第7話 フィッシャーガール

 あの後、池を探しに行ったのね。場所は畑から真っ直ぐ進んだところにあった。

 池は思ったより広くて、ひょうたん型なんだけど、大きい方で半径が50メートルくらいあったの。

 小さい方で40メートルに足らないくらいかなあ。

 岸辺にしゃがみ込んで目を凝らすと、魚影が見えたのよ!

 わあいと一人喜んだのも束の間、素手じゃあ魚を捕まえることができないとすぐに気が付く。

 ならば、「フィッシャーガール佐枝子」爆誕じゃない? 

 イルカにショップを開いてもらったけど、竹竿でさえ結構なお値段がして「今日のところは勘弁してやる」と魚に向けて捨て台詞を残し、いそいそと自宅に戻ってきた。

 

 夜はコーン粉でパンを作ってみたら、ふんわり甘くてなかなか美味しくてね。こんどファフニールにご馳走しようとウキウキする。

 バターかハチミツがあるともっとおいしく頂けそうなんだけど、バターはともかくハチミツはどうしたものか。

 調味料一覧にハチミツはないのよね。

 うん、知ってた。佐枝子、知ってたよ。ハチミツはフィールドにポップするハチの巣から採集するって。

 いつポップするのか、イベントクリアによって「解放」されるのか、ヴァーチャルリアリティ版「ほのぼの生活」じゃどっちの仕様なのか不明。

 そのうち手に入るかな? でも、ハチと格闘するのはちょっと……。

 

「ふああ」


 いろいろあったからなあ。お風呂からあがると眠気で頭が回らなくなってきちゃった。

 半目になりながら、化粧水をぺたぺたと塗って「パフも欲しいな」なんて贅沢なことを考える。


「って、そんなことじゃなくてえ。食材の在庫をメモしておかなきゃ」


 無意識にベッドに寝ころんでしまっていた体を起こし、イルカにコマンドを開いてもらったまではよかった。


「紙とペンがない。よ、よおっし」


 並んだ一覧に目を凝らし、小麦粉やらの横に書かれた数字を何度も復唱する。

 この数字を覚えておいて、明日の夜の数字と比べるんだ。すると、増えた分が計算できる。

 さすが、私。天才ね。

 小麦粉が――すやあ。

 

 ◇◇◇


「あれ、いつの間にか寝ちゃってた」


 寝る直前は何をしていたのだっけ。外から差し込む日の光で目覚めたはいいけど、まるで思い出せないや。

 そのうち思い出すかな? まずは顔を洗って、朝食にしようー。

 

 畑で作物を収穫し、種を撒くルーティンをこなしてから昨日発見した木がどうなっているか見に行くことにしたの。

 そうそう。木が更にポップしてて、合計四本にまで増えていた。

 この中のどれかが果樹だったら嬉しいのだけど。

 

「うーん。外れだったかー」


 昨日発見した木は青々と生い茂った葉のみで、果実は実っていなかった。

 どんどん木がポップしてきているし、そのうち当たりを引くよね。きっと。焦らない焦らない。

 だって、自分には作物があるから!

 ぎゅっと両手を握りしめたところで、こつんと何かが頭に当たる。

 

「ん?」


 リンゴか何かかな? 頭に当たっておちたそれに目を落とす。

 しゃがみ込んでつんと指先で転がしてみる。

 これは食べた後みたい。果物の芯だけが残っていた。食べた直後みたいで、まだ果肉の色が変色していなかった。

 たぶん、これ、梨の芯だ。

 

『小娘、俺様の果実に触れるとは、何をするもきゃ』

「んん?」

『その態度、この俺様を魔王と知っての狼藉かもきゃー!』

「可愛い……」


 少年のような声だったのだけど、木の上から飛び降りてきたのは意外過ぎる自称魔王だったの!

 白に茶色交じりの大きな丸いつぶらな瞳をした小動物。ピンク色の鼻と口をしていて、大きな耳が愛らしい。

 佐枝子、知ってる。これ、フクロモモンガって動物だ。

 それだけじゃないの。フクロモモンガは真っ白い猫の首元に乗っていた!

 猫と一緒に落ちてきて、そのまま猫にふわりと乗ったのよ。

 

『もきゃー! 俺様だけでなく、スレイプニルも笑ったもきゃ!』

「わ、笑ってなんか。可愛いなと思って微笑ましく」

『まあいいもきゃ。今は小娘に構っている場合じゃないもきゃ』


 白猫が前脚で梨の芯を払う。

 クルクルと回転しながら宙に浮いたそれをフクロモモンガがはしっと両手で受け止め、かじりついた。

 鼻をひくひくさせて食べてるー。きゃー。

 ここまで私をキュンキュンさせるなんて、さすが魔王と名乗るだけあるわ。


「魔王ストゥルルソン。俺の領域で随分な物言いだな」

 

 いつの間に私の背後に立っていたの?

 ファフニール(人間型)が、顎をあげふんと鼻を鳴らしフクロモモンガを睨みつける。

 

『邪黒竜ファフニール……もきゃ? 髪の毛の色が違うから偽物に違いないもきゃ』

「何を言うか。俺の魔力を見ても俺だと分からないほど耄碌したのか? ストゥルルソンよ」

『冗談もきゃ。もちろんお前の領域だと知っているもきゃ。不戦の盟約はちゃんと覚えているもきゃ』

「それを心得、尚、俺の領域で?」

『不戦は約束したけど、不可侵とは約束してないもきゃ』

「死ななければ分からないようだな? ストゥルルソン」

『俺様はスレイプニルと一緒もきゃ』

「だから何だと言うのだ。俺には護らなければならない者がいる。そいつとの約を違えるわけにはいかない」


 こ、これはちょっと、いえ、かなりよろしくない状況よね。

 フクロモモンガのなんとかルルるんとファフニールは一触即発になっている。

 ピリピリとした緊張感が場を支配し、大地がゴゴゴゴと震えそうな勢いだ。

 

「ま、待って。二人とも。ルルるんは果物を食べたくて、やってきただけなんだよね?」

『これこそ伝説のネクタリスに違いないもきゃ』


 そう言って梨の芯をバリバリとかみ砕き、ごっくんするなんとかルルるん。


「それが許せぬと言っている。お前が不埒にも食べ尽くしたその果実は、サエが魔力で生成したものだ」

『な、なんだってーもきゃー!』


 ルルるんはおっきなお目目をぱちくりさせ、両手を開き私に向ける。

 この木、梨の木だったんだ。それを私が発見する前に彼が全部食べちゃったというのが真相だったみたい。

 梨の木などの果樹は畑と同じで「一晩で果実が復活する」の。だから、食べ尽くしちゃったとしても、明日になればまた収穫できる。

 だから私はそこまで困らないんだ。

 一方のファフニールは彼が侵入したことより、梨を食べたことに対して怒っている様子。

 じゃ、じゃあ。

 

「ルルるん。食べちゃったものは食べちゃったもので、私は気にしていないよ。だから、ニールさん」

「そうだった。サエは聖女だったのだな。すまぬ。争い事はお前が最も嫌うことだった」

「い、いえ……ニールさんは私を心配して、来てくださったんですよね。だから、ええと。ありがとうございます」

「……全く。お前といると調子が狂いっぱなしだ」


 照れ隠しなのか、顔を逸らしてそんなことをのたまうファフニールだった。


『聖女! やはりこれはネクタリスで間違いないもきゃああああ!』

「ルルるん……あの、私はそんな大層なのじゃなく」

『聖なるものの軍門に下ろうと関係ないもきゃ。ネクタリスを作ることができるお前のところに住み着くもきゃ』

「え、ええと……ニールさんがよいというなら……」


 チラリとファフニールに目線を送ると、彼は「お前が決めろ」と態度で示す。

 別にルルるんに住んでもらっても、私は構わない。むしろ、歓迎なのだけど。

 でも――。

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