第九話 お土産はビフカツサンド
「まさかこれも谷さんの手作りとか?」
「残念ながらそれは取り寄せたものです。北海道に牧場を経営している知り合いがいましてね。通販サイトもあるので、もし気に入ったら買ってやってください」
そう言って谷さんは、商品のリーフレットを置いていった。
「皆さん、いろいろお知り合いがいらっしゃるんですね」
「そりゃまあ、自衛隊は日本全国に点在していますからね。特に陸自の駐屯地は全国
「なるほど。じゃあその気になったら北から南まで、お知り合いから美味しいモノ取り寄せ放題とか」
「あー、やってみたことはありませんが、多分できるんじゃないかな」
原田さんが笑う。
「あ、そろそろ花火が始まりますよ」
時計を見た山南さんが言った。空を見上げていると、ポーンと音がして大きな打ち上げ花火があがる。
「まさかあれも自衛隊さんが自前で?」
「いやいや。さすがにあれは消防から許可がでないので、ちゃんとした花火職人さんに依頼してますよ」
見上げているとかなり大きな花火がいくつも上がる。なかなか本格的だ。花火は20分ほど続き、最後にひときわ大きな打ち上げ花火が上がると、ようやく静かになった。それと同時に下がザワザワし始める。帰るためにゲートに向かっている人達だ。
「さて、楽しんでもらえましたか?」
「はい、すごく楽しかったです! あと、おいしかったです。ごちそうさまでした!」
「いえいえ。こちらこそ来ていただきありがとうございました」
そこへ紙袋を持った谷さんがやってきた。紙袋を原田さんに渡すと、ニッコリと私に笑いかけてその場を離れていく。
「これ、お
「え、でも晩御飯をごちそうになったのに」
「お気になさらず。どうせ残っても、ここの隊員達の腹の中に消えるものですから」
そう言って私に紙袋を押しつけた。かなりずっしりしている。
「こっちは山南な。今夜の宿代として
「お気遣いありがとうございます。尾形も喜びます」
そう言いながら山南さんは紙袋を受け取った。そっちの紙袋は私が渡された袋よりさらに大きい。
「ちなみに入っているのは、ハンバーガーではなくビフカツサンドです。それはそれでうまいので楽しんでください」
私にそう言ってから、山南さんの顔を見てニヤッと笑った。
「山南も運がよければ明日の朝飯に食えるんじゃないか?」
「だと良いんですが」
「さあ、じゃあそろそろ下に行くか。下までは一緒に行くが、ゲートまでの見送りは無しな。俺達はこれから後片付けで大忙しだから」
席を立ち忘れ物がないか確認してテーブルを離れる。テントでは谷さんがまだ調理をしていた。他の人達にもお土産を用意しているのかもしれない。もしくは片付け後の秘密の夜食かも。
「ごちそうさまでした! おいしかったです! お
「また遊びに来てくださいね」
谷さんはニコニコしながら手を振ると、すぐに調理に戻った。階段を下りて玄関に向かうと、前の道路は帰る人達で大渋滞になっていた。
「まあ山南がいるので大丈夫だとは思いますが、気をつけて帰ってください。無事に自宅に戻るまでが遠足なので」
「ありがとうございます」
「山南も、エスコートは最後までしっかりな。
そう言った原田さんの顔が、一瞬だけ厳しい自衛官の顔になった。
「了解してます。では失礼します」
山南さんが敬礼をする。
「おう。またそのうち師団長のツーリングに誘ってくれ。予定が合うようなら参加するから」
手を振る原田さんに見送られ、私と山南さんは渋滞する人の例に入った。
「すごい人ですね」
「これでも少ないほうなんですよ。航空自衛隊のイベントなんて何十万人単位なので」
「そんなに?!」
「そんなにです」
ノロノロと進み、やっとゲートを出た。隊員さん達が立って「お疲れさまでした」「気をつけてお帰りください」と声をかけている。駅のホームもかなり混雑していた。満員に近い電車の中、山南さんはさりげなく他の人との壁になるように立ってくれている。
「原田さんがくれたサンドイッチ、ペチャンコにならないと良いんですけど」
「なんとか死守しないと、尾形にどやされるかもしれないな」
渡された紙袋を抱えるようにして持った。
「山南さんは食べたことあったんですか? 谷さんのハンバーガーとビフカツサンド」
「話には聞いていたんですが、食べたのは今回が初めてです。ハンバーガーは谷さんのレシピなんですが、ビフカツサンドは違うらしいんですよね」
「そうなんですか? もしかして代々
お肉お肉してるのがとても陸上自衛隊さんぽいし、その可能性もあったりしてと考える。
「原田さんの話だとそんな感じです。どこから伝わったのかは教えてもらえてないんですけどね」
「へえ。ますます食べるのが楽しみです」
「あ、すみません。ちょっと袋をお願いします。尾形に連絡を入れておかないと」
そう言って紙袋を私にあずけた。おお、これはかなり重い。
「明日の朝ご飯が楽しみですね、山南さん」
「俺、食べさせてもらえるんですかねえ」
そう答えた山南さんが顔をしかめる。
「山南さん、眉間にシワができてますよ」
「あ、すみません。スマホで文字を入力するのがどうも苦手で」
なんとか文章を打ち終えたらしく、それを読み直してから「よし」と呟いて送信する。
「花火まで見ていたので遅くなっちゃいましたね。私を送ったらますます遅くなるのでは? あまり遅くなるのも尾形さんに御迷惑ですし、駅で解散でも大丈夫ですよ?」
私がそう言うと、山南さんは信じられないという顔をした。
「とんでもないです。家に着くのが何時になるかわかってるんですか?」
「でも、閉店までバイトしている時だって同じような時間ですし」
「今日はバイクじゃなく、駅から徒歩じゃないですか。とんでもないです。ちゃんと送っていきます。御厨さんが玄関のドアを
なにやらブツブツと言いはじめる。
「山南さん、心配しすぎですよ」
「最近は物騒なことも多いですから、心配しすぎぐらいがちょうど良いんです」
「大家さんの家がアパートのすぐ隣で、アパートもその敷地内ですから、泥棒の心配はないと思いますけど」
「いやいや、
「でも、部屋の中の確認はダメです」
「……」
その顔つきからして山南さんは納得していないようだ。
「じゃあ、部屋に入ってカギをかけたら窓を開けて、下にいる山南さんに声をかけますから。それなら問題ないでしょ?」
私の提案に納得した様子はない。だけど私が譲る気がないのを察したのか、ため息をついてうなづいた。
「わかりました、それで譲歩します。考えたら女性の部屋に男の俺がズカズカ入るのも、泥棒並みに問題ですよね」
「納得してもらえて良かったです」
「いえ、納得はしてませんよ。ただの譲歩です」
なかなか頑固なカピバラさんだ。
「私だって、とっちらかしてる部屋を見せたくはないんです。山南さん達みたいに整理整頓できてませんから」
「そんなこと気にしませんよ、俺」
「整理整頓のプロがなにをおっしゃいますやら。だって毛布とかちゃんとたためてないと、窓から毛布やマットレスが放り出されちゃうんでしょ?」
これはコーヒー牛乳こと
「俺は教育隊の教官みたいなことはしませんけど」
「とにかくダメです。見せるとしても、ちゃんと片づけて私が納得してからです」
「わかりました。じゃあその時を楽しみにしてます」
そう言うわけで無理やり納得してもらった。
それから自宅に到着するまでの山南さんは警戒モード全開だった。少しでも怪しげだと判断した人が近づいてくると、素早く私の前に立つ。そんな状態のせいか、いたるところで散歩しているワンちゃんに吠えられ、塀の上にいた猫ちゃんにシャーと
「山南さんのほうが不審者あつかいされちゃってるじゃないですか」
「犬や猫に殺気を感じ取られるとは、俺もまだまだだなあ……」
私には理解できない
「じゃあ、
「わかりました。今日はありがとうございました。めちゃくちゃ楽しかったです」
「それは良かった。明日のバイトは夕方からですよね。それまではゆっくり休んでください」
「はい」
カギをあけて部屋に入ると、ドアを閉めてカギをかけた。耳をすましていると階段を下りていく音がする。部屋の電気をつけてエアコンをつけてから、カーテンをあけて窓をあけた。しばらくすると、山南さんが窓の下にやってきてこっちを見上げた。
「異常なしでーす」
「了解しました。じゃあまた明日」
「はい。お疲れさまでした。尾形さんとりかさんにもよろしくです」
「伝えておきます。では、おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
山南さんはこっちに向けて敬礼をすると、歩いてきた道を引き返していく。それをしばらく見送ってから窓をしめた。
初めての自衛隊さんのイベント、楽しかった!
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