水面に両手をかざした。

 

「まあ、いいだろう」

「あ、あの」

「特に危険な魔物は潜んでいない。そもそも、この池はお前が生成したものじゃないのか?」

「い、一応。私が作ったと言えば、そうでないようなそうであるかのような」

「この池もさっきの木と同じ仕組みだろう?」

「たぶん、ですけど。池の中に魚影があることは分かったんですが」

「魚か。サエは魚を食べるのか?」

「ファフニールさんはお魚を食べることができるんですか?」

「そうだな。リヴァイアサンに喰らいついたこともある。逃げられてしまったがな」

「そ、そうですか……」


 何だか聞いちゃいけないようなモンスターの名前が出た気がしたんだけど、佐枝子は賢いので聞こえぬふりができるんだ。

 リヴァイアサンって、巨大な魚のことだよね、きっと。

 ファフニール(ドラゴン形態)はビルのように大きいから、クジラみたいな魚なのかも。

 ありゃりゃ、つい考えちゃった。

 

「俺の食事の心配でもしているのか? 問題ない」

「ドラゴンさんに変身すると、お食事も沢山いりますよね?」

「そうでもない。この姿で食事をとれば、何故か腹が膨れることを今更知ったのでな」

「そうなんですか! ちょっと嬉しいです」

「よく分からないが、お前が満足しているのならそれでいい」


 ファフニールは本来ビルのように大きなドラゴンだから、私と一緒に食事をしても水を一滴飲むようなものだと思っていたの。

 だけど、彼は満腹になるんだって言っている。私のことを気遣ってのことかもしれないけど、それならそれで別の意味で喜ばしい。

 味覚は人間と同じなのかなあ? 私がおいしいと思うものが彼にとっておいしいなら最高だよね?

 でも、私が気になるのは別のことかな。

 ドラゴン形態の彼でも、この池なら水浴びできるかなあって。

 

「サエ」

「水浴びをして欲しいなんてそんなことは考えておりませんとも、おりませんとも」

「何を言っているのか。お前は魚影をと言っていた。魚も食べると聞いた」

「魚釣りをしないのかってことですね。ちょっと道具が無くてですね」

「道具? いいかサエ?」

「は、はい」


 何が良いのか理解しないままに、コクコクと頷きを返す。

 一方でファフニールは池に手を向けたままくるりと手首を回す。

 ビタンビタン。

 すると、地面にまるまると太った魚が二匹も跳ねていた!


「すごいです!」

「驚かせてしまったか?」


 言われて初めてハッとなる。ファフニールの爪が長くなっていたのを。

 爪は見る間にしゅるしゅると元の長さに戻る。

 あの爪を伸ばして魚を突き刺すか掬い取ったのかな?

 

「い、いえ。私もそんな爪があればなと」

「爪が欲しければ、俺に言え。このようなこと造作もない」

「は、はい」

「要らぬ気は回さずともよい。俺もお前に料理を振るまってもらっているのだから」

「で、でしたら。この後、お食事にしませんか?」


 私ばかり手伝ってもらっているのは明らかなのだけど、せめて精一杯料理を作ろう!

 うんうん。

 この魚で何を作ろうかなあ。

 

 ◇◇◇

 

 ダメだ。ほんと私って……。

 何が精一杯素敵な料理を、なのよお!

 私の貧弱な料理知識だと、せっかく新鮮な魚を得てもこうなる。

 魚のサイズは30センチと少しとなかなか程よいものだった。しゅばっと捌いて内臓を取る。

 この後、どうするか悩んだ佐枝子は、結局何も浮かばず塩を振ってコンロで焙った。

 そして出来上がったのは「魚の塩焼き」である。

 残りは昨日と同じ白菜とコーンのサラダに、ファフニールに食べてもらいたかったコーン粉で作ったパンだった。


「どうした?」

「い、いえ」


 愕然とする私の後ろからファフニールが声をかけてくる。

 浮かばなかったものは仕方ない。次に期待ってことに……。

 

「もう出来ているのではないか? いいかおりが漂っている。俺がベンチまで運ぼう」

「私も運びます」


 ひょいっと皿を掴んだファフニールに続き、私も料理を盛った皿を手に取る。

 ファフニールは「うまかった」と言ってくれたけど、佐枝子のために誰かお料理教室を開催して欲しい。

 「求)料理教室。出)100ゴルダ」とか、ネットゲームなら募集できたのだろうけど、ここには私しかいないんだ。

 無念。

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