第六話 なんかいた!

 ゲートが見えてきた。それまで普通に歩いていた山南やまなみさんの歩調が急に遅くなる。


「どうしたんですか?」

「いや、なんか知っている人間が立っているなと」

「え、そうなんですか? こちらの警備さんにもお知り合いが?」

「いえ、警備じゃなくて単独で門の前に立っている隊員です」


 そう言われて門を見る。警備として立っている隊員さんとは別に、妙に存在感のある人が立っていた。しかもその人はこっちを見て、白い歯を見せてニカッと笑っている。


「めちゃくちゃ笑顔ですね」

胡散臭うさんくさすぎで顔面を思いっきり殴りたくなってきました。相手が相手だから返り討ちにされそうですが」


 山南さんはとても物騒なことを言い出した。


「殴りたいとか返り討ちとか、穏やかじゃないですね?」

「穏やかな気分が吹き飛んでしまったので」


 山南さん一人だったら引き返してしまったかもしれない。でもあいにくと今日は、初夏祭の私がいた。


「なんでいるかな、アレ」


 呼び方が隊員からアレになっている。そして山南さんはなんと、その人を無視して通りすぎようとした。もしかして非常に無礼なのでは?!と焦ったけど、その人は気を悪くした様子もなく、笑いながら山南さんの腕をつかむ。


「おいおいおい、それはないだろ、山南。せっかく出迎えてやったのに」

「てことは、斎藤さいとうが一枚かんでるってわけですね」

「あいつとは限らんぞ? そっちの駐屯地にはまだ知り合いはたくさんいるし」

「はぁぁぁぁ、どうもお久しぶりです。会いたくなかったですけど」


 いつものカピバラさんとは思えない物言いだ。


「まったくあいかわらずだな」


 その人はニコニコしたまま私を見た。


「こちらのご婦人を紹介してくれないのか?」

「紹介したくありません」

「上官の命令だ。ちゃんと紹介しろ」


 山南さんを見ていたその人の顔が、一瞬だけ真顔になる。


―― こ、こわい~~!! ――


「うちの駐屯地のコンビニで働いている御厨みくりやあやさんです。で、俺のカノジョです。手を出したら、上官だろうと東京湾に沈めますから」


 山南さんも一瞬だけ真顔になった。


―― こ、こっちもこわい~~!! ――


「はじめまして、御厨と申します」


 内心、冷や汗をかきながら頭をさげる。


「こちらこそはじめまして。今日は習志野ならしの駐屯地の夏祭に、ようこそお越しくださいました。こちらの部隊に所属している原田はらだと申します。以後お見知りおきを」


 そう言ってその人、原田さんが敬礼をする。


「山南さんとはどういった……?」

「自衛官として2年先輩なんですよ」

「そうなんですか……」


 だったらやはり、無視して通りすぎようとしたのは無礼だったのでは?


「何年か前までは同じ部隊にいたんですよ、山南と俺は」

「そうなんですか~~」


 うなづきながら、あらためて相手を観察してみる。山南さん達もそれなりに体格が良いほうだけど、この原田さんはそれ以上だ。なぜか腕まくりをしてむき出しになっている腕は、丸太みたいに太くてムキムキだった。めちゃくちゃ筋肉がついているのが私でもわかる。


「山南さん、なんか負けてますよ」


 原田さんの腕を指さしながら言う。それを聞いた原田さんは吹き出した。


「御厨さん、コレには勝てませんから。コレに勝とうなんて思ったらダメです」

「そうなんですか?」

「コレとはひどいな。だが、カノジョさんは実に目のつけどころが良い。さて、では行こうか」

「目のつけどころが良いんですって」


 ほめられた!と喜んでいると、山南さんがため息をつく。


「あれ、腕の筋肉を見せつけるために、わざと袖をまくっているんですよ」

「え、そうなんですか?」

「ちょっと変なんですよ、先輩。いや、先輩だけじゃないか」


 それってどういうことなんだろうと首をかしげた。


「見せたがりさん達が多いんですか?」

「そんなところですね」

「そりゃ、厳しい訓練の末についた筋肉なんだ。自慢したいに決まっている」

「……と、いうことです」


 ということです、と言われてもよくわからない。


「山南さん、あれ、なんですか?」


 なにやら高い紅白の塔のようなものが見える。こっちの駐屯地にある通信用のアンテナよりも、ずっと高いし大きい。しかも傘のようなものが四つ、上がったり下がったりしている。


「まさか、夏祭用のアトラクションでも作ってるんですか、ここ」

「いえいえ。あれも訓練用の設備ですよ。パラシュートで降下するための訓練設備です」


 よく見れば傘の下に人がぶら下がっているのが見える。


「もしかして、あれ、私でも体験できるんですか?」

「やりたいなら止めませんよ。ただし、一人では危険なので、隊員とぶら下がることになりますが」

「なんなら俺がご同行いたしましょうか? 山南はアレの訓練はやってないよな。ああ、お前もするか? もちろん俺が一緒に上がってやる」


 原田さんがニヤニヤしながら振り返った。


「原田さんと一緒なんてイヤですよ。遠慮します」

「なんだ、向上心のないヤツだな。カノジョさんを少しは見習え」

「イヤなものはイヤです」


 そんなことを話しながらその塔の近くまで行った。遠くから見ていた時はわからなかったけど、けっこうな高さだ。しかも降りてくる速さもなかなかなもの。


「けっこう高いですね」

「80メートルほどかな。俺達だけではなく、空自や海自の連中も訓練しにくるんですよ。航空機から脱出する時にパラシュートを使うのでね」

「へえ……」


「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ~~!! こんなのこわすぎるぅぅぅぅぅ~~!! 早くおろしてぇぇぇぇぇ~~!!」


 塔を見上げていると、聞いたことがある声が上から聞こえてきた。思わず山南さんと顔を見合わせる。


「今の声って、もしかして加納かのうさん?」

「そう言えば今日、あいつらも外出許可申請を提出していたような」


 上には隊員さんと一緒に宙吊りになっている私服の人がいて、声はそこから聞こえてきた。その声から察するに、上で宙吊りになっている四人のうちの二人は、青柳あおやぎさんと馬越まごしさんらしい。


「もしかしてそっちの連中か? 休みを取ってまで降下塔体験にやってくるとは、なかなか見込みがある連中だな」

「少なくとも一人は、この体験を望んでなさそうですけどね」

「声がでかいのは良いことだ」


 そういって原田さんが笑う。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~!!」


 傘が落下を始めた途端、ものすごい叫び声が発せられた。


「声、ちょとでかすぎじゃないか?」

「いつもあんな感じですよ、あいつは」

「そうなのか」


 三人でそのまま降りてくるのを見守る。下に到達した時には、コーヒー牛乳さんは半泣きになっていた。


「もう、絶対にやらないからなぁぁぁぁぁ」

「楽しかったじゃないか。俺、もう一度やってみたいな」

「俺も! もう一度、列に並ぼうぜ!!」

「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ~~!!」


 加納さんは二人に引きずられるように連れていかれる。どうやら泣くのに忙しくて、こちらには気がついていなかったようだ。


「すっかりアトラクション状態ですね、降下塔」

「こっちはタンデムの訓練にもなるからちょうど良い。どうだ、部下がやったんだ、お前もやってみろよ」

「イヤです」


 山南さんの返事は取り付く島もない。


「まったく、お前ってヤツは」

「どうとでも」

「カノジョさんはどうしますか? 近くで見るとかなりの高さでしょう」

「ですよねー。それに下りてくるのもスピードあったし」


 そう言いながら山南さんを見上げた。


「俺は別にかまいませんよ? 御厨さんがやってみたいなら止めません。ただし、タンデムする時の相手は、この人じゃない人でお願いします」

「おいおい、なんでだ」

「あの、そんなに信用ならないんですか? 山南さんの先輩さんなんですよね?」

「何気にカノジョさんも酷いこと言ってるね」


 原田さんが笑う。


「いえ。信用はしてますよ。もし何か起きた時、誰か一人に命を預けろと言われたら、間違いなく原田さんを選びますから。ですが、それとこれとは別問題です。御厨さんのタンデム相手は別の隊員を希望します。あんたはダメです」

「こりゃはっきりと言い切ったもんだな」


 上下関係が厳しいはずなのに先輩を「あんた」と呼んだ山南さん。だけど原田さんはゲラゲラ笑うだけで、特に怒っている様子はない。そう言えば師団長さんと司令さんも、こんな感じのやり取りをいつもしていたっけ。先輩と後輩の関係って、階級とは別次元のものなんだろうか。


「まあそりゃ、今やってる連中がいるんだから、わざわざ俺がしゃしゃり出ることもないんだけどな」


 だけど思っていたより高いし、思っていたより下りてくる、というか落ちてくる速度も速い。しかもコーヒー牛乳さんの悲鳴まで聞いてしまったから、正直なところ、ちょっと気持ちがくじけかけている。ここで「やっぱりやめます」と言ったら笑われるかな?


「ま、今回はやめておきましょうか。イベントは年に何回かあるし、次の機会もあるだろうから」


 私の顔を見ていた原田さんが笑いながら言った。


「それに、いつもなら温泉につかったカピバラみたいなこいつが、ここまで真剣に噛みついてくるのは珍しいのでね。今後のお互いの付き合いを考えて。ちなみにこのお互いっていうのは、俺と山南のことだからな? 誤解はするなよ?」


 何か言いかけた山南さんを見てニヤリと笑う。


「ところで、いつまで俺達につきまとうつもりなんですか? ヒマなんですか? もっと他にやることあるでしょ」

「今日はお前達のエスコートが主任務だ。メインイベントまではまだ時間があるしな。ところであれは大丈夫なのか、カノジョさんに見せて」

仰木おうぎさんから是非、見せてやってほしいと言われましたから」

「なるほどな」


 山南さんと原田さんの顔つきは何とも言えないものだった。そんな顔をするようなイベントなの?!と、不穏すぎる二人の表情に、そのイベントを見るのが心配になったのは秘密だ。

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