第三話「バレーボール部の部長」(語り手:深田瑠美)
第一話、第二話の話者が、ちょうど反時計回りの位置にいたため、その順で話していくことになった。
よって三話目は、ショートヘアの女性が話すことになる。快活そうな彼女は、この会合には似つかわしくないが、果たしてどのような怪談を語ってくれるのだろう。
「次は私ですね!二話目、とっても面白かったです。でもあの話の後だと、緊張しちゃうなあ。
あ、自己紹介しますね!私、
自分の言った冗句で、彼女は甲高い笑い声をあげる。箸が転んでもおかしい、という言葉は彼女のためにあるのだろうか。
「そしたら私は、部活つながりってことで、バレー部の話をしようかな。
元部員って人いたら申し訳ないんですけど、あの部って、はっきり言って
あんな風になっちゃうの、きっとバレーっていうスポーツのせいだと思うんですよね。あの競技って、身体でボールを受け止めるでしょ?だからすっごく痛いじゃないですか。しかもそんな痛い思いをしてレシーブしても、それが報われるとは限らない。味方が取れない場所に飛ばしちゃったり、他の人が落としちゃったり。そんなの、ストレス溜まるに決まってるじゃんって思いません?もちろんチームスポーツだから、味方との連携が取れないってことは絶対あるけど、やっぱり『痛い』ってのがあると、怒りとかも倍増しちゃうと思うんですよね。
それに、いじめとか『しごき』とか、そういうのをする時も、ボールを当てるだけで済むでしょ?だから、自分で殴ったり蹴ったりするより、罪悪感も少ないんじゃないかなあ。もしそれで怪我とかさせちゃっても、『部活にはつきものです』で済んじゃいますし。
実際、私の学年にも居たんですよね、そういうことした人が。
確か、
でも私、部長ってやっぱり、競技の上手さじゃなくて、人望が大切だと思うんですよね。だって、周りから慕われてないと、どうしても部員たちが付いてきてくれないでしょ?その上、森田さんは性格も悪かったから、部が全然まとまらなくて大変だったみたいですよ。
でもね、ある時から、全員が森田さんに従うようになったんです。なんでだと思います?
それはね、彼女が一年生に『しごき』をするようになったからなんです。
そんなことしたら、もっと反発されると思うでしょ?でも、そうじゃなかった。
彼女、一年の『しごき』を、みんなにやらせたんです。『百本レシーブ』とか銘打って、一人に対して、二年生全員でアタックを打ち込んでいくの。毎日、一回、その日の練習の最後に、ね。一応、練習として成り立ってはいたから、最初は戸惑ってたけど、みんな参加してたんです。だけど次第に、楽しくなってきちゃったみたいで。
だって、自分は痛くないし、ストレス発散にもなるし、ちゃんとした練習だから罪悪感も少ないし。その上、『部活が終わる』っていう開放感も合わさっちゃう訳でしょ。やってる側は、その時間が待ち遠しくて仕方なかったんじゃないですかね。
だから、その練習をする度に、段々とエスカレートしていっちゃったんです。取れるか取れないかのギリギリを攻めたり、わざとド真ん中に打ち込んだり。ほぼ同時にアタックする、とかもあったかなあ。ほんと、陰湿というか、何と言うか。
まあ、それでも、高校の部活だと、中学でも同じ部だったって人がほとんどじゃないですか。だから、レシーブ練習とかもある程度慣れてるみたいで。怪我をしたって言っても、擦り傷くらいで済んでたんです。
でもね、その代の一年生に、一人だけ未経験だった娘がいたの。
それで、どうなったと思います?」
深田はそこで少し間を置き、ふふふ、と笑った。
「なんかね、みんな、その娘のことが気に入ってなかったみたい。未経験だけど、前向きに頑張ってる、その無邪気な姿に、嫉妬してたんだろうね。その娘の時だけ、いつもの数倍キツい『しごき』をしたの。
ギリギリ届かない場所に打って、取り損ねて転んだ所に打ち込んで。『早く立てよ!』って罵声を浴びせて、立とうとしてるのに打ち込んで。それで倒れたら、みんなで一斉に大笑い。
よくそんなことできるよね。
でも、それだけじゃ満足できなかったみたい、何回も何回もぶつけ続けて、『やめてください』って彼女が言っても辞めなくて。ついには気を失っちゃったんだけど、それでも止めることはなかったんだ。
最終的には、うちの部長が割って入ったんだけど、その娘のこと運んだの、私たちバスケ部だったしね。
一年生は怖くて動けなかったから仕方ないけど、森田さんたちはずっとぶつくさ文句言ってた。
人間って怖いねえ。
それで一年の娘ね、命に別状はなかったし、骨折とかもしてなかったんだけど、全身にアザが出来ちゃったらしいの。顔とか脚とか、見えるところにもあったから、完治するまで学校も休んだんだって。
もちろん、バレー部は退部しちゃったし、ご両親が学校を訴えるみたいな話も出たよ。だからバレー部の二年生は全員、暫くの間、停学になっちゃった。でもね、森田さんはずっと言い張ってたらしいよ、『怪我なんて、部活にはつきものです』って。
結局この件、部員たちがその娘の家に謝りに行って、それで手打ちになったらしいの。言うまでもなく森田さんは謝罪に来なかったんだけどね、『もう良いから』って、彼女、許しちゃったんだって。ご両親は納得いってなかったみたいなんだけど、本人が大丈夫って言うもんだから。それ以上は、この事件が取り沙汰されることはなくなっちゃったんだ。
私、最初は『懐が広いなあ』とか呑気に思ってたけど、そうじゃなかったのよ。彼女はむしろ、執念深かったの。
バレー部の停学も明けて、顧問の先生の監視下ではあるけど、練習も再開して。たまに森田さんが『しごき』をしようとして注意されたりしてたけど、それでも、普通のバレー部の姿を取り戻していったの。怪我させた娘のことなんて忘れてね。
さすがに問題を起こした部だし、大会とかには出られなかったから、本人たちにとっては短い一年だったかもね。でもね、そろそろ引退の頃合いって時に、顧問の先生から『最後くらい試合をしても良いんじゃないか』って話が出たの。まあ、一年生が一回も大会に出たことないまま、引き継ぎをしたくないってのもあったかもね。
まあ、とにかく、森田さんたち、春の大会に出ることになったの。私の学校だと、引退試合は他の部の人が見に行ってあげる、って習慣があったの。だから私も見に行ったんだ、特に仲良い人もいなかったけどさ。
結構、朝早くに行ったつもりだったんだけど、私たちが会場に着く頃にはもう、他の学校の試合が始まってて。すごい熱気だったね。鋭いアタックと、それに対するブロック。そんな所まで取れるのって感じのレシーブと、味方に繋げる安定したトス。そして見事なジャンプサーブ。他にも、フェイントとかクイックアタックとか、授業でやるのじゃ見られないプレーが見られて私、感動しちゃった!
しちゃった、けど、そんなのって、戦ってるチーム同士が強くないと無理だよね。森田さんも上手いとは言え、他の人はそこまででもないし、しかも初戦から全国3位の学校が相手でさ。正直、お通夜モードって感じだったよ。だけど最後の大会じゃない、精一杯、応援してあげようって思ってた訳。でね、私、一番後の端から二番目の席に座ってたんだけど、試合が始まるちょっと前にね、女の子が隣に座ったの。うちの制服だったし、『ああ、後輩の娘が応援に来たんだ』とか思ったんだけど、なんか見たことある顔でね。あまりにも思い出せなくて、その娘のこと二度見しちゃったんだけど、すっごく重い表情でコートのこと見ててね、びっくりしちゃった。
結局、その娘のこと思い出せたの、試合が始まった時だったんだ。開始のブザー音が鳴ったのと同時にね、『あ、森田さんに怪我させられた娘か』って気がついたの。
それから、隣が気になっちゃって、全然試合に集中できなくって。応援席のみんなで掛け声を合わせたりするでしょ?『ナイスサーブ!』とかさ。そういうの、全くできなくなっちゃって、私すごいソワソワしちゃってさ。友達に『大丈夫?』とか聞かれたりして、『ああ、うん』とか誤魔化してたんだけど。でも、そんな感じにしてたら、急に大きな音がしてね。何かと思ってコート見たら、森田さんが右手を痛そうに押さえてて。相手のアタックを取り損ねて、もろに当たっちゃったんだって。
その後もさ、森田さん、レシーブしようとする度に、失敗して身体に当たっちゃってね。普段そんなミスすることなんてないし、他の娘はそんなことないし。みんな、『どうしちゃったんだろう』ってザワザワしてた。
だけどね、私だけは気が付いてたの。
隣の彼女が、レシーブの『あ・げ・ろ』っていう掛け声に合わせて、ブツブツ呟いてたんだ。
『あ・て・ろ』、『あ・て・ろ』ってね。
彼女がそう言う度に、森田さんにボールがぶつかるの。そうなっても彼女、無表情で試合を見続けてて。時々、『あ・て・ろ』って呟くの。そうするとまた、森田さんにボールが直撃して。
私、それに気がついた時から、怖くて動けなくなっちゃってね。ただただ、試合が進んでいくのを眺めてるしかできなくなっちゃった。
それから、その娘が呟く頻度が上がっていってね。次第に、相手がアタックする度に、『あ・て・ろ』って言うようになって。だから、何回も、何回も、何回も、それにぶつかって、森田さん、ボロボロになっちゃって。それでもフラフラ立ち上がって、またボールに当たって。それでも、まるで誰かに操られてるみたいに、何度でも立ち上がるの。
でも隣の娘は掛け声をやめなくてね。すっごい怖い表情で、『あ・て・ろ』、『あ・て・ろ』、『あ・て・ろ』、っていつまでも唱えてた。
チームメイトも森田さんに交代するように言ったんだけど、全然聞く耳もってないみたいで、何度もボールに当たりにいっちゃうの。応援席のみんな見てられなくなってね、負けで良いから早く終わってくれって雰囲気が漂い始めちゃって。そしたら、相手のアタックが、見事に森田さんの顔面に当たってね、泡吹いて倒れちゃった。しかもちょうど、それで試合終了。即座に救急室に運ばれてったわ。
それを見届けたところで、隣の娘、すっと席を立って、出て行っちゃった。どことなく、嬉しそうな様子でね。
エースがそんな状態になっちゃったからさ、それ以降の試合は全部棄権。しかも森田さんの目も覚めないから、そのまま解散になっちゃった。
だからその日は、安否を確認することはできなかったんだけどさ。次の日になっても、彼女、学校に来なくて。なんでも、全身にアザができちゃったんだって、まるで彼女が怪我させた娘みたいにね。
それ聞いた瞬間、背筋に
でもね、森田さん、彼女と同じように命に別状はなかったんだけど、それから学校に来なくなっちゃったの。
なんでも、身体にできたアザが、ずうっと消えないんだって。まあ、正直、自業自得だなって思っちゃうけどね。
ちなみに、一年以上経った今でもアザが消えなくて、長袖長ズボン、顔にはマスクって状態らしいよ。それだけあの娘の怨みが強かったってことなんだろうね。ふふふ。
これで私の話は終わり、それじゃあ次の人どうぞ」
蝋燭の火が消えて、三話目が終わる。
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