第二話「呪いのデジカメ」(語り手:新川宗太)

「次の二話目、僕が話しても良いですか」

 百物語の第二話は、ある男の挙手から始まった。陰気な雰囲気の漂う彼は、蝋燭に火を灯して話を始める。

「はじめまして、二年の新川あらかわ宗太そうたです。

 いきなりでしゃばってしまって、すみません。でも、もしこの会合が、一話目みたいな冗談話をする場所なら、僕は途中で帰らせてもらおうと思いましてねぇ。だから、そうなってしまう前に、一度くらい話しておきたいんですよ。

 あぁでも、さっきみたいな話をしようとしていた方も、気を悪くしないでくださいね。あくまで、『私にとっては』退屈なジョークだった、というだけですから。

 これから私が話すのは、『心霊写真』についてです。先程のものとは違う、本当の心霊写真の話ですから、安心してくださいね」

 皮肉混じりの冗談を言ったかと思うと、新川は、すっと真面目な表情になった。

「これは、僕が高校生一年生だった頃のことです。

 僕の母校には、写真部、というものがありましてね。えぇ、うちの大学にある写真サークルと、活動内容は同じようなものですよ。各部員が写真を撮ってきて、部活の時に見せ合う。それを『これは良い』とか『もっとこうするべきだ』とかを言い合うんです。そしてその集大成を、文化祭で写真展として披露する。そんな部でした。

 大学生くらいになれば、写真を撮る楽しさも分からなくはないですが、高校生の頃でしたからね。やっぱり、人気のある、無難な部活に惹かれてしまうものです。他の生徒も同じようなものだったのでしょう、写真部は毎年、廃部ギリギリの人数しか所属していませんでした。

 そんな状況もあって、僕の周りには写真部の部員は居なかったんです。なので、写真部の存在など、完全に頭から抜けてしまっていました。

 ですが、高一の文化祭、何気なく訪れた写真展で、僕はすっかりこの部の虜になってしまいましてねぇ。それ以来、写真部の様子を、遠くから観察することにしたんです。

 入部はしなかったのかって?えぇ、僕が興味を持ったのは、写真ではなくて、人間関係、でしたから。

 その年、写真部には僕と同じ学年の方が二人所属していました。

 一人は篠原しのはらさんと言いまして、マイナー文化部には珍しく、気さくで親しみやすくて癖のない、良い意味で一般的な方でした。

 一方、もう一人が金井かないさんと言って、陰気で、利己的で、性格もねじ曲がっていて。まさに、周りに馴染めなくて、少人数の部活にしか居られない、そのような方でした。

 この二人、一見、共通点なんて無さそうなものですが、一つだけ同じものがあったんです。それは、名前、です。篠原さんと金井さん、どちらも『かれん』という名前だったんですよ。

 今となってはそれほど気にはなりませんが、思春期の真っ只中である高校生からしたら、名前、特に下の名前は、特別な意味を持ちますよね。親しみの証だったり、アイデンティティだったり。

 それに加えてこの写真部では、部員同士を名前で呼ぶのが一般的だったんですよ。少人数の部活でしたし、所属しているのも、女生徒しかいませんでしたから。

 それが、同じ名前の生徒が二人入ってきたが故に、その二人だけ苗字で呼ばれることになってしまった。下の名前で呼ばれない距離感に加えて、部の中での仲間外れ感。誰も悪くないとは言え、相手に恨みの感情を持ってしまっても、おかしくはないように思えます。特に、自己中心的な性格の、金井さんのような人物であれば、ね。

 実際に、彼女は篠原さんのことを恨んでいたようです。ですが金井さんは、面と向かって何かをする勇気はない方ですから、独り言で恨みの言葉を並べることしかできませんでした。もちろん、正式な呪術を行っている訳ではありませんし、篠原さんの身に危害がおよぶ、なんてことはなかったんです。金井さんが、とあるカメラを、学校に持ってくるまではね。

 あれは確か、僕が二人の観察を始めてから、一ヶ月ほど経った頃でしょうか。金井さんが、あるデジカメを手に登校してきたんです。擦った跡があったり、塗装が剥げていたりと、かなりボロボロでした。

 その時、僕は『あぁ、きっとこれは拾ってきたものだな』と思いましたよ。だって彼女、性格は悪いですが、カメラだけは大切にしているんですもの。そこまで傷つけたりはしないはずですから。

 金井さんは、教室で暫く考え込んでいましたが、机上に置かれたカメラを手に取り、ファインダーを覗き込みました。そして一枚、黒板の前に立っていた生徒の写真を撮ったのです。

 デジタルカメラって、機種によるかもしれませんが、撮った後にその写真が画面に表示されるじゃないですか。ですから、否が応でも撮った写真を見ることになるでしょう?それで彼女は見たんです、その生徒の左足首を貫くように、真っ赤な線が入っているのを。

 いわゆる心霊写真です。金井さんは少しギョッとしていましたよ。もちろん幽霊が写っている訳でもありませんし、ただレンズが壊れているだけかもしれません。でも、気味が悪いでしょう?だから金井さんは、その写真を削除して、その日はカメラは仕舞ってしまいました。

 次の日、被写体の生徒は、松葉杖を突いて登校してきました。左足首を骨折して。本人は『足首をひねった』と仰っていましたが、ひねっただけで骨折するものでしょうか。金井さんもそう思ったようです。カメラの入っているカバンを見つめながら、わなわなと震えていました。でもね、僕は見逃しませんでしたよ、震えている彼女の口元が、かすかに笑っていたことをね。

 その日から彼女は、そのデジカメでしか写真を撮らないようになっていました。いじめっ子の生徒や、ムカつく先生、吠えてくる犬。ひたすらに撮り続けました。撮影した写真には、必ず赤い線が入っていましたよ。そして必ず、被写体は怪我をしていました。小さなものだと、切り傷程度でしたが、大きなものだと、もう二度と動かなくなるものまでありました。それでも、被写体が怪我をする度に、金井さんは嬉しそうにしていましたよ。

 そんなことを何回も繰り返して、彼女も確信が持てたんでしょうね。そのデジカメが、被写体に怪我を負わせることのできるものだって。彼女はとうとう、篠原さんのことを撮影することに決めました。

 ですが、流石に少し後ろめたい気持ちがあったんでしょうね。篠原さんにバレないよう、こっそり撮ろうとしたんです。彼女の後をつけて、隠し撮りするチャンスを窺っていました。

 教室では撮りづらい、トイレは無理、部活中はもっての外です。そんな風にタイミングを探っていたら、ついに下校時刻になってしまいました。今にも篠原さんは帰ってしまいそうです。

 金井さんは焦っていたんでしょうね。『もうどうにでもなれ』といった様子で、篠原さんのいる教室に飛び込み、ファインダーを除きもせずに写真を撮りました。

 ところで、冬になると、下校する時刻には既に、外は真っ暗になっていますよね。しかも教室は明るい。そんな状態で写真を撮ると、どうなるか想像つきますか?そうです、窓に人が映り込むんですよ。

 ここまで言えば分かりますかね。はい、金井さんが撮った写真は偶然にも、窓に映り込んだ自分に、ピントが合ってしまっていたんです。そして、その姿には、真っ赤な線が、びっしりと、刻み込まれていましたよ。

 それを見て、彼女は慌てて写真を消しましたが、もちろん悪あがきにしかなりません。その日の夜、彼女は身体中を切り刻まれて、亡くなったそうですよ。なんでも、下校中に殺人鬼に殺されてしまったそうです。

 後から聞いたのですが、彼女のカバンからは、デジカメは見つからなかったそうですよ。そのカメラ、どこにいってしまったんでしょうねぇ。

 これで僕の話は終わりです。次の話が楽しみです」

 蝋燭の火が、ふっと消され、部屋が再び闇に包まれた。

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