第七話 なんとまあ!
降下塔の体験はとりあえず先延ばしということになって、そのあとは展示品の見学をさせてもらった。その時も
「さて、そろそろ俺は準備の時間なんで、また後ほど」
「さっさと行ってください。原田さんがいると暑苦しいし落ち着きませんよ」
「まったくお前ときたら、ここまでの俺の顔パス効果をなんだと思ってるんだ。相変わらずの毒舌カピバラめ。言われなくても行くさ。じゃあ
「いろいろありがとうございました」
「いえいえ。最後まで楽しんでいってください」
私が頭をさげると、原田さんは敬礼をしてその場を立ち去った。その背中を見送ってから、気になったことを質問してみる。
「山南さん、いつからカピバラさんて呼ばれてたんですか? 原田さんもカピバラ呼びしてましたよね、今」
その質問に山南さんは首をかしげた。
「かなり前から? カピバラがテレビで扱われるようになった時、いきなり言われたんですよ。お前、これに似てるって。あ、それを言ったのは原田さんだったような気が」
「てことは、由来は原田さん!」
「そうです。思い出したら今更ですが腹立ってきました」
私に質問されるまですっかり忘れていたらしい。
「なんでですか。可愛いじゃないですか、カピバラさん」
「俺なんてマシなほうですよ。ハシビロコウみたいだと言われていた先輩もいましたし」
ハシビロコウを思い浮かべる。きっとその人は、目つきが怖い人なんだろうなと思った。
「ニックネームをつけるのが好きな先輩さんなんですね」
「困ったもんですよ」
歩いている途中で今更ながら夏祭のプログラムをもらう。それを見ながら首をかしげた。
「あの、この太鼓の演奏はわかるんですが、仮装ダンスってなんですか?」
「それが
「仮装……しかもダンス」
まったく想像がつかない。
「まあ男子の悪ふざけ的なノリを想像してもらえれば」
「おおぅ」
山南さんのヒントに若干引き気味になった。男子の悪ふざけと聞くと、もう悪い予感しかしない。
「原田さんの準備って、そっちなんですか? それとも太鼓?」
「そっちのほうですね」
「なんとまあ」
ちなみに原田さんは、第一
「普段が厳しいところですからね。こういう時のハッチャケ具合がすごいんですよ」
「普通のハッチャケ具合とは違うんですか?」
「段違いです。ああでも、太鼓演奏はまともですよ。とても見応えがあると思います」
どうしてそこで「まとも」という表現が出てくるのか。
「参加する隊員だけじゃなく、毎年それを楽しみに来る一般の人達もいますからね。それなりに名物化していると思います」
「名物化とは」
厳しい訓練をしている、精鋭部隊の人達が、ハッチャケる、しかも段違いのハッチャケ。見たいような見たくないような、なんだかとても微妙な気持ちになってきた。
「あ、そうだ。ここのコンビニも見学して良いですか? どんなものが売られているのか見たいので」
それ以上は考えたくなくて、頭の中を無理やり切り替える。
「グッズ系のほとんどは外に出ているので、うちのコンビニと大して変わらないと思いますけど、ちょうどお茶もなくなりますし、そっちの補給も兼ねて行ってみましょうか」
「お願いします!」
建物内に入ると、店の中に自衛隊の限定グッズを売るコーナーも臨時に設置されていて、目当ての商品を選んでいる人もたくさんいる。お茶を冷蔵庫からとると、お支払いの行列に並んだ。飲み物が置かれている棚越しに、店員さんが箱をどんどん運び入れているのが見える。
「どこも同じように大変そう。稼ぎ時ではあるんでしょうけど」
「駐屯地内の厚生施設ですから、関係者以外の来店はめったにないですからね。あ、そうだ。この後、足湯しにいきませんか? 近くで野外入浴の設備が設営されているので」
「良いですね。立ちっぱなしでそろそろ座りたいと思ってたから是非に」
お支払いをすませると、入浴設備を展示している場所へと向かった。台風や地震が起きた時によくニュースで見かける設備で、今日は見学しに来た人達が足湯を体験できるようになっている。
「いいお湯加減で気持ちいいですね、これ!」
湯船の縁に作られたベンチに足をお湯につけた。
「俺も体験するのは初めてです」
「あそこにあるお水をくみ上げる設備、海水も真水にできるって書いてありましたね」
「日本は海岸線が多いですし、大量に水を使う風呂の場合、海から直接くみ上げる方が手っ取り早いですからね」
しかも、病原菌なども
「あ、太鼓演奏、見たいならそろそろ出ないと」
とは言ったものの、足湯が気持ちよすぎて動きたくない。
「どうしますか?
「足湯、もうちょっとしていたいかな」
「わかりました。時間は俺が見てますから、気がすむまで足湯で癒されてください」
そんなわけで私と山南さんは、しばらく足湯でカピバラモードになった。
+++
「なんとまあ」
そして目の前で繰り広げられる光景に、それしか言葉が出なかった。
「ですよねー……その反応が普通だと思います」
私の横で山南さんが変な顔をして笑っている。
「あ、山南さん、あそこに原田さんがいますよ」
「指、ささなくても良いですから」
私達に気づいた原田さんが、こっちを見てニカッと笑った。
最初はいろんなコスプレ状態の隊員さんが出てきたし、流れる曲に合わせて踊っていたから間違いなく仮装ダンスなんだと思う。若干露出多めではあったけど、夏だし本人達が楽しそうだし、それはそれで良いのかなと思っていたんだけど、最後に出てきた原田さんを含むこの集団を見て、飲みかけのお茶を噴き出してしまった。
「これ、仮装ダンスなんですよね?」
「仮装ダンスの一部らしいです」
その集団は、真ん中でイスに座ってお
「真ん中にいる制服の人って、一番偉い人なんですよね?」
「そうです。今年着任したばかりの新しい空挺団長で、ここの駐屯地の司令ですね」
団長さんは見るからに王様のイス的なものに座り、そのイスをフンドシ姿の隊員さんが担いでいる。
「なんだかお気の毒な気がするのは何故でしょう」
「うちの師団長と司令も同じことを言ってましたよ。自分だったら絶対に耐えられないって」
「めちゃくちゃ冷静な顔されてますね」
その表情からは何も読み取れない。それはそれですごいことだと思う。
「団長の内示が来た時に真っ先に浮かぶのがこれだそうです。このイベントをどう乗り切るか」
「ある意味ものすごい試練な気が」
「ですよねー」
王様のイスは、真ん中に作られていた小さな舞台に下ろされた。
「ところであの、なんでフンドシ姿なんですか? 全裸に近い状態になるのに何の意味が」
「特に意味はないんじゃないかな。あえて言うなら、鍛えた筋肉を見てほしい的な?」
「えー……」
見せびらかしたいのは原田さんだけではなかったと?!
「そりゃまあ皆さん、筋肉マシマシさんばかりみたいですけどね。けど、ちょっと目のやりどころに困りますよ、あれ。団長さんを見てるしかないじゃないですか」
「原田さん達的には、団長ではなく自分達の筋肉を見てほしいみたいですけどね」
「えー……」
そう言われても、本当に目のやりどころに困る状態だ。とにかく一番安全そうな団長さんに目を向けておくことにする。ところがその団長さんがいきなり王様のイスから立ち上がった。
「とうとう耐えられなくなって逃亡とか?!」
「いやいや、それはないかと」
それまで流れていた勇壮な曲がとまる。そしてその場の全員が直立不動な状態になった。そして真ん中の司令さんがポケットから何か取り出すと、周囲の隊員さんも何か両手に持ったのがわかった。
「もう何が起きても驚きませんよ、私」
そう言いながら山南さんの服の裾をつかむ。
「御厨さん、言ってることとやってることがバラバラですよ」
「そんなこと言われても」
そしていきなりリズミカルなポップな曲が流れだし、それに合わせて団長さんと隊員さん達が踊り出した。しかも色とりどりのペンライトを振りながら。
「うわー……なんとまあですよ」
「仮装ダンスですからね。踊らないと話にならないでしょ」
「なんで山南さんはそんなに冷静なんですか」
「まあそりゃ、これを見るのは初めてではないので慣れもあるかな」
周囲の人達もリズムに合わせて手拍子したり、小さい子は一緒になって踊っている。それを見て「私はまだまだだなあ」と感じてしまった。
「でもこれ、一応は理由があるんですよ。同じ部隊の者同士、連帯感を高めるという」
「もっと別の方法があるのでは」
「そこは否定しませんけどね」
でも連帯感を高めるというは本当かもしれない。とにかく全員の動きが団長さんを含め、ビシッと決まっているのだ。そこは正直すごいと思った。
「仮装ダンス、まあたしかに踊ってるけど……」
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