第12話 佐枝子、恥ずかしくて聞けない
「あ、甘いのは大丈夫ですか?」
「これほど純粋というか混じりけの無い甘さは食べたことがない。サエの魔法ならではなのだな」
「お気に召して頂けたのでしたら、ホッとしました」
「そうだ、サエ」
顎に手を当て目を細めるファフニールに内心ドキドキしちゃう。
彼のカッコいい仕草とかに「惚れてしまうやろ」ということではなく、我ながらこいつはあかんと思った梨のソテーを口にした後の仕草だったからなのよ。
水気のあるスッキリとした梨にバターと砂糖で和えたソテーはとっても微妙だったから。
正直、表情を取り繕うだけで精一杯だったの。
「あ、あの」
しまったああ。そこで声が上ずったらだめよ。佐枝子。
あくまで「これが当然、私の故郷の味なんだから」とふんふんしとかなきゃ。
カタリとフォークを皿の上に置くファフニール。
「これはネクタリスか」
「は、はいい」
「そうか。これがネクタリス。さすがストゥルルソンを魅了した聖なる果実だけはある」
「ご、ごめんなさいごめんなさい。へ? そのままの方が、明日にでも食べますか?」
「本当か! そのままでも一度食べてみたいと思っていたところだったのだ。しかし、貴重なる聖なる果実を、と思ってな」
「いえいえ。ルルるんには説明したんですけど、梨は毎日八個できるんです。今日は全部使っちゃったんですが、明日になれば、なんです」
まさかの高評価に目を見開くだけじゃなく、その場でひっくり返りそうになっちゃった。
単なるお世辞かと思ったけど、無骨な彼が美辞麗句を並べるとは思えないし。
梨のソテーという珍しさで彼が満足してくれたのかも。
◇◇◇
食事が終わるとすぐにファフニールはドラゴン形態に戻り、空へと飛び立って行った。
彼はどんな所に住んでいるのかな? 一度行ってみたいなあ。
お願いしたら連れて行ってくれるかもしれない? いやいや、そんなあ。
佐枝子、恥ずかしくて聞けない。
ごめんなさい。また嘘を言いました。
彼は自分が邪黒竜であることを余り快く思っていないような気がしているの。
だから、ええと。うまく言えないけど、自分の住処とか見せたくないんじゃないかなあて。
「でも、違う事ならお願いできるかも?」
フェルトの毛皮をパタパタしながら、ハタと名案が浮かぶ。
そうなの。彼が帰った後、椅子と机に被せてあった毛皮を取って、埃を落としておこうとしてたのよ。
テーブルの上にある方が案外大きくて、掃除機が欲しいと思った次第であります。隊長。
何を思いついたのかって?
それは。
「教えてあげないよ。じゃん」
きゃははは。
ダメ、自分で言っておいてあれなんだけど、ツボに来てしまったわ。
「私も。あの大空に行ってみたいな」
毛皮をテーブルに被せながら、一人呟く。
折をみて、ファフニールに「背中に乗せてください」ってお願いしたいと思っているの。
気持ちいいだろうなあ。空の上。
「ふう。終わった終わった」
今日も楽しい一日だったなあ。
ファフニール、ルルるん、スレイとお友達もできて、この世界で何とかやっていけそうだと一人笑顔を浮かべる。
よおっし、明日も頑張るぞー。
◇◇◇
昨晩余りの作物を売ったお金で、鶏を……買おうとしたのだけど予定を変更したの。
作物を回収し種を撒いて、うっしーから牛乳を頂いた時、ぱらぱらとした音が聞こえてきたのね。
厩舎から手を出すと、しっとり手の平が濡れる。
こいつはああ。霧のような雨だ。
厩舎にルルるんたちはいなかったので、彼らは梨の木のところかな?
それより急がなきゃ。
「はあはあ……こ、これくらいなら。イルカくん、ビニールシートを出して」
宙に浮かんだイルカが尻尾を振るとテーブルセットに厚手のビニールシートがふわりと覆いかぶさる。
色は伝統的な青色よ。緑とどっちにするか迷っている暇はなかった。
日用品は値が張るけど、ファフニールに作ってもらったテーブルセットを濡らすわけには……あ。
「毛皮だけ家の中に入れて干して置けばよかったんだ……」
ビニールシートの下から毛皮だけを引っ張り出し、家の中に入れる。
布団用の室内物干しを注文し、そこに毛皮をかけた。
「くちゅん」
結構濡れちゃったみたいで、体が冷えくしゃみが出てしまったわ。
うーん。
物干しは三枚まで布団を干すことができるタイプ。
二枚までなら分かるけど、三枚ってどういうこと? 間違えて購入しただけじゃない。言わせないでよ。もう。
干す場所はある。
「お風呂行こうか、お風呂」
お風呂でゴシゴシとワンピースを洗い、ついでに下着もゴシゴシとすることに。
知ってる? 佐枝子は花も恥じらう乙女だというのに着替えが一つもないの。
でもね、ベッドにはシーツがあるじゃない。
掛ふとんを物干しに移動して、洗った服と下着も同じく物干しに。
「すごーい。この物干しで正解だったじゃないー。えらいぞ。佐枝子。くちゅん」
変なことを言う前にシーツを。
ベッドからシーツを剥ぎ取り、体にグルグルと巻きつける。
すると、あら不思議、服になったわよお。
コツンコツン――。
その時、窓が叩かれる音がした。
ま、まさか。ファフニール?
「す、すいません。ちょっと今は……」
『忙しいのかもきゃ? 遊んでいると思ったもきゃ』
「なんだあ。もきゃっきゃだったのね。どうしたの?」
『梨を取りに来なかったから持ってきてやったもきゃ。感謝するもきゃ』
「そうだったんだ。ありがとう。でも、ルルるん一人だと、全部は持てないよね」
『何を言っているもきゃ。ちゃんとこっちに来て見るといいもきゃ』
どれどれ。
窓の外にはスレイに乗ったルルるん。
それだけじゃなかった。
彼の上に梨がふよふよと浮いているじゃないの。
梨ファンネルとは、新手の兵器みたいだわよ。
よく見てみると、雨も彼らには降り注いでいない様子だった。
「想像の斜め上だったわ。それどうしているのかな……」
『俺様は魔王もきゃ。これくらいできて当然もきゃ。な、スレイプニル』
「そうかもきゃー」
『もきゃっきゃ』
すごいわね。もきゃパワー。
どんな手品を使っているのか全然分からないわ。
でも、手品ってタネが分かるとつまらないものよね?
だから、謎のもきゃパワーってことにして、これ以上追及しないでおく。
……私もやってみたいかも。
梨ファンネルはどうでもいいんだけど、傘をささずに出歩けるのは便利よね!
ルルるんから梨を受け取り、お礼に梨を一個彼に戻す。
すると、彼はピンク色の鼻をひくひくさせてとても喜んでくれた。
増えた木のチェックとか一通り周辺を回りたいのだけど、こんな格好だし今日は大人しくお家で過ごすことにしようかな。
こんな日もあるさあ。
そして、佐枝子は家に引きこもることを決めたわけなのだった。
だけど、忘れていたのだ。
ファフニールと「調理していない梨を食べようね」と約束していたことを。
「きゃあああ。どうしよう。服を注文するか、このままこれは服ですと誤魔化すか、悩む」
彼との約束を思い出したところで、軽く悲鳴をあげうろうろと室内を歩きまわる。
どうなる私?
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