第八話 ごちになります、原田さん
夏祭のメインイベントあつかいなのか、とにかく異様な盛り上がりを見せた隊員さん達の仮装ダンスもようやく終わりをむかえた。再び王様イスに座り、フンドシ姿の隊員さん達に担がれて退場する団長さん。心なしか安堵の表情を浮かべているように見える。
―― これで来年の夏祭までは平和にすごせるって、ホッとしてたりして ――
「どうでした?」
さっそく
「強烈でした。まさか、ああいう姿で出てきて踊るとは思っていなかったので」
「今年はおとなしめですよ。太鼓演奏もハッピ姿だったそうなので」
「え、まさか太鼓の時も?!」
「俺が来た時は、太鼓の時もフンドシ姿でしたよ」
「なんとまあ」
本当に「なんとまあ」しか出てこない。
それまで広場だった場所に
「どうでしたか。我々の仮装ダンスは」
「意外すぎてビックリです。あれを仮装と言って良いのか迷うところですけど」
「それはそれは」
「
山南さんがさりげなく付け加える。
「そうなのか?」
「むさくるしい男どもがフンドシ姿で踊り狂うなんて、悪夢以外のナニモノでもないでしょ」
「それは申し訳ない」
原田さんがゲラゲラと笑った。
「山南さん、悪夢とは言いすぎですよ」
「そうなんですか? 原田さんなら気にしないでしょうから、正直に言ってもかまいませんよ?」
「……まあ、夢で見たらうなされるかもですけど」
そう認めると二人ともゲラゲラと笑い出す。
「だったら次は設立記念日に来てください。その時には
「はいはい、わかりました。
「なんだ、その上から目線の物言いは」
山南さんの言葉に、少しだけ顔をしかめてみせた。
「ああ、それはそうと。花火を見ていくんだよな? 盆踊りに参加する気は? ああ、もちろん盆踊りはごくごく普通の盆踊りですからご安心ください」
私の表情を見た原田さんがニカッと笑う。
「それと晩飯はどうするつもりでいるんだ? ここらへんで食べることも可能だが」
広場の周囲ではレジャーシートを敷いて、お弁当やお店で買ってきたものを食べている人達が目立ち始めている。時計を見ればもう晩御飯の時間だ。
「え、それを聞きますか? 原田さんが声をかけてくれた時点で、そっちは確定だと思って期待していたんですが」
山南さんが私を見る。
「御厨さん、晩飯と盆踊り、どっちを優先しますか?」
「えーと、晩御飯かな。盆踊りは特に参加したいとは思っていないので」
「ということです。ごちになります。もちろん原田さんのおごりですよね?」
「まったく、そういうところはちゃっかりしてるよな、お前」
原田さんがついてこいと言って歩き出した。私達は原田さんの後ろをついていく。
「えっと、良いんですか? ごちになるって話」
「もちろんです。そのつもりで原田さんも、俺達に声をかけてきたわけですから」
原田さんが向かったのはゲート近くの建物だった。どうやらここが、原田さんの普段の職場らしい。建物内の階段をのぼって屋上に出ると、そこにはテーブルとイスが用意されていて、いくつかのグループがすでに座ってくつろいでいた。そしておいしそうな匂いが漂っている。
「
「はいよ~~」
三人で空いているテーブルの席に落ち着いた。
「ここからだと花火も良く見えるし、帰りもゲートが近くて出るのも楽だし、良いことづくめだろ。山南、その後はどうするんだ?」
「花火が終わってからだと門限には間に合わないので、
「はーん? なんだそりゃ?」
原田さんがあきれたような声をあげる。
「そこにいるカノジョさんはカノジョさんなんだよな? もしかして実家住まいなのか? だったら」
「まだそういうのは早いんですよ、俺達には」
山南さんは咳ばらいをしながら、テーブルの下で原田さんの足を蹴った。しかもかなりの強さで。
「なんと、似た者同士のカピバラ夫婦なのか。こりゃまいったね。一日も早く営外に出られるように、祈っておいてやるよ」
「はーい、おまちどうさーん」
そんな声がして、おいしそうな匂いが迫ってきた。テーブルに置かれたのは分厚いお肉がはさまったハンバーガーと山盛りのポテト。そしてビールの瓶。
「原田さん、勤務時間中ですよね? 良いんですか、ビールなんか飲んで」
山南さんの指摘に原田さんはため息をつく。そして自分の前に置かれた瓶を持った。
「俺のだけお子様ビールなんだよ。情けない気分になるから見ないふりをしろ」
「当たり前でしょーが。俺が勤務中の隊員にアルコールを飲ませるわけないでしょ。お二人さんのはおいしい地ビールなので」
「俺だって地ビールを飲みたいんだが」
「ダメです」
ハンバーガーを持ってきた隊員さんが、ナイフとフォークを置きながら原田さんを小突く。
「紹介しておく。こちら、俺の隊のナンバー2で谷一曹。料理好きが高じて、夏祭限定で秘密のハンガーショップをここで開店してるんだ」
「ってことは手作りなんですか? このハンバーガー」
パンにはさまれているお肉をのぞき込んだ。
「もちろんですよ。パテも肉を厳選して作った自信作です。分厚いでしょ? これが
ニコニコしながらそう言うと、谷さんは「ごゆっくり」と言ってその場を離れた。
「かじりつくの大変そうですね」
「だからナイフとフォークなんですよ。俺達はそのままかじりつくが、お客さんは無理だろうからね」
「なるほど~~」
お肉の厚さは相当なものだ。これをお代わりするなんて私にはちょっと無理かも。ナイフで四分の一に切ってからかじりつく。口の中に肉汁がひろがった。
「うま~~~~♪」
しっかりお肉の味がして、一緒にはさまっているアボカドとの相性も抜群だ。食べていくうちにソースがお皿にこぼれたけど、それはポテトにつければ良いと言われ、熱々カリカリのポテトにつけて食べてみた。
「こっちもうま~~~~♪」
半分ほど一気に食べたところで、原田さんがこっちを見てニヤニヤしているのに気づく。慌てて紙ナプキンで口のまわりについたソースをぬぐった。
「失礼しました。あまりのおいしさに我を忘れました」
「いやいや。そんなふうに喜んでもらえて、こっちも連れてきたかいがありました。山南は食べてる時もカピバラで反応が薄くてね」
隣に座っている山南さんに目を向けると、モクモクとハンバーガーを食べていた。たしかにカピバラっぽい。
「ん? うまいと思ってるに決まってるじゃないですか」
「だから反応が薄いんだよ、お前は」
「その分、御厨さんが我を忘れて食べてくれてるから良いじゃないですか。この地ビールもうまいです。次の休みの時に飲めると良いですね、原田さん」
「腹立つヤツだな、お前」
そう言いつつも、原田さんは楽しそうに子供ビールの瓶に口をつけた。いつの間にか他の人達がやってきて、あいていたテーブルはほとんどうまってしまった。
「こういうおいしいお肉が、原田さん達の筋肉の
「そんなところですね。ここまでうまいのはなかなか食べられませんが」
「あの、原田さん。ちょっとお願いが」
「なんでしょう?」
「腕の筋肉、触らせていただいても?」
原田さんは私のお願いに目を丸くする。そして山南さんのほうに目を向けた。
「俺はかまいませんが、山南?」
「原田さんがOKなら別にかまいませんよ、腕ぐらいなら」
山南さんがうなづく。
「ならどうぞ?」
そう言われたので、さっそく腕を触らせてもらった。おお、めちゃくちゃ筋肉!
「おお、めちゃくちゃ筋肉ですね! 一体どんな訓練をしたら、こんなふうになるんですか?」
「普通の訓練だと思いますけどね。ここに来たばかりの時はそうでなくても、数か月で腹筋もしっかり割れてきますし、俺が特別ってわけじゃないですよ。さっきの仮装ダンスでわかったと思いますが」
「あー……目のやり場に困って団長さんばかり見てました」
「おや、それは残念」
そう言ってニヤリと笑った。
「えっと、次は山南さん、ちょっと失礼しますね」
「?」
そう断ってから山南さんの腕を触ってみる。ふむ。山南さんも自衛官だしそれなりに鍛えているんだろうけど、原田さんほどの筋肉量はないかも。
「山南さん、やっぱり原田さんに負けてますよ?」
「だから御厨さん、そこの人を基準にしたらダメです」
「え、そうなんですか?」
「どちらかと言えば、基準は山南のほうかもしれないですね」
原田さんが笑いながら言った。
「そのとおりです。陸自は体力お化けの集まりだとよく言われますが、その中でも原田さんがいるところは、とび抜けておかしなところなので。俺のほうが基準。原田さん達は規格外」
「おいおい、規格外とは失礼な」
「本当のことじゃないですか」
二人は私の存在を忘れて言い合いを始める。こうなると論議をとめるのは難しそうだ。花火の時間が来るまでは好きにさせておけば良いやと思い、私は残っていたハンバーガーにとりかかった。
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